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10.ダンジョンボスと絶神覇天滅界業獄真極魔導
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我が主が駆け付けたとき、すでに二人が犠牲になっていた。
「……遅かったか」
再び銀仮面の復讐者モードになった我が主が、押し殺した声でそう呟く。
八角形の大きな部屋は、それ自体がかすかに光を放ち、中を見渡すことができる。
部屋を作っている鉱物が魔力を帯びており、それが光を生んでいるのだ。
全体を満たす淡い光が、入り口付近に倒れる二人と、今も立っている一人を照らす。
「ロ、ロレンスさん……?」
生き残りはリリィ。すると、倒れているのはシェリィとマリィ、か……。
「何で、どうして来ちゃったんですかぁ!」
リリィが、我が主に向かって涙目になって叫んでくる。
その顔はやけに血色が悪く、しかも敵を目の前にしてその場にへたりこんでいる。
「これは……」
我が主はリリィに反応せず、まずは近くに転がる姉二人の亡骸を軽く検分する。
二人とも、肌を真っ白く変えて、大きく目を剥いた状態でこと切れていた。
検分を終えた我が主が目をやれば、そこに立つのは巨大な影。
その背丈は我が主より頭三つ分は高く、全身が奇妙なほどに痩せていた。
目は落ちくぼみ、頬は痩せこけ、腰布一枚の灰色の体は骨と皮だけに見える。
そのクセ、腹だけは異様に膨らんでいる姿に、我が主が仮面の奥の目を細める。
「――喰人鬼(グール)化した魔族、か」
喰人鬼は、生への執着を強く残したまま死んだ生物がなるアンデッドだ。
その性質上、どんな生物でも喰人鬼になる可能性はあるが――、
「ゲヒ、ゲヒヒッ、来た、来たぁ……、新しいエサだァ~……」
口から濁ったよだれを溢れさせ、元魔族の喰人鬼は血走った目で我が主を見据えた。
強靭な生命力を持つ魔族が変質した喰人鬼となれば、なるほど、強敵に違いない。
強烈な生への渇望に囚われたままの喰人鬼は、他者の生命力を直接吸い取る。
エナジードレインと呼ばれるそれがリリィの姉二人の命を喰らい尽くしたのだ。
「ヒヒヒ、ヒャハァァァァァ――――ッ!」
喰人鬼が、奇声をあげて跳躍し、手に黒い陰を帯びさせて飛びかかってくる。
「だ、だめです! あの手に触れられたら……!」
悲鳴じみた声をあげるリリィに、我が主は無言のままで軽く後ろに退がる。
振り下ろされた喰人鬼の手が、我が主の鼻先寸前を過ぎていった。
着地した喰人鬼の顔面へ、我が主が右足の靴底をガツンと叩きつける。
「ギッ、ヒィィィィィィ~~~~!?」
けたたましい声を発し、喰人鬼が上体を大きくのけぞらせつつ、後方に跳躍。
アンデッドのくせに随分とすばしっこい。もとが強靭な体を持つ魔族なだけある。
「ロレンスさん、だ、大丈夫ですぅ?」
リリィが我が主へと小走りに駆け寄ってくる。しかし、それだけで随分苦しそうだ。
「問題はない。……が、おまえは?」
「わ、私も大丈夫、ですよぅ」
とは言うものの、顔色は最悪で呼吸も激しく乱れている。かなり体力を吸われたようだ。
「どうして、戻って来ちゃったんですかぁ!? せっかく生還符を使ったのにぃ!」
だがこの状況で、リリィはあろうことか我が主を叱ってきた。
それは我が主としても意外だったらしく、軽い驚きの気配が私にも伝わってくる。
「おまえこそ、勝てぬと知りながら、何故逃げようとしない」
全く同じことを問い返されて、リリィは一瞬言葉に詰まる。
だが、今にも泣きそうな顔のまま、それでも瞳に決然たる光を湛えて、
「これはリリィ達が受けた依頼ですぅ。逃げるなんて選択肢、最初からないです!」
キッパリ言い切ったそのリリィの答えからは、強い矜持が感じられた。
それはきっと、我が主が憧れてやまない冒険者という存在の本質そのものだった。
「――眩しいな、冒険者」
「え、ロレンスさん、今、笑って……?」
リリィの頭を軽く撫でて、我が主は踵を返してマントを大きく翻した。
「少しだけ、待っていろ」
言い放ってから、我が主は無造作に喰人鬼の方へ歩き出した。
「言っても理解できまいが、それでも冥土への土産だ、教えてやろう」
「ギヒ? ギヒヒヒ? エサ? エサ来た? エサ? イシシシシ~~~~!」
喰人鬼が、ベロリンと長い舌を出して首をひねる。
「兵器運用を前提として開発された攻撃魔法は、誰が使っても同じ威力になるよう設計されている。術者の力量に影響を受けないことは、戦争において非常に有用だからだ」
ツカツカと、靴音を固く鳴らし、我が主がさらに歩み続けていく。
「だが、何事にも例外というものは存在する。――使い手が超絶的な魔力量を有する場合のみ、威力の均一化という攻撃魔法の設計思想は崩壊する」
我が主が開いた右手に、小さな火が灯る。
それを見た喰人鬼は、顔を恐怖に染め上げ、両手を陰で覆って襲いかかってきた。
「キ、キシャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!」
「これは、貴様を死天へといざなう葬送の炎。もはや逃れるすべはない」
喰人鬼の吸命の手が振り下ろされる前に、我が主が右手をかざす。
「紅蓮に呑まれ奈落に墜ちろ。絶神覇天滅界業獄真極魔導・四大原理式が一つ・灼焔石火之理一型・アポカリプティカ・ゲヘナ・ジャハンナム・ブレイズッ!」
――という『設定』の、ただの火属性初級攻撃魔法のブレイズ!
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!?」
生まれた巨大な炎の渦が、喰人鬼の全身を丸々飲み込んでしまう。
「はわぁ~……」
間の抜けた声を出すリリィの前で、喰人鬼は十秒もかからず跡形もなく焼き尽くされた。
我が主がのたまった絶神覇天なんちゃらなど、もちろんただの『設定』。
だが、主が語っていた攻撃魔法に関する知識は『設定』ではなく、純然たる事実だ。
ディギディオン・ガレニウスは、伊達や酔狂で魔王をやっているワケではない。
「……ファル・エ・ルトラ・ヴィストーラ」
そして我が主は静かに天井を見上げ、自作造語のダッセェ挨拶で締めるのだった。
「……遅かったか」
再び銀仮面の復讐者モードになった我が主が、押し殺した声でそう呟く。
八角形の大きな部屋は、それ自体がかすかに光を放ち、中を見渡すことができる。
部屋を作っている鉱物が魔力を帯びており、それが光を生んでいるのだ。
全体を満たす淡い光が、入り口付近に倒れる二人と、今も立っている一人を照らす。
「ロ、ロレンスさん……?」
生き残りはリリィ。すると、倒れているのはシェリィとマリィ、か……。
「何で、どうして来ちゃったんですかぁ!」
リリィが、我が主に向かって涙目になって叫んでくる。
その顔はやけに血色が悪く、しかも敵を目の前にしてその場にへたりこんでいる。
「これは……」
我が主はリリィに反応せず、まずは近くに転がる姉二人の亡骸を軽く検分する。
二人とも、肌を真っ白く変えて、大きく目を剥いた状態でこと切れていた。
検分を終えた我が主が目をやれば、そこに立つのは巨大な影。
その背丈は我が主より頭三つ分は高く、全身が奇妙なほどに痩せていた。
目は落ちくぼみ、頬は痩せこけ、腰布一枚の灰色の体は骨と皮だけに見える。
そのクセ、腹だけは異様に膨らんでいる姿に、我が主が仮面の奥の目を細める。
「――喰人鬼(グール)化した魔族、か」
喰人鬼は、生への執着を強く残したまま死んだ生物がなるアンデッドだ。
その性質上、どんな生物でも喰人鬼になる可能性はあるが――、
「ゲヒ、ゲヒヒッ、来た、来たぁ……、新しいエサだァ~……」
口から濁ったよだれを溢れさせ、元魔族の喰人鬼は血走った目で我が主を見据えた。
強靭な生命力を持つ魔族が変質した喰人鬼となれば、なるほど、強敵に違いない。
強烈な生への渇望に囚われたままの喰人鬼は、他者の生命力を直接吸い取る。
エナジードレインと呼ばれるそれがリリィの姉二人の命を喰らい尽くしたのだ。
「ヒヒヒ、ヒャハァァァァァ――――ッ!」
喰人鬼が、奇声をあげて跳躍し、手に黒い陰を帯びさせて飛びかかってくる。
「だ、だめです! あの手に触れられたら……!」
悲鳴じみた声をあげるリリィに、我が主は無言のままで軽く後ろに退がる。
振り下ろされた喰人鬼の手が、我が主の鼻先寸前を過ぎていった。
着地した喰人鬼の顔面へ、我が主が右足の靴底をガツンと叩きつける。
「ギッ、ヒィィィィィィ~~~~!?」
けたたましい声を発し、喰人鬼が上体を大きくのけぞらせつつ、後方に跳躍。
アンデッドのくせに随分とすばしっこい。もとが強靭な体を持つ魔族なだけある。
「ロレンスさん、だ、大丈夫ですぅ?」
リリィが我が主へと小走りに駆け寄ってくる。しかし、それだけで随分苦しそうだ。
「問題はない。……が、おまえは?」
「わ、私も大丈夫、ですよぅ」
とは言うものの、顔色は最悪で呼吸も激しく乱れている。かなり体力を吸われたようだ。
「どうして、戻って来ちゃったんですかぁ!? せっかく生還符を使ったのにぃ!」
だがこの状況で、リリィはあろうことか我が主を叱ってきた。
それは我が主としても意外だったらしく、軽い驚きの気配が私にも伝わってくる。
「おまえこそ、勝てぬと知りながら、何故逃げようとしない」
全く同じことを問い返されて、リリィは一瞬言葉に詰まる。
だが、今にも泣きそうな顔のまま、それでも瞳に決然たる光を湛えて、
「これはリリィ達が受けた依頼ですぅ。逃げるなんて選択肢、最初からないです!」
キッパリ言い切ったそのリリィの答えからは、強い矜持が感じられた。
それはきっと、我が主が憧れてやまない冒険者という存在の本質そのものだった。
「――眩しいな、冒険者」
「え、ロレンスさん、今、笑って……?」
リリィの頭を軽く撫でて、我が主は踵を返してマントを大きく翻した。
「少しだけ、待っていろ」
言い放ってから、我が主は無造作に喰人鬼の方へ歩き出した。
「言っても理解できまいが、それでも冥土への土産だ、教えてやろう」
「ギヒ? ギヒヒヒ? エサ? エサ来た? エサ? イシシシシ~~~~!」
喰人鬼が、ベロリンと長い舌を出して首をひねる。
「兵器運用を前提として開発された攻撃魔法は、誰が使っても同じ威力になるよう設計されている。術者の力量に影響を受けないことは、戦争において非常に有用だからだ」
ツカツカと、靴音を固く鳴らし、我が主がさらに歩み続けていく。
「だが、何事にも例外というものは存在する。――使い手が超絶的な魔力量を有する場合のみ、威力の均一化という攻撃魔法の設計思想は崩壊する」
我が主が開いた右手に、小さな火が灯る。
それを見た喰人鬼は、顔を恐怖に染め上げ、両手を陰で覆って襲いかかってきた。
「キ、キシャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!」
「これは、貴様を死天へといざなう葬送の炎。もはや逃れるすべはない」
喰人鬼の吸命の手が振り下ろされる前に、我が主が右手をかざす。
「紅蓮に呑まれ奈落に墜ちろ。絶神覇天滅界業獄真極魔導・四大原理式が一つ・灼焔石火之理一型・アポカリプティカ・ゲヘナ・ジャハンナム・ブレイズッ!」
――という『設定』の、ただの火属性初級攻撃魔法のブレイズ!
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!?」
生まれた巨大な炎の渦が、喰人鬼の全身を丸々飲み込んでしまう。
「はわぁ~……」
間の抜けた声を出すリリィの前で、喰人鬼は十秒もかからず跡形もなく焼き尽くされた。
我が主がのたまった絶神覇天なんちゃらなど、もちろんただの『設定』。
だが、主が語っていた攻撃魔法に関する知識は『設定』ではなく、純然たる事実だ。
ディギディオン・ガレニウスは、伊達や酔狂で魔王をやっているワケではない。
「……ファル・エ・ルトラ・ヴィストーラ」
そして我が主は静かに天井を見上げ、自作造語のダッセェ挨拶で締めるのだった。
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