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9.待ち受けるものと冒険者の決意
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地下一階、二階、共に大した収穫なし。ついでに戦闘もなし。
ここは枯れダンジョンか、などと私が思っていたら、異変は地下三階で起きた。
「あ、ヤバ……」
地下三階に降りた直後、真っすぐ伸びる通路を前にして先頭のシェリィが呟いた。
そこに立ち止まった彼女がこっちを振り向く。
頬に、汗が伝っていた。顔は笑っているが、その笑みからは余裕が消えている。
「……嘘でしょ、やめてよね」
姉の表情を見て何かを察したか、マリィもめんどくさげに息をついた。
リリィは自分の杖をギュッと胸に抱いて、
「い、一回、戻った方がぁ……」
「それはできないかな。次に来るまでに外に出てるかもだしね~」
腰に提げていた長剣を抜き、シェリィが妹の提案を却下する。
三姉妹の間には、これまでにない緊張感が漂っていた。
わだかまる闇の先に、高位冒険者三名をして恐れを抱かせる何かがいるのだ。
「――鉄火場か」
と、我が主も背中の巨大剣に手をかける。だが、
「あんたは帰りなさい」
マリィが、我が主にそう告げてきた。
「何故だ。俺は壁役のはずだが」
「まぁね~、そうなんだけど、ちょ~っと相手が悪いかなって~」
尋ねる我が主に、シェリィが苦笑しながら首をひねった。
このような事態はさすがのSランク冒険者も想定していなかった、ということか。
「新人の出る幕じゃないってことよ。あんたは戻ってこの事態をギルドに報告しなさい」
マリィの声は鋭く、そして我が主を睨む瞳は冷たかった。
だが、その奥にこのけったいな変態新人冒険者に対する気遣いが垣間見られた。
「フ。心配は不要だ。俺とて人から『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者』と呼ばれた男だ」
そうな。そう呼ぶヤツもいるよな。名乗ってる本人とかな。
まぁ、我が主も今はどこに出ても痛々しい姿だが魔王だ。戦うすべは心得ている。
「――――ッ! リリィ!」
退こうとしない我が主に目尻を吊り上げて、マリィが妹を呼ぶ。
するとリリィが「はぃ~!」と言って、我が主へかざした札を握り潰した。
それは生還符。
ダンジョン脱出時に用いられる、短距離転移の効果を持つアイテムだ。
「待て、何をする。俺は――」
我が主の足元に、青白い光の魔法陣が発生する。
「あのね、カッコつけ仮面、よぉ~く聞きなさい!」
転移の魔法が発動する瞬間、腰に手を当てたマリィが我が主に向かって吼えた。
「仮にあんたが私達より強かったとしても、あんたは新人で私達はベテランで、あんたは後輩で私達は先輩なの。だから帰れ! 帰って、生き残りなさい!」
その叫びを耳にしながら、私と我が主はダンジョンの入り口に転移した。
「…………」
『我が主……』
転移してから数分、我が主はずっと入り口の前で立ち尽くしている。
ショック、だったのだろう。さすがに。
冒険者として名を上げることが、我が主の目的だ。
それを考えれば、あの三姉妹の行く末は私達の目的に何ら関わるものではない。
だから、この結末を受け入れて、言われた通りにギルドに戻ればいい。
――なんて、そんな割り切り方、このお人よしにできるはずがないのだ。
人の紡ぐ物語を愛し、人と魔族が争わないよう尽力し続けてきた魔王がこの男だ。
そんな男が、決して嫌えない性格をした三姉妹に助けられて、何を思うのか。
長女は陽気で明るいムードメーカーで、しっかりリーダーシップを発揮していた。
次女は当たりこそキツかったが最後の最後まで我が主を気遣ってくれた。
三女だって、一見気弱だが地下三階では次女と共に我が主を逃がす気概を見せた。
嫌いようのない、実に好ましい性格をした三姉妹だった。
その彼女達に逃がされて、我が主がショックを受けないワケが――、
「よし、解析・検証・構築、完了!」
……え? 何が?
「あれ、ロンちゃん、どうかした?」
『あ、何か久々に我が主の素の口調聞いた気がする。ではなく、何が完了したって?』
「いや、だから、今の転移魔法の構造を解析して、元の場所に転移する魔法をね?」
『この場で組み上げたのか!? 転移魔法ってかなり難易度が高い魔法なのに……』
「そうだね、普通は難しいよね。でもほら、僕、魔王だし」
顔を銀仮面で覆ったまま、我が主ははにかむように笑って見せる。
うんうん、険しさには程遠いこの柔和さが、本来の我が主の持ち味なんだよな~。
『だが、我が主よ。もしや、ダンジョンに戻るつもりなのか?』
「そりゃあ、戻るさ。戻らない理由がないよ」
それは、あの三人を助けることで、冒険者としての名声を得やすくするためか?
「…………あ~」
我が主、何だその『その手があったか~』ってツラは。
「いやぁ~、さすがロンちゃん、頭が回るね。考えもしなかったよ」
『何だおまえ。つまりは、一切の打算なしであの三人を助けに行こうというのか?』
「だって死んでほしくないでしょ、あんないい人達」
全く、お人よしめ。
だがいいぞ、それでこそ我が主だ。やはりおまえはそうでなくては。
「でもね、僕が助けに行く理由はもう一つあるんだよ」
『もう一つの理由?』
「ダンジョンの地下三階にあった気配。あれは多分――、魔族だ」
ここは枯れダンジョンか、などと私が思っていたら、異変は地下三階で起きた。
「あ、ヤバ……」
地下三階に降りた直後、真っすぐ伸びる通路を前にして先頭のシェリィが呟いた。
そこに立ち止まった彼女がこっちを振り向く。
頬に、汗が伝っていた。顔は笑っているが、その笑みからは余裕が消えている。
「……嘘でしょ、やめてよね」
姉の表情を見て何かを察したか、マリィもめんどくさげに息をついた。
リリィは自分の杖をギュッと胸に抱いて、
「い、一回、戻った方がぁ……」
「それはできないかな。次に来るまでに外に出てるかもだしね~」
腰に提げていた長剣を抜き、シェリィが妹の提案を却下する。
三姉妹の間には、これまでにない緊張感が漂っていた。
わだかまる闇の先に、高位冒険者三名をして恐れを抱かせる何かがいるのだ。
「――鉄火場か」
と、我が主も背中の巨大剣に手をかける。だが、
「あんたは帰りなさい」
マリィが、我が主にそう告げてきた。
「何故だ。俺は壁役のはずだが」
「まぁね~、そうなんだけど、ちょ~っと相手が悪いかなって~」
尋ねる我が主に、シェリィが苦笑しながら首をひねった。
このような事態はさすがのSランク冒険者も想定していなかった、ということか。
「新人の出る幕じゃないってことよ。あんたは戻ってこの事態をギルドに報告しなさい」
マリィの声は鋭く、そして我が主を睨む瞳は冷たかった。
だが、その奥にこのけったいな変態新人冒険者に対する気遣いが垣間見られた。
「フ。心配は不要だ。俺とて人から『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者』と呼ばれた男だ」
そうな。そう呼ぶヤツもいるよな。名乗ってる本人とかな。
まぁ、我が主も今はどこに出ても痛々しい姿だが魔王だ。戦うすべは心得ている。
「――――ッ! リリィ!」
退こうとしない我が主に目尻を吊り上げて、マリィが妹を呼ぶ。
するとリリィが「はぃ~!」と言って、我が主へかざした札を握り潰した。
それは生還符。
ダンジョン脱出時に用いられる、短距離転移の効果を持つアイテムだ。
「待て、何をする。俺は――」
我が主の足元に、青白い光の魔法陣が発生する。
「あのね、カッコつけ仮面、よぉ~く聞きなさい!」
転移の魔法が発動する瞬間、腰に手を当てたマリィが我が主に向かって吼えた。
「仮にあんたが私達より強かったとしても、あんたは新人で私達はベテランで、あんたは後輩で私達は先輩なの。だから帰れ! 帰って、生き残りなさい!」
その叫びを耳にしながら、私と我が主はダンジョンの入り口に転移した。
「…………」
『我が主……』
転移してから数分、我が主はずっと入り口の前で立ち尽くしている。
ショック、だったのだろう。さすがに。
冒険者として名を上げることが、我が主の目的だ。
それを考えれば、あの三姉妹の行く末は私達の目的に何ら関わるものではない。
だから、この結末を受け入れて、言われた通りにギルドに戻ればいい。
――なんて、そんな割り切り方、このお人よしにできるはずがないのだ。
人の紡ぐ物語を愛し、人と魔族が争わないよう尽力し続けてきた魔王がこの男だ。
そんな男が、決して嫌えない性格をした三姉妹に助けられて、何を思うのか。
長女は陽気で明るいムードメーカーで、しっかりリーダーシップを発揮していた。
次女は当たりこそキツかったが最後の最後まで我が主を気遣ってくれた。
三女だって、一見気弱だが地下三階では次女と共に我が主を逃がす気概を見せた。
嫌いようのない、実に好ましい性格をした三姉妹だった。
その彼女達に逃がされて、我が主がショックを受けないワケが――、
「よし、解析・検証・構築、完了!」
……え? 何が?
「あれ、ロンちゃん、どうかした?」
『あ、何か久々に我が主の素の口調聞いた気がする。ではなく、何が完了したって?』
「いや、だから、今の転移魔法の構造を解析して、元の場所に転移する魔法をね?」
『この場で組み上げたのか!? 転移魔法ってかなり難易度が高い魔法なのに……』
「そうだね、普通は難しいよね。でもほら、僕、魔王だし」
顔を銀仮面で覆ったまま、我が主ははにかむように笑って見せる。
うんうん、険しさには程遠いこの柔和さが、本来の我が主の持ち味なんだよな~。
『だが、我が主よ。もしや、ダンジョンに戻るつもりなのか?』
「そりゃあ、戻るさ。戻らない理由がないよ」
それは、あの三人を助けることで、冒険者としての名声を得やすくするためか?
「…………あ~」
我が主、何だその『その手があったか~』ってツラは。
「いやぁ~、さすがロンちゃん、頭が回るね。考えもしなかったよ」
『何だおまえ。つまりは、一切の打算なしであの三人を助けに行こうというのか?』
「だって死んでほしくないでしょ、あんないい人達」
全く、お人よしめ。
だがいいぞ、それでこそ我が主だ。やはりおまえはそうでなくては。
「でもね、僕が助けに行く理由はもう一つあるんだよ」
『もう一つの理由?』
「ダンジョンの地下三階にあった気配。あれは多分――、魔族だ」
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