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5.魔王様のアイディアと死にそうな使い魔

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 適当に飛んで着いた先は、どこかもわからない森の中。
 大きな切り株の上に座った我が主が、腕を組んでうんうん唸っている。

「アプローチのしかたは間違ってなかったと思うんだ」
『致命的に間違ってただろ。だって宣戦布告だぞ?』

「いやいや、違うよロンちゃん。そういう兜の裏側の汚れをつつくような話じゃなくて、もっと大きな視野に立った上で話でさ?」
『大きな視野に立った結果が、あの超絶自爆行為か?』

 私が冷静に突き刺すと、我が主はにっこり笑ってそっぽを向いた。魔王がすねるな!

「とにかく、今の僕達は人類側から働きかけるしかないと思うんだ」

 改めて我が主がそう切り出す。それは間違いないな。ファムティリアがいる以上は。

「ただ、時間はあまり残されてないね。時間が経ったら、魔族は主戦論で染まる」
『そうだな。悲しいことだが『魔族は脳筋』だからな』

 総じて、物事に対する考えが『パワーで大体どうにかなる』に向かいがちなのだ。

「力押しを好むってことは、それを肯定する理屈に乗せられやすいってことだ」

 戦争を望む層が少数でも、その少数が他の大多数を染め上げることは不可能ではない。
 そうすると次の問題は、私達に残された時間がどれほどか、ということだ。

 これについては、多少の猶予はあると私は見ている。
 いかにファムティリアでも、国全体を掌握するにはかなりの時間を要するはずだ。

 まず、あの女は新たに魔王に即位する必要があるが、それも簡単にはいかないだろう。
 何せ我が主は五十年の平和を築き上げた名君だ。支持率も極めて高かった。

 我が主がいなくなったことが広まれば、民は確実に混乱する。
 ファムティリアはそれを収め、主戦論を広め、軍の編成もしなきゃならない。
 いかに『魔族が脳筋』でも、やることがこれだけ多いと十年以上はかかる気がする。

「……おそらく、猶予は二、三年ってところかな」
『え、何で?』

「思ったんだよ。僕がいなくなって国が混乱をきたすなら僕はその場にいればいいんだ。そうすれば、国はそもそも混乱しない。ファムも悠々と主戦論を広められる」
『……まさか、影武者か?』
「そう。僕の影武者を用意するくらい、ファムなら平然とやるだろうね」

 う~む、この我が主の妹に対する負の信頼。
 だがまぁ、主がやるというならやるのだろうなぁ、あの『白金の魔女』は。

「二、三年。……楽観せずに見るなら、二年。それが開戦までの期限だ」

 それは、さすがに短いな。開戦を阻むのはちょっと厳しいのではないか……?

「僕もそう思う。……う~む、どうしよう」

 我が主が腕を組んで首をひねる。
 しかし、実際これはどうしたものか。ここから、私達はどう動けばいいのか。

「人類側から働きかけるといっても、まずは僕達が人の社会に馴染む必要がある。その上で、多くの人への影響力を持ち、なおかつ自由に動ける身分であれば最高だ」
『口に出してみるとなかなか無茶な条件だな……。いやもう、無茶っていうか、無理?』

 それこそ絵に描いたような無理難題だ。どうやればそんな条件を満たせるのか。
 出自を詮索されず、他者に大きな影響力を持ち、自由に動くことができる身分。
 何だそれ、全然現実的じゃないぞ。

『我が主が読んでた小説に出てくる冒険者じゃあるまいし――』

 と、我が主が突然「それだ!」と言い出してポンと手を打った。……何が?

「それだよ、ロンちゃん! 冒険者だ! 冒険者なら、全ての条件を満たせるよ!」

 え、え? いや、あの、我が主?

「冒険者になれば、依頼さえ果たせば余計な詮索はされない。それに活躍すれば多くの人にも注目されるし、何より自由に動くことができる! ほらね!」

 いやいや、ほらね! じゃないが?

「そうと決まれば、まずは近くに街がないか確認するところからだ。善は急げだ!」

 あ、もう冒険者になることは決定事項なんですね。

「いや、街を探す前にやることがあったな。……『設定』を考えなければ」
『『設定』。……とは?』
「もちろん冒険者の『設定』だよ。いわゆる、カバーストーリーってやつだよ」

 ああ、なるほど。
 場合によっては誰かに出自を話す機会もあるかもしれないしな。
 だったら、その『設定』もなるべく目立たないよう、地味にまとめるべきではないか?

「ふむ、なるべく目立たない『設定』……、じゃあ、こういうのはどうかな?」

 お、早速何か考えついたか。では聞かせてもらおうか、魔王の考えた『設定』を!

「人呼んで『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者ダークネス・シルバースター・マスカレイド・アヴェンジャー』ロレンス・アルゲント二世。顔の上半分をミスリル銀の仮面で覆った絶世の美男子で、冒険者でありながらそのいでだちは貴公子然としていて、見る者全てが決して無視できない魔性の魅力を放っているが、本人は決して人と交わろうとしない孤高の存在で、だけど胸の奥には熱いものを秘めていて冷淡な性格を装いながらも生まれもった優しさを隠し切れず、ついつい困っている人間を助けてしまうお人好しな面もある。その正体は、父は人間、母は魔族という、この世界では禁断とされる存在で、その潜在的な魔力は解放されれば世界すら滅ぼすほどといわれ、それを恐れた魔王に両親を殺されたことから魔王への復讐に人生を捧げることを心に誓った復讐の貴公子で――」

 ぐぎゃああああああああああああああああああああッ!?
 い、痛い痛い痛い痛い痛い!
 痛々しさが痛々しすぎて、私の細胞をメッタメタに突き刺し、抉っていく!

「あれ、どうしたのロンちゃん。今のでまだ触り程度なんだけど?」
『触り!? 今ので、触り!!?』

 三日煮詰めた砂糖に蜂蜜を山ほど加えて、さらに十日煮詰めたようなのが!?
 愕然となる私に、我が主は「え、うん」とキョトン顔。

 しまった、色々と激動で忘れていた。こいつの好むキャラクターの傾向について。
 この男の作るキャラクターは全て『特別な過去を秘めた最強無双系主人公』だった!

 しかも、キャラメイクを始めるととことんまでこだわり抜くのがこいつだ。
 つまり……、

「名前と性格は決めたから、次は名前の由来、二つ名の由来、服装、外見特徴(身長・体重・体格・骨格・肉付き・眉・目・鼻・口・あご・輪郭・首・胸板・腕の長さ・腕の太さ細さ・手・指・腹・腰・太もも・ひざ下・ふくらはぎ・足・指・傷跡のありなし、など)、口調、口癖、装備(メイン武器・サブ武器・隠し武器・切り札武器・体防具・腕防具・アクセサリ・他、小物など)、過去の経歴から(出生から冒険者に至るまでを、一日ずつの単位で『設定』)、好きなもの、嫌いなもの、苦手なもの、苦手だけど嫌いじゃないもの、好きな食べ物、嫌いな食べ物、ついやってしまうクセを二つか三つ、あとはキメ台詞と性格の詳細とかを決めて、次に過去の人間関係。性格を決める上では欠かせない――」
『うごあああああ、やっぱりィ~!?』

 もう無理、ギブアァァァァァ――――ップ!

「あれ、ロンちゃん、どこ行くの?」
『これ以上は付き合ってられるか! 私はちょっとその辺を散歩してくるぞ!』
「あ、いってらっしゃ~い。……さて、メイン武器の『設定』は、どうしようかな」

 逃げた私を見送って、我が主はそれから数日を『設定』構築で潰したのだった。
 趣味に走った我が主の恐ろしさを、これから私は思い知ることとなる。
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