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3.最悪の未来と魔王様の選択
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「あああああああああああああああ、僕の蔵書が……」
サラマンデが大火力で消し飛ばした大書庫から、黒煙がもうもうとあがっている。
私の背に乗った主は、上空からその様を見下ろしてただひたすらに嘆き続けた。
私は変幻の霊獣ロンヴェルディア。
さっきまでは小鳥の姿でいたが、今は純白のワイバーンになっている。
サラマンデが炎を弾けさせる直前、私はこの姿になって我が主を乗せて空に逃れた。
「ああああああああああああああああああああああああああああ~……」
主、ものすごい嘆きっぷり。うずくまって、私の背中をペシペシ叩いている。
五十年かけて集めた人類の物語コレクションが灰燼に帰したんだから仕方がないが。
『元気出せ、我が主。命は一つだが本はまた買える。一緒に集め直そう。な?』
「ううう、ロンちゃあぁ~~~~ん」
私の背で、私の長い首にヒシと抱きつく傷心の我が主。
こういうときに意地を張らずに私に頼ってくれるのは、少しだけ嬉しかったりする。
「あ~、クソ~、また絶対買い揃えてやる……。そのための予算を計上してやる」
だからって本のこととなると職権濫用も辞さなくなるのはどうかと思うぞ、我が主。
「だってだって~! 僕の本が! 僕の本がぁ~! も~! も~~~~!」
さっきまで冷静だった主が、私の背で大人げなくヤダヤダする。
そんな、幼児退行してる彼を少しだけ可愛く感じる私は、やや趣味が悪いかも。
「う~~~~」
さて、過ぎたことに駄々をこね続けて十数分。
やっと主が泣きやんだので、今後について考えることとする。
「まずは逃げよう。――西に行って大河を越えて、ロンちゃん」
『人類領に向かうのだな。了解した』
命に従い西へ飛翔する私の背で、我が主は腕組みをして何かを考え込んでいる。
「……このままどこかの書店に行って、何か買う?」
『いや、違うぞ。そうじゃないぞ、我が主』
「え、ダメ?」
『ダメ。さすがに今は本から離れろ。事態はそれどころじゃないだろ』
「まぁねぇ~……」
心底めんどくさげに、我が主は自分の髪を掻いた。
「ファムのやつ、魔王に即位したら絶対に軍を編成して人類領に攻め込むよね~……」
確定した未来を口にしつつ、我が主の顔は半笑いになっている。
「そうなったら、魔族は負ける。絶対に負ける。それは今までの歴史が証明してる事実だし、これからもずっとそうだろう。――それは何でかわかるかい、ロンちゃん」
『今さらすぎる話だな。何度、それでディスカッションしてきたのだ、私とおまえは』
私が答えると、我が主が「そうだね」と苦笑する。
魔族は人間より強い。それが、魔族が人間に勝てない最大の理由だ。
「魔族は強いから人を見下して侮り、人は弱いから魔族を恐れ、対抗できるように策と工夫を凝らす。それが魔族の強さを凌駕するんだって、何千回も説明したのになぁ~……」
がっくりと肩を落とす今の我が主には、『徒労、乙!』という言葉がよく似合う。
「さらに言うと、己の強さに誇りを持つ魔族は、戦いに策を持ち込むことを嫌う。どうしても策や工夫は弱者の証だっていう風潮が根強いんだよね。つまり、魔族は脳筋!」
魔族は脳筋。
それは、私と主の間でもう何十年も前に出た、あまりにも悲しい結論だった。
さらに悲しいことに、それを裏付ける事実まである。
人類側はすでに四天王の攻略法を確立し、しかもそれを全ての国が共有済みなのだ。
いくら強いからって、数百年規模で同じ戦い方を繰り返せば、そりゃあ、ねぇ?
「このままじゃ、七十年ぶりの人魔大戦勃発必至、かぁ~」
言って、主は私の背に大の字に寝転がった。
「魔族が死ぬし、人も死ぬ。本の出版どころじゃなくなるから、新刊も出ない」
いやいや、危惧するところが違うだろ。さすがに、おまえはもう少し危機感をだな……、
「……戦争はやだなぁ。誰も幸せにならない。最悪だ」
と、そんなこと、進言するまでもなかったか。
我が主は根が甘い。性格も優しいしお人好しだし、甘ったるくてとんだヘタレだ。
城でだって、ファムティリアと戦うことを選ばずに、すぐさま逃げに走った。
あそこで我が主が対決を選んだら、きっと魔王城は崩壊し、多数の死者が出ていた。
性根がヘタレの我が主が、そんな選択をするはずがない。戦争とて、それと同じことだ。
こいつが国を潤してきたのも、全ては大戦の勃発を回避するため。
五十年をかけた主の努力は報われ、開戦を望む声はほとんどなくなった。
今や『人間? いつかやるけど今はいい』という考えが世論の大勢を占めている。
だが、そんな中で四天王とファムティリアは声高に主戦論を叫ぶのである。
人類なんか弱いに決まってる。だから勝って当たり前。
そんな無根拠かつ幼稚な思想から、あいつらはガレニオンの平和を壊そうとしている。
想像することにすら嫌気が差す。唾棄すべきものとは、まさにあの連中のことだ。
「ファムティリアは、表向きは僕と同じ穏健派を装ってる。おかげで国民からの人気も高い。僕がいなくなった以上、あいつは確実にガレニオンを掌握するだろう」
我が主が、寝転がったまま呟く。
だが、待ち受けているのが避けられない兄妹対決である以上、戻るという選択肢はない。
そうなると、人魔の衝突を防ぐためには別の方法をとる必要があるが――、
「こうなったら仕方がない。腹を括ろう」
これまでとは一転して、我が主がその声に力強さをみなぎらせる。
『何か方法があるのか、我が主よ?』
「ある。とっておきの方法がね」
何と。この緊急時に、そこまで自信を持って断言できる解決法があるとは!
さすがは我が主、平時はゆるいがキメるべき場面ではキメる男だ!
「行こう、ロンちゃん。目的地は人類最大国家エルクロニアの王都エルダーンだ」
我が主が立ち上がり、エルダーンがある方角を真っすぐ見据える。
『了解だ、我が主。最高速で向かうとしよう!』
私はさらに力強く飛ぶため体を大きくし、翼を羽ばたかせて人の国へと向かった。
サラマンデが大火力で消し飛ばした大書庫から、黒煙がもうもうとあがっている。
私の背に乗った主は、上空からその様を見下ろしてただひたすらに嘆き続けた。
私は変幻の霊獣ロンヴェルディア。
さっきまでは小鳥の姿でいたが、今は純白のワイバーンになっている。
サラマンデが炎を弾けさせる直前、私はこの姿になって我が主を乗せて空に逃れた。
「ああああああああああああああああああああああああああああ~……」
主、ものすごい嘆きっぷり。うずくまって、私の背中をペシペシ叩いている。
五十年かけて集めた人類の物語コレクションが灰燼に帰したんだから仕方がないが。
『元気出せ、我が主。命は一つだが本はまた買える。一緒に集め直そう。な?』
「ううう、ロンちゃあぁ~~~~ん」
私の背で、私の長い首にヒシと抱きつく傷心の我が主。
こういうときに意地を張らずに私に頼ってくれるのは、少しだけ嬉しかったりする。
「あ~、クソ~、また絶対買い揃えてやる……。そのための予算を計上してやる」
だからって本のこととなると職権濫用も辞さなくなるのはどうかと思うぞ、我が主。
「だってだって~! 僕の本が! 僕の本がぁ~! も~! も~~~~!」
さっきまで冷静だった主が、私の背で大人げなくヤダヤダする。
そんな、幼児退行してる彼を少しだけ可愛く感じる私は、やや趣味が悪いかも。
「う~~~~」
さて、過ぎたことに駄々をこね続けて十数分。
やっと主が泣きやんだので、今後について考えることとする。
「まずは逃げよう。――西に行って大河を越えて、ロンちゃん」
『人類領に向かうのだな。了解した』
命に従い西へ飛翔する私の背で、我が主は腕組みをして何かを考え込んでいる。
「……このままどこかの書店に行って、何か買う?」
『いや、違うぞ。そうじゃないぞ、我が主』
「え、ダメ?」
『ダメ。さすがに今は本から離れろ。事態はそれどころじゃないだろ』
「まぁねぇ~……」
心底めんどくさげに、我が主は自分の髪を掻いた。
「ファムのやつ、魔王に即位したら絶対に軍を編成して人類領に攻め込むよね~……」
確定した未来を口にしつつ、我が主の顔は半笑いになっている。
「そうなったら、魔族は負ける。絶対に負ける。それは今までの歴史が証明してる事実だし、これからもずっとそうだろう。――それは何でかわかるかい、ロンちゃん」
『今さらすぎる話だな。何度、それでディスカッションしてきたのだ、私とおまえは』
私が答えると、我が主が「そうだね」と苦笑する。
魔族は人間より強い。それが、魔族が人間に勝てない最大の理由だ。
「魔族は強いから人を見下して侮り、人は弱いから魔族を恐れ、対抗できるように策と工夫を凝らす。それが魔族の強さを凌駕するんだって、何千回も説明したのになぁ~……」
がっくりと肩を落とす今の我が主には、『徒労、乙!』という言葉がよく似合う。
「さらに言うと、己の強さに誇りを持つ魔族は、戦いに策を持ち込むことを嫌う。どうしても策や工夫は弱者の証だっていう風潮が根強いんだよね。つまり、魔族は脳筋!」
魔族は脳筋。
それは、私と主の間でもう何十年も前に出た、あまりにも悲しい結論だった。
さらに悲しいことに、それを裏付ける事実まである。
人類側はすでに四天王の攻略法を確立し、しかもそれを全ての国が共有済みなのだ。
いくら強いからって、数百年規模で同じ戦い方を繰り返せば、そりゃあ、ねぇ?
「このままじゃ、七十年ぶりの人魔大戦勃発必至、かぁ~」
言って、主は私の背に大の字に寝転がった。
「魔族が死ぬし、人も死ぬ。本の出版どころじゃなくなるから、新刊も出ない」
いやいや、危惧するところが違うだろ。さすがに、おまえはもう少し危機感をだな……、
「……戦争はやだなぁ。誰も幸せにならない。最悪だ」
と、そんなこと、進言するまでもなかったか。
我が主は根が甘い。性格も優しいしお人好しだし、甘ったるくてとんだヘタレだ。
城でだって、ファムティリアと戦うことを選ばずに、すぐさま逃げに走った。
あそこで我が主が対決を選んだら、きっと魔王城は崩壊し、多数の死者が出ていた。
性根がヘタレの我が主が、そんな選択をするはずがない。戦争とて、それと同じことだ。
こいつが国を潤してきたのも、全ては大戦の勃発を回避するため。
五十年をかけた主の努力は報われ、開戦を望む声はほとんどなくなった。
今や『人間? いつかやるけど今はいい』という考えが世論の大勢を占めている。
だが、そんな中で四天王とファムティリアは声高に主戦論を叫ぶのである。
人類なんか弱いに決まってる。だから勝って当たり前。
そんな無根拠かつ幼稚な思想から、あいつらはガレニオンの平和を壊そうとしている。
想像することにすら嫌気が差す。唾棄すべきものとは、まさにあの連中のことだ。
「ファムティリアは、表向きは僕と同じ穏健派を装ってる。おかげで国民からの人気も高い。僕がいなくなった以上、あいつは確実にガレニオンを掌握するだろう」
我が主が、寝転がったまま呟く。
だが、待ち受けているのが避けられない兄妹対決である以上、戻るという選択肢はない。
そうなると、人魔の衝突を防ぐためには別の方法をとる必要があるが――、
「こうなったら仕方がない。腹を括ろう」
これまでとは一転して、我が主がその声に力強さをみなぎらせる。
『何か方法があるのか、我が主よ?』
「ある。とっておきの方法がね」
何と。この緊急時に、そこまで自信を持って断言できる解決法があるとは!
さすがは我が主、平時はゆるいがキメるべき場面ではキメる男だ!
「行こう、ロンちゃん。目的地は人類最大国家エルクロニアの王都エルダーンだ」
我が主が立ち上がり、エルダーンがある方角を真っすぐ見据える。
『了解だ、我が主。最高速で向かうとしよう!』
私はさらに力強く飛ぶため体を大きくし、翼を羽ばたかせて人の国へと向かった。
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