最強パーティーを追放された貧弱無敵の自称重戦士、戦わないくせに大活躍って本当ですか?

はんぺん千代丸

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第2章 決死必殺の天才暗殺者

第54話 天才暗殺者、自分が何者か思い出す

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 私はムールゥ・オーレ、決死必殺の天才暗殺者だ。
 決して、決して、決して天才ウンコではない。断じて、ない。

 標的グレイ・メルタの家を出た私は、何の気もなく街を歩いていた。
 華麗にして完璧なる我が作戦、その第一段階は理想的な形で遂行された。
 しかし、これに驕ることなく私は作戦の完遂を目指さなければならない。

 私は決死必殺の天才暗殺者。
 標的に何を言われようともそれが揺らぐことはない。

 必ずや、私は必ずやあのグレイ・メルタを仕留めてみせる!
 決意も新たに、私は今後の作戦の手順について思いを馳せた。

「……温泉。お料理、ひなびた旅館」

 ――温泉かー、実は行くのって生まれて初めてでやんすねー。

 噂にゃ聞いてるでげすが、気持ちいいんだろーなー。
 お料理、美味しいんだろーなー。
 旅館のベッドはフカフカなのかなー。景色いいんだろうなー。

「…………エヘヘ」

 楽しみ。
 あー、温泉楽しみでやんすねー!

 生まれて初めての温泉旅行!
 ついでに暗殺者稼業もこなせてしまうという充実具合!
 やったねこれであっしの暗殺者人生薔薇色謳歌確実でやんす!

 これはもう、ジンバの兄貴もあっしを褒め称えるに違いないでやんしょ。
 そしてあっしの名は一躍ウルラシオンの闇社会に響き轟き――

 ついでに温泉饅頭もゲット!
 これにはあっしもアンティもジンバの兄貴もニッコリ!

「あ~、早く温泉旅行の日にならないかなー、でやんす」

 と、そこで気づいた。
 あれ、出発するのいつでやんしょ?

 あれ?
 あれ?
 そういえば聞いてないような……。

「……これは、あっしとしたことが、何たる迂闊」

 天才暗殺者である私も、やはりまだまだ完全無欠とはいかないようだ。
 これはまさに百年に一度の大失態。
 百年に一度なので別に長命種ではない私にとっては一生に一度の失敗だ!

「んんんんんんんん、戻る?」

 いや、しかし待て。
 ここでグレイ・メルタの家に戻ったとして、果たして彼は生きているのか?
 ランにクラッシュされてうわらばしてたし、む~ん。

 はっ、待てよ。
 ここでグレイがランに殺されてれば私の任務は完遂では?

 ――ダメだ!
 そうなると今度はあっしの温泉旅行が無に帰しちゃう!

 どうするべきか、私は懊悩する。
 こんなにも悩むことになろうとは、やはりこれは百年の一度の失態!

「しゃーない、ちょっと一回戻るでやんすかねー……」

 なーに、ちょっとグレイに予定を聞きに行くだけでやんす。
 あいつ甘っちょろいから少し謝ればすぐ教えてくれるに違ぇねぇ。
 そうと決まれば――

「ひったくりー!」

 と、前の方から聞こえてきたのはそのときだった。
 私が何だと思う間もなく、いきなり男が私にぶつかってきた。

「いってぇ! コラー! どこ見てるでやす――ッ!」

 哀れ!
 小柄で可愛らしい体格の私は男に吹っ飛ばされてしまった!

 当然、私は抗議の声をあげる。
 しかし、私にぶつかった男はそんなの気にせず走り去ろうとする。
 まぁ当然か。あの男に、私のことは見えてないし。

 それに、男は私にぶつかったことすら認識していない。
 だから私が叫ぼうと、それを知ることもなく逃げようとするだけだ。

「させるか、ってーの! でやんす!」

 近くに落ちていた石を拾い上げ、私は立ち上がりざまそれを投げる。
 石は通行人の間を縫って、逃げる男の後頭部を直撃した。

「いだぁ!!?」

 私の手を離れた石を、男はさすがに認識したらしい。
 悲鳴をあげて、さっきの私のように無様に地面に転がった。

 ……もとい、さっきの私と違って、だ。

 あっしは転ぶときも華麗にヒラリと転ぶでやんす!
 無様とかないし! あっしは可憐で可愛いムールゥちゃんだし!

「おい、ひったくりだってよ!」
「こいつか、とっ捕まえろ!」
「ヘヘ、逃げる最中に転びやがって、情けないヤツ!」

 今頃になって、周りの人々が集まってきた。
 男はたちまち通行人に囲まれて、もはや逃げ場はどこにもない。
 放っておいても、決着はつくだろう。

 すっかり留飲を下げた私は、息をついて振り向き歩き出そうとする。
 すると、荷物をひったくられた女性が走ってくるのが見えた。

「ああ、ありがとうございます!」

 女性は泣き笑いの顔でそう言ってきた。
 盗まれたことに、怒りよりも強い恐怖を感じていたのだろう。

「いえいえ、こっちもぶつかられてムカついただけでやす」

 私は努めて明るい声を出して答えた。
 だが女性は、私に一瞥もくれないまま私の横を通り過ぎていった。

「…………」

 私は笑顔のまま、半分だけ振り返る。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いいってことよ、すっ転んだこいつが間抜けなだけさ!」

 女性はひったくりを囲んでいる通行人に声をかけていた。
 自分の持ち物をその胸に抱きしめて、女性は安堵の涙を流している。

「ま、一件落着でやんすね」

 私は笑うのをやめて視線を前に戻す。
 特に気にすることではない。いつものこと。いつも通りの展開だ。

 ――私は何も、気にしていない。

 少し歩くと、果物屋が見えた。
 幾つものかごにいっぱいに積まれた果物の中から一つ、私は手に取る。

「おばちゃん、これちょーだいでやんす!」

 言っても、店主のおばちゃんは私の方を見ることはない。
 これもまた、いつものこと。

 私は銅貨を一枚取り出して、おばちゃんが立っている屋台に置いた。
 代金としてはそれだけで十分足りるだろう。

「さ~て、行くでやすかね~」

 歩きながら、私は果実を一かじり。
 ん、酸っぱい。そして甘い。まだ完全に熟していないみたいだ。

「おや、こんなとこに銅貨が。誰が置いてったんだろうねぇ」

 後から聞こえるおばちゃんの声。
 私は「気づくのおっせぇ~」と思いながら、また果実をかじった。

「……楽しかったな、あいつの部屋」

 気が付けば、私はポツリとそんなことを呟いていた。
 そしてハッとしてかぶりを振る。

 何を、私は何を思っていたのか。
 相手は標的。殺すべき相手。それを、楽しいなどと……。

 楽しむならば温泉とお料理と景色とベッド。
 それだけでいい。それだけ楽しめれば十分なんだ。だから、

「だから、グレイ・メルタと一緒にいることを楽しむなんて――」

 それだけは、あってはならないことなのだ。

「……帰るか」

 無性に、ジンバの兄貴の顔が見たくなった。
 この世界で私を見つけてくれた人。彼の顔が、今はとにかく見たかった。
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