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第2章 決死必殺の天才暗殺者
第53話 天才暗殺者、天才重戦士を見捨てる
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「この嬢ちゃん、坊並のアホじゃのう」
「こいつと同列扱いはいくらチビロリでも怒るわ。やめて、本気で」
「マジマジのマジトーンじゃな……」
グレイと大妖怪が話している。
それを適当に聞き流しながら、私は浮かんだ疑問について考えていた。
何故、グレイは私が名乗るのを止めたのか。
振り返ってみれば、あそこで暗殺者と名乗るのは私にとって致命的だ。
調子に乗りすぎた。それは素直に認めよう。
次から名乗るときはもっとカッコよくアサシンと称する方がよさそうだ。
だが、私にとっては致命的でもグレイにとってはそうではないはず。
私の失敗は彼の利益に繋がる。今のような大きな失敗は特に。
グレイ以外の誰かが私を暗殺者と知れば、もはや私の命運は尽きる。
それを、グレイ自身も理解しているはずだ。
だというのに、どうして彼は私を止めたのだろうか。
「おーい」
もしや、彼は私に惚れたのか。
いや、そんなはずは。
だが私は私の美貌と魅力を知っている。それを考慮に入れれば或いは?
――そんな、困るでやんす。
「おいってばー」
でもでも、あっしってー、スレンダーだしー、スマートだしー。
髪の毛つやっつやのサラッサラだしー、お肌ツルンでプルンだしー。
おめめぱっちりだしー、声も萌えっ萌えだしー、唇もつややんだしー。
やっぱ何より可愛いしーで。
あー! これはヤバイでげすよ! あー!
これは惚れられちゃう! あっしがあっしを見たらあっしに一目惚れちゃう!
「おいってば、こら」
んんんんん、でも仕方ないっかなー!
あっしだもんなー! こんな可愛いムールゥちゃんでげすもんねー!
「てりゃあ!」
「ぴー!?」
か、か、かかとがあっしの目の前を↑から↓にズドーンて!
こう、勢いよくズドーンて!!?
「よしよし、やっと気づいたな!」
「な、何するでやんすかー!!? ビックリした! ビックリしたー!」
「だって呼んでも全然気づかねぇんだもん、おまえ」
「ううう、これも愛情表現なんでやんすね……」
「え、何それ怖い」
「皆まで言わずともいいでやんすよ。グレイはあっしに惚れてるから――」
「脳天に一発かかとイッとく?」
「ピシッ! すまなかったでやんす!」
「何て見事な高速土下座!」
「見えなかった。このウルの目をもってしても――」
土下座一つでノーダメージで済むならいくらでも頭下げるでやんすよー!
「そのままでいいからちょっと聞いて?」
「何でやんしょ! このまま埋めるとかはしないでほしいでげす!」
「そんな猟奇的嗜好はないわ!!?」
時々いるんでやんすよねー、そういうの。
気を付けるに越したことはないでげすからねー。怖ひ怖ひ。
「おんしとこの嬢ちゃんが揃うとホンット話進まんのぉ」
「ちょっとしみじみ言わんといてくださいや、チビロリさん。今進めるし」
「ピシッ! キチッ! シャキィン!」
「おまえも一糸乱れぬ完全箱型土下座はいいから話聞いて?」
「あ、はい」
土下座はもういいと言われたので私は床に大の字になって寝転がった。
「ふへ~……。それで何でやんすか~?」
「いきなりリラックスしすぎ……。まーいいや。あのな、温泉のことだけど」
「はい! ピシッ!」
「何て見事な高速正座!」
「またしても見えなかった。このウルの目をもってしても――」
「温泉! どこの温泉に行くでやんす! 秘湯? 名湯? お料理美味しい?」
私は努めて平静を装いながら情報収集に勤しんだ。
標的であるグレイ・メルタの暗殺計画を練り上げるために、必要だからだ。
「瞳キラッキラしとるのぅ……」
「いつよだれこぼしても俺は驚かんぞ」
……必要だからだ! だ!
「こやつも一緒に連れてくのかぇ、坊よ」
「あー、まぁ。うん、そうだな」
「別にわしは構わんが、ラン達には言ってあるのかぇ?」
んん? 大妖怪が「構わない」と言うのはどういうことだろうか?
「はい! はいはーい! 質問、先生あっし質問でやすー!」
「誰が先生か。で、何よ?」
「大妖怪も一緒に温泉行くでやんす?」
「誰か大妖怪か。そりゃ行くわいな。わしからの護衛依頼じゃもん」
「…………」
あれ、これヤバイのでわ?
私の完璧なるグレイ・メルタ暗殺計画に大きな狂いが生じるのでは?
温泉を楽しむついでにグレイ・メルタの隙を伺う。
そして温泉を楽しむついでにグレイ・メルタを奇襲して殺す。
そんな私の完全完璧な計画が、大妖怪の存在によって遂行不能になるのでは?
いや、私を認識できる人間が一人増えただけのことだ。
計画の修正は必要かもしれないが、とん挫したワケじゃない。冷静になるんだ。
どの程度、作戦を修正すればよいか。
少し脳内でシミュレートしてみよう。
本来の作戦はこうだ。
グレイの隙を狙う。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
あとついでにグレイを殺す。
――うむ。完璧。
そして修正後の作戦はこうだ。
グレイと大妖怪の隙を狙う。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
あとついでにグレイを殺す。
なぁ~んだ、大して変わらないじゃないか。びっくりさせんなでやんす~。
これなら大丈夫。
やはり私は天才暗殺者だな。うむ。
「で、ラン達にはこやつのことは?」
「あー……、言わないでおこうかな、とか思ってるけど」
「ふむ? 何故じゃ?」
私がシミュレートを進めている間に、グレイと大妖怪が話を進めていた。
その内容は、私も無視できるものではなかった。
「少なくともランにはこいつのことは言えねぇなーって」
「だから、何でじゃい?」
「絶対怖がるだろ、あいつ」
「あー……」
何故だか、大妖怪がしきりにうなずいている。
私のことを怖がるとか失礼な話だが、知られずに済むのは都合がいい。
「あと、パニとアムに話したら絶対こいつのこと悪用する」
「悪用とは何じゃいな」
「うちの財布から金抜いてこいとか言いそうだろ、あいつら」
「あー…………」
また大妖怪が何やらうなずいている。
パニとアム。このハウスに住んでいる二人のサキュバスだが――
「あー…………」
あの二人の性格を考えると、私もうなずくしかなかった。
あいつら絶対あっしのこと知ったらギャンブル代くすねるのに利用するね!
人間のクズその1とその2でげすからね!
「とゆーワケで、まぁ、言わないでおくのがいいかなー、とか……」
「ま、おんしが面倒みるならそれでよかろ」
「おう、あんがとな。チビロリ」
「わしもおんしにゃ世話になっとるしの。構わんよ」
それからグレイと大妖怪は、出発に向けて軽い打ち合わせを行なった。
私が気にかけるべき内容は特になかった。
しかし、まだ私は確認しなければならないことがある。
それを確かめるまでは、私はこの部屋を出ていくワケにはいかなかった。
「んじゃ、この日程でいくかの」
「ああ、出発はあさってだな。よろしく頼むぜ、チビロリ」
「クッヒッヒッヒ、準備は怠るでないぞ? ではの。わしは帰るとするよ」
「あいよ~、またなー」
開かれた窓から、大妖怪がふわふわと飛んで出ていく。
グレイはそれを見送るが、そこからの出入りが普通なのっておかしくない?
ともあれ、これでようやく二人きり。私は彼に声をかける。
「――グレイ・メルタ」
「ん?」
「どうして私をかばったのですか」
「かばった? 何ぞそれ?」
「かばったじゃないですか! 大妖怪から! 私が名乗ろうとしたときに!」
おかげであっし、大妖怪に天才ウンコって認識されちゃったでやんすよ!
ひどい! ひどすぎる! こんなのあんまりよ! ぴー!
「あー、あれか……」
「私はあなたを狙う暗殺者ですよ。それなのにどうして――」
「いや、暗殺者じゃないじゃん。おまえ」
「な……」
この男は、一体何を言っているのだ?
「俺を殺すのがおまえの仕事だろ?」
「そう言いました」
「でも、初仕事だろ?」
「…………ええ」
「じゃあ、まだお前は暗殺者じゃないじゃんか」
そんな。
そんな理由で、この男は私をかばったというのか。
この男は、自分が狙われているという自覚がないのか――?
「私をナメているのですか、グレイ・メルタ」
「うん。かなり」
「ぴー!」
シリアスブレイクやーめーるーのー!
このサンシタペテルブルグ出身の超最先端シティガールに何てことを!
いいですよ、やってやりますよ!
こいつ絶対殺す。殺しますからね! もう、もー! 絶対殺すでやんす!
「絶対、絶対ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ殺します!」
「ブチブチ言うな! 毛根引っこ抜かれてる感じがして頭皮が痛ェ!」
「ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ…………」
「案外陰険だなおまえ!!?」
この天才暗殺者をナメたお礼は絶対にしてやる。
私はそう心に誓った。
ジンバの兄貴のために。
そして私自身のプライドのために、この男は殺す。
私は、兄貴に見いだされた決死必殺の暗殺者ムールゥ・オーレなのだ。
「あのー、グレイ。ちょっといいかー」
ガチャリ。ドアが開いた。
振り返ると、そこには黒衣黒髪の女剣士ラン・ドラグがいた。
何やら難しい顔をしている。
というか、恥ずかしがっている?
彼女は私をはっきり視界に入れながらも、しかし気づいた様子はない。
やっぱり、私が見えているのはグレイと大妖怪だけみたいだ。
「おう、ラン。どした。何かあったか」
「あのな、洗濯物。干そうとしたら一枚足りなくて、おまえ知らな――」
言いかけたランの動きが止まった。
私はその視線の先を追う。
床に置かれたまま忘れ去られていたくまさんおぱんてーがそこにあった。
私は固まった。
グレイ・メルタも固まった。
「……グレイ?」
「あ、いや、あのな……」
全身から光すら呑みそうな重々しい波動を放ちつつ、ランが部屋に入ってくる。
グレイは顔色を蒼白にしながら私を見た。
その救いを求めるような涙目。
私は、今の私が彼に送れる唯一の言葉を告げた。
「温泉、楽しみにしてやーす!」
私は窓から飛び出して逃げた。
そーれ、すたこらさっさでやんす――――!
「グレェェェェェェェェェェェェェェェェェェイ!」
「待て! 違うんだ! 話を聞いてくれ! っていうかおまえ、その年になってその服装でくまさんプリントってちょっと似合わな過ぎ う わ ら ば!?」
「こいつと同列扱いはいくらチビロリでも怒るわ。やめて、本気で」
「マジマジのマジトーンじゃな……」
グレイと大妖怪が話している。
それを適当に聞き流しながら、私は浮かんだ疑問について考えていた。
何故、グレイは私が名乗るのを止めたのか。
振り返ってみれば、あそこで暗殺者と名乗るのは私にとって致命的だ。
調子に乗りすぎた。それは素直に認めよう。
次から名乗るときはもっとカッコよくアサシンと称する方がよさそうだ。
だが、私にとっては致命的でもグレイにとってはそうではないはず。
私の失敗は彼の利益に繋がる。今のような大きな失敗は特に。
グレイ以外の誰かが私を暗殺者と知れば、もはや私の命運は尽きる。
それを、グレイ自身も理解しているはずだ。
だというのに、どうして彼は私を止めたのだろうか。
「おーい」
もしや、彼は私に惚れたのか。
いや、そんなはずは。
だが私は私の美貌と魅力を知っている。それを考慮に入れれば或いは?
――そんな、困るでやんす。
「おいってばー」
でもでも、あっしってー、スレンダーだしー、スマートだしー。
髪の毛つやっつやのサラッサラだしー、お肌ツルンでプルンだしー。
おめめぱっちりだしー、声も萌えっ萌えだしー、唇もつややんだしー。
やっぱ何より可愛いしーで。
あー! これはヤバイでげすよ! あー!
これは惚れられちゃう! あっしがあっしを見たらあっしに一目惚れちゃう!
「おいってば、こら」
んんんんん、でも仕方ないっかなー!
あっしだもんなー! こんな可愛いムールゥちゃんでげすもんねー!
「てりゃあ!」
「ぴー!?」
か、か、かかとがあっしの目の前を↑から↓にズドーンて!
こう、勢いよくズドーンて!!?
「よしよし、やっと気づいたな!」
「な、何するでやんすかー!!? ビックリした! ビックリしたー!」
「だって呼んでも全然気づかねぇんだもん、おまえ」
「ううう、これも愛情表現なんでやんすね……」
「え、何それ怖い」
「皆まで言わずともいいでやんすよ。グレイはあっしに惚れてるから――」
「脳天に一発かかとイッとく?」
「ピシッ! すまなかったでやんす!」
「何て見事な高速土下座!」
「見えなかった。このウルの目をもってしても――」
土下座一つでノーダメージで済むならいくらでも頭下げるでやんすよー!
「そのままでいいからちょっと聞いて?」
「何でやんしょ! このまま埋めるとかはしないでほしいでげす!」
「そんな猟奇的嗜好はないわ!!?」
時々いるんでやんすよねー、そういうの。
気を付けるに越したことはないでげすからねー。怖ひ怖ひ。
「おんしとこの嬢ちゃんが揃うとホンット話進まんのぉ」
「ちょっとしみじみ言わんといてくださいや、チビロリさん。今進めるし」
「ピシッ! キチッ! シャキィン!」
「おまえも一糸乱れぬ完全箱型土下座はいいから話聞いて?」
「あ、はい」
土下座はもういいと言われたので私は床に大の字になって寝転がった。
「ふへ~……。それで何でやんすか~?」
「いきなりリラックスしすぎ……。まーいいや。あのな、温泉のことだけど」
「はい! ピシッ!」
「何て見事な高速正座!」
「またしても見えなかった。このウルの目をもってしても――」
「温泉! どこの温泉に行くでやんす! 秘湯? 名湯? お料理美味しい?」
私は努めて平静を装いながら情報収集に勤しんだ。
標的であるグレイ・メルタの暗殺計画を練り上げるために、必要だからだ。
「瞳キラッキラしとるのぅ……」
「いつよだれこぼしても俺は驚かんぞ」
……必要だからだ! だ!
「こやつも一緒に連れてくのかぇ、坊よ」
「あー、まぁ。うん、そうだな」
「別にわしは構わんが、ラン達には言ってあるのかぇ?」
んん? 大妖怪が「構わない」と言うのはどういうことだろうか?
「はい! はいはーい! 質問、先生あっし質問でやすー!」
「誰が先生か。で、何よ?」
「大妖怪も一緒に温泉行くでやんす?」
「誰か大妖怪か。そりゃ行くわいな。わしからの護衛依頼じゃもん」
「…………」
あれ、これヤバイのでわ?
私の完璧なるグレイ・メルタ暗殺計画に大きな狂いが生じるのでは?
温泉を楽しむついでにグレイ・メルタの隙を伺う。
そして温泉を楽しむついでにグレイ・メルタを奇襲して殺す。
そんな私の完全完璧な計画が、大妖怪の存在によって遂行不能になるのでは?
いや、私を認識できる人間が一人増えただけのことだ。
計画の修正は必要かもしれないが、とん挫したワケじゃない。冷静になるんだ。
どの程度、作戦を修正すればよいか。
少し脳内でシミュレートしてみよう。
本来の作戦はこうだ。
グレイの隙を狙う。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
あとついでにグレイを殺す。
――うむ。完璧。
そして修正後の作戦はこうだ。
グレイと大妖怪の隙を狙う。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
温泉を楽しむ。
あとついでにグレイを殺す。
なぁ~んだ、大して変わらないじゃないか。びっくりさせんなでやんす~。
これなら大丈夫。
やはり私は天才暗殺者だな。うむ。
「で、ラン達にはこやつのことは?」
「あー……、言わないでおこうかな、とか思ってるけど」
「ふむ? 何故じゃ?」
私がシミュレートを進めている間に、グレイと大妖怪が話を進めていた。
その内容は、私も無視できるものではなかった。
「少なくともランにはこいつのことは言えねぇなーって」
「だから、何でじゃい?」
「絶対怖がるだろ、あいつ」
「あー……」
何故だか、大妖怪がしきりにうなずいている。
私のことを怖がるとか失礼な話だが、知られずに済むのは都合がいい。
「あと、パニとアムに話したら絶対こいつのこと悪用する」
「悪用とは何じゃいな」
「うちの財布から金抜いてこいとか言いそうだろ、あいつら」
「あー…………」
また大妖怪が何やらうなずいている。
パニとアム。このハウスに住んでいる二人のサキュバスだが――
「あー…………」
あの二人の性格を考えると、私もうなずくしかなかった。
あいつら絶対あっしのこと知ったらギャンブル代くすねるのに利用するね!
人間のクズその1とその2でげすからね!
「とゆーワケで、まぁ、言わないでおくのがいいかなー、とか……」
「ま、おんしが面倒みるならそれでよかろ」
「おう、あんがとな。チビロリ」
「わしもおんしにゃ世話になっとるしの。構わんよ」
それからグレイと大妖怪は、出発に向けて軽い打ち合わせを行なった。
私が気にかけるべき内容は特になかった。
しかし、まだ私は確認しなければならないことがある。
それを確かめるまでは、私はこの部屋を出ていくワケにはいかなかった。
「んじゃ、この日程でいくかの」
「ああ、出発はあさってだな。よろしく頼むぜ、チビロリ」
「クッヒッヒッヒ、準備は怠るでないぞ? ではの。わしは帰るとするよ」
「あいよ~、またなー」
開かれた窓から、大妖怪がふわふわと飛んで出ていく。
グレイはそれを見送るが、そこからの出入りが普通なのっておかしくない?
ともあれ、これでようやく二人きり。私は彼に声をかける。
「――グレイ・メルタ」
「ん?」
「どうして私をかばったのですか」
「かばった? 何ぞそれ?」
「かばったじゃないですか! 大妖怪から! 私が名乗ろうとしたときに!」
おかげであっし、大妖怪に天才ウンコって認識されちゃったでやんすよ!
ひどい! ひどすぎる! こんなのあんまりよ! ぴー!
「あー、あれか……」
「私はあなたを狙う暗殺者ですよ。それなのにどうして――」
「いや、暗殺者じゃないじゃん。おまえ」
「な……」
この男は、一体何を言っているのだ?
「俺を殺すのがおまえの仕事だろ?」
「そう言いました」
「でも、初仕事だろ?」
「…………ええ」
「じゃあ、まだお前は暗殺者じゃないじゃんか」
そんな。
そんな理由で、この男は私をかばったというのか。
この男は、自分が狙われているという自覚がないのか――?
「私をナメているのですか、グレイ・メルタ」
「うん。かなり」
「ぴー!」
シリアスブレイクやーめーるーのー!
このサンシタペテルブルグ出身の超最先端シティガールに何てことを!
いいですよ、やってやりますよ!
こいつ絶対殺す。殺しますからね! もう、もー! 絶対殺すでやんす!
「絶対、絶対ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ殺します!」
「ブチブチ言うな! 毛根引っこ抜かれてる感じがして頭皮が痛ェ!」
「ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ…………」
「案外陰険だなおまえ!!?」
この天才暗殺者をナメたお礼は絶対にしてやる。
私はそう心に誓った。
ジンバの兄貴のために。
そして私自身のプライドのために、この男は殺す。
私は、兄貴に見いだされた決死必殺の暗殺者ムールゥ・オーレなのだ。
「あのー、グレイ。ちょっといいかー」
ガチャリ。ドアが開いた。
振り返ると、そこには黒衣黒髪の女剣士ラン・ドラグがいた。
何やら難しい顔をしている。
というか、恥ずかしがっている?
彼女は私をはっきり視界に入れながらも、しかし気づいた様子はない。
やっぱり、私が見えているのはグレイと大妖怪だけみたいだ。
「おう、ラン。どした。何かあったか」
「あのな、洗濯物。干そうとしたら一枚足りなくて、おまえ知らな――」
言いかけたランの動きが止まった。
私はその視線の先を追う。
床に置かれたまま忘れ去られていたくまさんおぱんてーがそこにあった。
私は固まった。
グレイ・メルタも固まった。
「……グレイ?」
「あ、いや、あのな……」
全身から光すら呑みそうな重々しい波動を放ちつつ、ランが部屋に入ってくる。
グレイは顔色を蒼白にしながら私を見た。
その救いを求めるような涙目。
私は、今の私が彼に送れる唯一の言葉を告げた。
「温泉、楽しみにしてやーす!」
私は窓から飛び出して逃げた。
そーれ、すたこらさっさでやんす――――!
「グレェェェェェェェェェェェェェェェェェェイ!」
「待て! 違うんだ! 話を聞いてくれ! っていうかおまえ、その年になってその服装でくまさんプリントってちょっと似合わな過ぎ う わ ら ば!?」
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