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第1章 最速無敵の天才重戦士 

第39話 天才重戦士、英雄となる 前編

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 部屋には、俺達四人とウルがいた。
 今回、メルとロクさんの姿はなくて、冒険者と依頼人だけだ。

 なお、パニとアムは水の入ったバケツを持って立たされている。
 ざまぁ!!!!!!!

「まずは、ありがとうよ」

 言って、ウルがこっちに頭を下げてきた。
 世にも珍しい、千年を生きるという大賢者のお辞儀である。

「そんな、ウル様。頭をあげてください!」
「そうだぜー、チビロリ。誠意は行動じゃなく現物でおごぼっ!?」

 俺が追加報酬を要求しようとしたところ、わき腹にランの肘が刺さった。

 おかしい! どうして回避できないの!?
 “はぐれの恵み”さんは完全無欠じゃないんですか――!!?

「あ、“はぐれの恵み”はその辺かなりふわっとしとるらしいぞぇ」
「クッソォォォォ! また心読むんじゃねーよぉぉぉぉぉ!」

 しかも判断基準が『ふわっと』って何じゃい!
 そんなんじゃ俺、隣にいる最終鬼畜暴力装置ゴリラドラゴン女先生の最強暴力から永遠に逃げられないじゃないですか――――!?

「おまえ今絶対、僕に対して失礼なこと考えてるだろ? なぁ?」
「そんなことないっすよー」
「じゃあ何で目をそらすんだ? オイ? なぁ? ねぇ?」

 うおお、ランから凄い圧力を感じるぜ。これが視線の暴力ってヤツか!

「いや、あの……」

 俺は口ごもる。

「何だ、言ってみろよ。ほら、なぁ?」
「ラ、ランさんがその、可愛すぎるんでぇ~……」

 テキトーに言い逃れブッこくことにした。すると、

「へ……?」

 え? 何こいつ目ん玉丸くしてんの?

「そ、そんな可愛いとか、おまえ、そんな、何言って……」

 お? お? 何やこの反応。
 何かいきなり小声になったぞ。そして言葉が尻すぼみで聞き取りにくいぞ。

「――――はっ!」

 そのとき、俺の脳みそに電流走る!
 そうかそうか、このゴリラドラゴン女、誉められ慣れてないな?

 見ろ、あの頬をかすかに赤くしてあわあわしている様子。
 恥じらっている乙女そのものじゃないか。フフ、フフフフフ……。

 …………可愛いよな。

 イヤ、イヤ違う。
 そうじゃない! 見惚れるな俺! そうじゃないから!

 ここはあのゴリラドラゴン女を徹底的にヨイショしてこの窮地を脱して、

「あ、ランや。そこのヘタレ、おんしをおだてて逃げようとしておるぞ」
「チビロリィィィィィィィィィィィィィィ!!?」

 裏切ったなチビロリ!
 別に結託してないけど、それはそれとして裏切ったなァ!

「ほっといたらいつまでも脱線するじゃろ、おんしら」
「一周回るまで待てばいいじゃない! 一周回れば元通りじゃない!」
「それ、わしはいつまで待てばええのん?」
「い、一日以内……?」
「ギルドは二十四時間営業しておらんわ!」

 くっ! こいつ、言わせておけば正論ばっかり!
 返す言葉がねーじゃねーか! 一体どうしてくれるんだよ!

「グレイ」

 冷たいランの声がした。

「……はひ」

 俺がギギギと首を動かしてそっちを見る。
 ひぃ!
 ゴリラドラゴン女の目つきがゴリラドラゴンデーモンになっとる!

「後でゆっくり話そうな。な?」
「…………はひ」
「クッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ、あ~、ぽんぽん痛い!」

 何笑ってんスか? 何笑ってんスか!
 空中で笑い転げるとか器用なマネしくさりやがって!
 おまえのせいで心臓一回止まったからな! キュッ。って感じで!

「いや~、坊、よかったのう」
「何がじゃ!」
「――通じ合える仲間と巡り会えて、本当によかったわい」

 あ……、

「思えば出会ったとき、おんしは心の中で泣いておったな」
「…………」
「だが今は笑っておる。心から。そんなおんしを見れて、わしは嬉しいよ」
「……だから、人の心を読むんじゃねぇよ」
「これについちゃ、読むまでもないわい」
「チッ!」

 俺は大きく舌を打つ。
 クソ、ウルもランもニヤニヤしやがって。って、パニ達もかよ!?

 あ、あ~、あ~……、頬熱い。クッソ、クッソ!
 別に照れてねーし、俺照れてねーモン! グレイさんはCOOLッスから!

「そういえばのう、ランよ」
「何ですか、ウル様」
「坊のスゲェところは見れたかの?」

 げ。

「あ、あ、あの、ウルさん? チビロリさん……?」
「それがおんしがこの依頼を受けた理由じゃろ? だったら確認せんとな」

 あああああああああ、ムカつく。
 その勝ち誇った笑みがメガギガテラペタにムカつく!

「のう、ランに、パニに、アムよ。坊はどうじゃった?」
「や、あの、やめ、やめ……」

 俺は何とか制止しようとするが、あかん、声が震えてまともにしゃべれん。

「そうですね――」

 ランはしばし考えこむように首をひねり、一度うなずくと、

「情けなかったです」

 オイ。

「あー、そーな。情けなかったな! 泣きながら逃げてたしよ!」
「う、うん。あ、あれはちょっと、情けなかったよね……」

 バケツ持って立たされてるパニとアムもそれに同調してくる。
 おまえら、おまえら……。

「でも――」

 だがそこでランが言葉を続けた。

「カッコ悪くは、なかったですよ?」

 へ?

「ギャッハッハッハッハ! 何だよランのお嬢もアタシと一緒かぁ?」

 え?

「うぅ……、パニちゃぁん、わ、私も。私も一緒だからぁ……」

 あれ?

「クッヒッヒッヒ、と、いうことらしいがの。坊よ」
「いや、あの……」

 え、この状況でチビロリは俺に振ってくるの?
 おまえ、俺に一体何を言えっての? え、何、土下座でもするべきなの?

 俺が呆けていると、ウルがふわりと浮いて俺の隣にまた来た。
 そして、その短い手で俺の頭を優しく撫でてくる。

「おんし達は、ウルラシオンを救った英雄じゃ」

 ――――英雄? 俺が、俺達が、か?

「今回の件は、悪いが表沙汰にできぬ。Xランクモンスターについてはまだ未解明の部分が多いのでな、そう判断した。そこは申し訳ない。けどな――」

 ウルは笑った。
 これまで見たことがないような、優しい、そして暖かい、母のような顔で。

「わしは、そしてメルやロックラドは確かに知っておる。この街を救ってくれた、四人のXランクのことを。おんしら、ウルラシオンの英雄のことをな」
「……ウルラシオン、の」
「そうとも、坊。おんしは確かに、最速無敵の天才重戦士じゃよ」
「…………」

 ………………………………あ、やべ。

「くっ!」
「おっと、どうしたんじゃ」

 俺はみんなに背を向けた。あかん。あかんあかん、ヤバイ。もうヤバイ。

「オイ、何だよグレイ。急に。そんなに肩を震わして……」
「来んな!」

 近寄ってこようとするランに手を突き出し、俺は待ったをかけた。
 待って、マジ待って。あと一分くらい待って。イヤホントマジで。マジで!

「坊、おんし、泣いとるのか?」
「ち、ちっげーし! 泣いてね……、あぅ、泣いて……」

 あ、ダメだ。言葉がのどでつっかえる。しゃべれない。
 声出そうとすると、すぐ嗚咽になっちゃう。あかんて、もうホントにさ。

 こらえ切れない。でも我慢。
 さすがにここは我慢しなきゃだ。だから我慢、我慢、我慢!

「……いいよ」

 グッと全身を強張らせて耐えていると、ポンと背中に触れる手があった。
 気が付けば、俺に傍らにランが立っていた。

「いいじゃないか。泣けば。やっと報われたんだから」
「で、でも、でもよぉ……」

 俺、俺は、この中でたった一人の男で、しっかりしないと、だから……。

「ケッ! なっさけねぇな!」

 それでも我慢して震えていると、今度はパニに尻を蹴られた。
 クッソ、何するんだよぉ、この凹バス……。

「泣きたきゃ泣けっての! 別に今さらそれでカッコ悪ィたぁ思わねぇよ!」
「う、うん。そうだよ……」

 今度はアムかよォ!
 手を伸ばして俺の頬に触れてくる。待て、今は触らないでほしくて……、

「が、我慢って、しなきゃいけないときだけするものだよぉ?」
「だったら、今はそれ……」
「バカ。違うに決まってるだろ」

 ランにピシャリと切り捨てられた。
 そしてランは、俺の真ん前に来て言ったのだ。

「今は、これまでおまえがしてきた我慢を、終わらせていいときなんだよ」

 ――――トドメだった。

 そんな言い方は、ズルい。

 俺の目から堰を切ったように涙があふれる。
 泣いた。俺は泣いた。震える唇から声を漏らして、俺はわんわん泣いた。

 嬉しかった。
 俺のしてきたことは間違いじゃなかったんだと、やっと確信できた。
 俺のことを英雄だと、そう言ってもらえたことが何よりも嬉しかった。

 泣いても泣いても涙は止まらない。
 自分の中の水分が全部出ていくんじゃないかと思えるくらい、俺は泣いた。

 そんな俺を、ランと、パニと、アムが支えてくれた。
 耐えられるかよ。我慢しきれるかよ。そんなワケねぇだろうが!

 クソ、クソ、クソ、クソ!
 おまえらのおかげだよ、コンチクショ――――ッッッッ!
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