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第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ
第122話 二日目/異階/何にもならない結末
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異面体の先にある力――、異能態。
それに目覚めて、まずケントが思ったことがある。
……あれ、何か『異階』が壊れる気配がないぞ?
以前、郷塚家の件でアキラが異能態になったときには、すごい勢いで壊れたのに。
今はといえば、そんな様子は一切見られない。
そういえば、女将さんの異能態も『異階』を壊さないって聞いたな。
と、思い出して、そこからふと気づく。
もしや『異階』を壊すのって、アキラの異能態だけなのでは?
うわぁ~、その可能性、高ェ~。あの人、とにかく破壊的だからなぁ~……。
「何がおかしいんですかぁ、ケント・ラガルク!」
「ん、ああ。いや、別に?」
怒りから声を荒げるドラゥルに、ケントは何気ない様子で接してしまう。
そんな態度を取られて、ドラゥルが気分を害さないはずがない。というか火に油。
「ああああああああああああああああ! そうですか、そんなに私にセンパイを取られるのがイヤなんですね、ケント・ラガルク! ブッ殺してやりますよぉ~!」
「そこは特に心配してないけどな。おまえじゃお嬢の相手はできないよ」
「センパイ『達』! あいつ、八つ裂きにしてくださァァァァ~~~~い!」
ドラゥルが、タマキ『達』にケントの排除を命じる。
タマキが応戦のために腰を低く落として構えを取ろうとするが、ケントが止めた。
「大丈夫ですよ、お嬢」
「ケントしゃん?」
「あいつらの攻撃は、お嬢にゃ届きません。俺が守りますから」
「でも、それじゃケントしゃんが!」
不安の声をあげるタマキに、ケントはただ、全身を燃え盛らせながら、微笑んだ。
それは、タマキの胸から不安を取り除く、力強い笑みだった。
「廻れ、熾靭火車」
告げると、手足にある炎のリングが、甲高い音を立てて高速回転を開始する。
だが、したことといえばそれだけだった。
迫るタマキ『達』を前に、炎のリングを回しながら、特に彼は動きを見せない。
「どうしたんですぅ、ケント・ラガルク! そんなおもちゃを回して満足なんですかぁ~? お遊びは終わりでいいですよね? じゃあ、死んじゃってくださいよ!」
タマキコピーの一体が、超速で賢人に襲いかかる。
その拳が、振りかぶられて――、爆裂。
「……え?」
それを見たドラゥルが、きょとんとなる。
タマキに、そんな能力はない。殴ろうとした瞬間に、拳が爆ぜる能力など。
しかも、煙が晴れてみると、爆発した拳が欠けていた。
コピーであるがゆえに痛みはない。
立て続けにケントに迫り、今度は蹴ろうとするが、その足が爆発した。
「はぁっ!?」
続けざまの、ドラゥルの驚愕。
二度目の爆発により、そのタマキコピーは片足も失い、立てなくなって倒れる。
「さすがはお嬢。攻撃の威力が半端じゃない」
言って笑うケントへ、五体のタマキコピーがそれぞれ襲いかからんとする。
しかし、結果は一体目と同じ。攻撃のモーション中に爆発していくだけだった。
「何です、何が起きてるんです! どうしてセンパイ『達』が倒れてるんです!?」
戦慄に顔から血の気を引かせ、ドラゥルがワナワナと震えている。
そこに、特に感慨を持たないまま、ケントが告げた。
「『先制反射』。敵の攻撃を、その攻撃前に反射する、俺の能力の一つ目だ」
「こ、攻撃前に攻撃を反射ァ~ッ!? そんなの、完全に反則じゃないですかぁ!」
「へぇ、殺し合いに反則なんてあったんだな。知らなかったよ」
「ぐ、だ、だったら……ッ!」
唇を噛みながら、忸怩たるものを顔に浮かべて、ドラゥルはタマキを睨む。
瞬間、残るタマキ『達』も一斉に、タマキ本人へと狙いを切り替えた。
「先に、センパイをもらっていくだけ――」
「輝きを放て、熾靭天輪!」
今度は、ケントの背中の大きな炎の輪が回転を早め、輝きを強めた。
するとどうだ。タマキを狙っていたタマキ『達』がケントへと向かっていく。
「何で!?」
「『導線支配』。敵の攻撃の的を、俺だけに集中させる。俺の能力の二つ目だよ」
これこそが、異能態『熾靭戟天狼』が誇る能力。
自らに敵を集め、その攻撃を無限に無効化し続ける――、『絶対防護』であった。
「お、おまえ、そんな攻撃的な見た目して、タンク役なんですかァ~!?」
「見た目なんぞ知るか。俺は、お嬢を守れさえすれば、それでいいんだよッ!」
叫ぶケントの周囲で、爆発が連鎖する。
そして、自分の攻撃をそのまま跳ね返されたタマキ『達』が、次々に倒れていく。
それを見届けて、ついにタマキが堪えきれなくなった。
「スゲエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッ!」
タマキが、弾けたように跳び上がり、さらにケントの周りでグルグル回る。
「すげぇ、すげぇ、すげぇ! ケントしゃん、すげぇ! やっぱケントしゃんはすごかったんだ、超強かったんだ! オレが考えてた通りの人だったんだァ!」
異面体を装着したまま、タマキは心底嬉しそうに跳ね回る。
ケントはフッと笑い、手を伸ばしてそんな彼女の頭を軽く撫でてやった。
「お嬢がいてくれたから、俺はここまで来れました」
「オレが……?」
「ええ、そうです。ずっと信じてくれてありがとな、タマキ」
自分で自分を信じられなくなったときも、タマキだけは信じ続けてくれた。
ちょっと前まで重荷や呪いのように感じられたそれが、今は、こんなにも嬉しい。
「これからは、俺が君を守るから」
「……うん。うん!」
少しだけ濡れた声でうなずいて、タマキがバシンを拳を手に打ちつける。
「だけど、オレも一緒に強くなる」
言い放たれたその声には、強い決意が漲って、
「もっともっと強くなる。守られてるだけなんて絶対にヤダ!」
拳を握り締めるその身より、強烈な熱が解き放たれて、
「ケントしゃんが前に進んだのに、オレだけこのままなんて絶対にイヤだ! オレも、ケントしゃんの隣に並んで、一緒に前に進んでやるんだァ――――ッ!」
想いの乗った叫びと共に、タマキを包む純白の装甲が解けて、力が渦を巻く。
「……ハハッ」
それを見ていたケントが、額に手を当て、軽く苦笑した。
「嘘だろ、お嬢。本当にあんたは、どこまでも規格外だな」
言いつつも、その顔は笑っている。
こうなることが、心のどこかでわかっていたのかもしれない。
そう、これは必然の覚醒。
タマキの異面体が司るのは『強さへの欲求』である。
そして、彼女にとっての『強さ』の象徴はケント・ラガルクなのだから。
言い換えれば、タマキはずっとずっと、ケントを追い求め続けてきた。
ゆえに、彼が変われば、彼女もそれを追随する。どこまでも寄り添おうとする。
その『想い』を人は何と呼ぶのだろう。
きっと誰もが、それを『愛情』と呼ぶはずだ。
――今、『強さ』という殻を破り、『愛情』の姿が花開く。
「異能態――、『天淨天華』ッ!」
タマキの異能態は、名も姿もこれまでとは一変した。
装甲は消えて、身に纏うのは裾の長い、半袖の白いワンピースのみ。
しかもかなり薄手で、タマキの体の線がうっすら陰となって垣間見える。
髪は、銀色になって腰まで届く長髪となり、瞳も鮮やかな瑠璃色。
何より目を引くのは、背に生えた大きな純白の翼だろう。
それも相まって、タマキの姿は今までのイメージを完全に破壊するものだった。
天使のように美しい。
ただただ清らかで、神秘的で、美しい。
だけど、ケントはすでに察している。
こっちこそが本来のタマキの姿なのだ、ということを。
まさにそれは『愛情』という『真念』を持つ者として相応しい姿であろう。
ただし――、
「ウォォォォォオオオオオ! 見て見てケントしゃん! オレ、羽根生えた、羽根! うお、飛べる~! 魔法なしで飛べる~! ヒャハァ~~~~イ!」
どれだけ清楚で美しい姿になろうと、中身はタマキなのである。
ケントが見ている前で、彼女ははしゃぎ、辺りをバビュンバビュン飛び回った。
「お嬢~、壁にぶつからないようにしてくださいよ~?」
「大丈夫だよ~! だってオレにはケントしゃんがついてるも~ん!」
そういう問題じゃないけど、タマキなら壁にぶつかることはないか。と思った。
そして、ケントはまた一つ確信を深める。やっぱ『異階』壊れないじゃん!
「チッ、団長の野郎。さも異能態はそれだけ危険な力だ、みたいな空気出して、危険なのは自分自身だけじゃねぇか。あの野郎ォ~、騙されたぜ……」
「ちょっと……」
「ウオオォォォォォォ! 空中で宙返り~! からのぉ~、きりもみでグルングルン~! アハハハハハハハハハハ! すげぇ、魔法より思い通りに動ける~!」
「うわぁ、洞窟の中なのに本当に一切ぶつからずに飛んでる。器用~。超器用……」
「あの……」
「う~む、しかし今のお嬢、絵になる。もしかして女の子らしくしたら、破壊力がヤバいことになるんじゃ? ……あ、想像するだけでマズイこれ。心頭滅却心頭滅却」
「私を無視するのもいい加減にするですよォォォォォォォォォ――――ッ!」
ずっと外野に置かれ続けていたドラゥルが、限界を迎えて爆発する。
それに、ケントはチラリと流し見るだけ、タマキは飛ぶのをやめて地面に降りた。
「何ですか、状況わかってるんですか、二人とも! 私がいるんですよ? タマキセンパイを世界で一番愛する私がッ! なのにどうして私を無視できるんです!?」
「だってもう、終わってるからな」
「はぁ? どういうことですか、それぇ……?」
腕を組んで、感慨のない声で言うケントに、ドラゥルはコメカミを痙攣させる。
「言葉通りの意味だよ。まだやる気なら、やってみろ。今の俺を、コピーしてみろ」
「……フッ、アハハ、ウフフフフゥ! 言ってくれますねぇ、泣き虫のガキが!」
軽く笑ったあとで激怒を表し、ドラゥルがキラビカガンにケントを映す。
「何が異能態ですか! 私の目の前で、当てつけみたいに二人でイチャイチャして、タマキセンパイは私を撫でてくれたんです! 彼女は私のものですよぅ! あなたなんか、ここから出てくるコピーに嬲り殺されて……! コピー、に……。……え?」
「出てこないな」
ケントが鏡に映って、すでに十秒以上が経過している。
「そ、そんな、キラビカガン!?」
ありえない事態に、恐慌寸前に陥ったドラゥルが、自分の異面体を振り向く。
ビキッ、と、音がしてその表面に亀裂が入ったのは、まさにそのとき。
「え……」
「もう。いいな」
ケントは軽く言って、右手を軽く挙げた。
それを見たタマキが「あ~い!」と、近くにいるタマキコピーへ拳を振りかぶる。
「幾つか、間違いを訂正してやるよ。ドラゥル・ゼルケル。一つ目は、俺達は別にイチャイチャしていない。二つ目は、お嬢はおまえのものじゃない。三つ目は、お嬢を世界で一番愛してるのはおまえじゃない。最後の四つ目は――」
「とりゃあ!」
タマキの一撃が、タマキコピーの顔面を捉える。と、同時、
「俺の能力が『絶対防護』なんだから、それと対になるお嬢の能力は、究極の攻撃特化。対多数一撃必殺の力――、『絶対突破』。それを、見落としていたことだよ」
全てのタマキコピーとキラビカガンが、一斉に砕け散った。
「ぅ、あ……」
全回復魔法を使う『出戻り』同士の戦闘で勝つ手段は二つ。
相手を殺すか、または精神の具現化である異面体を破壊して意識を奪うか。
キラビカガンを破壊され、ドラゥル・ゼルケルは失神した。
それを見下ろし、ケントは呟いた。
「異能態に目覚めた俺達にとって、おまえはもう、毒にも薬にもならない存在で、実力差で勝負にならず、考え方の差で話にならず、おまえにとって何一つ思い通りにならない、シャレにならない結果で終わったな。ああ本当に――」
ケントの目線が、ドラゥルから外れる。
「何にもならない結末だったよ」
洞窟の上から、はしゃぐタマキの声が聞こえる。
ケントも彼女の方を見上げる。もう、ドラゥルのことは頭から消えていた。
それに目覚めて、まずケントが思ったことがある。
……あれ、何か『異階』が壊れる気配がないぞ?
以前、郷塚家の件でアキラが異能態になったときには、すごい勢いで壊れたのに。
今はといえば、そんな様子は一切見られない。
そういえば、女将さんの異能態も『異階』を壊さないって聞いたな。
と、思い出して、そこからふと気づく。
もしや『異階』を壊すのって、アキラの異能態だけなのでは?
うわぁ~、その可能性、高ェ~。あの人、とにかく破壊的だからなぁ~……。
「何がおかしいんですかぁ、ケント・ラガルク!」
「ん、ああ。いや、別に?」
怒りから声を荒げるドラゥルに、ケントは何気ない様子で接してしまう。
そんな態度を取られて、ドラゥルが気分を害さないはずがない。というか火に油。
「ああああああああああああああああ! そうですか、そんなに私にセンパイを取られるのがイヤなんですね、ケント・ラガルク! ブッ殺してやりますよぉ~!」
「そこは特に心配してないけどな。おまえじゃお嬢の相手はできないよ」
「センパイ『達』! あいつ、八つ裂きにしてくださァァァァ~~~~い!」
ドラゥルが、タマキ『達』にケントの排除を命じる。
タマキが応戦のために腰を低く落として構えを取ろうとするが、ケントが止めた。
「大丈夫ですよ、お嬢」
「ケントしゃん?」
「あいつらの攻撃は、お嬢にゃ届きません。俺が守りますから」
「でも、それじゃケントしゃんが!」
不安の声をあげるタマキに、ケントはただ、全身を燃え盛らせながら、微笑んだ。
それは、タマキの胸から不安を取り除く、力強い笑みだった。
「廻れ、熾靭火車」
告げると、手足にある炎のリングが、甲高い音を立てて高速回転を開始する。
だが、したことといえばそれだけだった。
迫るタマキ『達』を前に、炎のリングを回しながら、特に彼は動きを見せない。
「どうしたんですぅ、ケント・ラガルク! そんなおもちゃを回して満足なんですかぁ~? お遊びは終わりでいいですよね? じゃあ、死んじゃってくださいよ!」
タマキコピーの一体が、超速で賢人に襲いかかる。
その拳が、振りかぶられて――、爆裂。
「……え?」
それを見たドラゥルが、きょとんとなる。
タマキに、そんな能力はない。殴ろうとした瞬間に、拳が爆ぜる能力など。
しかも、煙が晴れてみると、爆発した拳が欠けていた。
コピーであるがゆえに痛みはない。
立て続けにケントに迫り、今度は蹴ろうとするが、その足が爆発した。
「はぁっ!?」
続けざまの、ドラゥルの驚愕。
二度目の爆発により、そのタマキコピーは片足も失い、立てなくなって倒れる。
「さすがはお嬢。攻撃の威力が半端じゃない」
言って笑うケントへ、五体のタマキコピーがそれぞれ襲いかからんとする。
しかし、結果は一体目と同じ。攻撃のモーション中に爆発していくだけだった。
「何です、何が起きてるんです! どうしてセンパイ『達』が倒れてるんです!?」
戦慄に顔から血の気を引かせ、ドラゥルがワナワナと震えている。
そこに、特に感慨を持たないまま、ケントが告げた。
「『先制反射』。敵の攻撃を、その攻撃前に反射する、俺の能力の一つ目だ」
「こ、攻撃前に攻撃を反射ァ~ッ!? そんなの、完全に反則じゃないですかぁ!」
「へぇ、殺し合いに反則なんてあったんだな。知らなかったよ」
「ぐ、だ、だったら……ッ!」
唇を噛みながら、忸怩たるものを顔に浮かべて、ドラゥルはタマキを睨む。
瞬間、残るタマキ『達』も一斉に、タマキ本人へと狙いを切り替えた。
「先に、センパイをもらっていくだけ――」
「輝きを放て、熾靭天輪!」
今度は、ケントの背中の大きな炎の輪が回転を早め、輝きを強めた。
するとどうだ。タマキを狙っていたタマキ『達』がケントへと向かっていく。
「何で!?」
「『導線支配』。敵の攻撃の的を、俺だけに集中させる。俺の能力の二つ目だよ」
これこそが、異能態『熾靭戟天狼』が誇る能力。
自らに敵を集め、その攻撃を無限に無効化し続ける――、『絶対防護』であった。
「お、おまえ、そんな攻撃的な見た目して、タンク役なんですかァ~!?」
「見た目なんぞ知るか。俺は、お嬢を守れさえすれば、それでいいんだよッ!」
叫ぶケントの周囲で、爆発が連鎖する。
そして、自分の攻撃をそのまま跳ね返されたタマキ『達』が、次々に倒れていく。
それを見届けて、ついにタマキが堪えきれなくなった。
「スゲエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッ!」
タマキが、弾けたように跳び上がり、さらにケントの周りでグルグル回る。
「すげぇ、すげぇ、すげぇ! ケントしゃん、すげぇ! やっぱケントしゃんはすごかったんだ、超強かったんだ! オレが考えてた通りの人だったんだァ!」
異面体を装着したまま、タマキは心底嬉しそうに跳ね回る。
ケントはフッと笑い、手を伸ばしてそんな彼女の頭を軽く撫でてやった。
「お嬢がいてくれたから、俺はここまで来れました」
「オレが……?」
「ええ、そうです。ずっと信じてくれてありがとな、タマキ」
自分で自分を信じられなくなったときも、タマキだけは信じ続けてくれた。
ちょっと前まで重荷や呪いのように感じられたそれが、今は、こんなにも嬉しい。
「これからは、俺が君を守るから」
「……うん。うん!」
少しだけ濡れた声でうなずいて、タマキがバシンを拳を手に打ちつける。
「だけど、オレも一緒に強くなる」
言い放たれたその声には、強い決意が漲って、
「もっともっと強くなる。守られてるだけなんて絶対にヤダ!」
拳を握り締めるその身より、強烈な熱が解き放たれて、
「ケントしゃんが前に進んだのに、オレだけこのままなんて絶対にイヤだ! オレも、ケントしゃんの隣に並んで、一緒に前に進んでやるんだァ――――ッ!」
想いの乗った叫びと共に、タマキを包む純白の装甲が解けて、力が渦を巻く。
「……ハハッ」
それを見ていたケントが、額に手を当て、軽く苦笑した。
「嘘だろ、お嬢。本当にあんたは、どこまでも規格外だな」
言いつつも、その顔は笑っている。
こうなることが、心のどこかでわかっていたのかもしれない。
そう、これは必然の覚醒。
タマキの異面体が司るのは『強さへの欲求』である。
そして、彼女にとっての『強さ』の象徴はケント・ラガルクなのだから。
言い換えれば、タマキはずっとずっと、ケントを追い求め続けてきた。
ゆえに、彼が変われば、彼女もそれを追随する。どこまでも寄り添おうとする。
その『想い』を人は何と呼ぶのだろう。
きっと誰もが、それを『愛情』と呼ぶはずだ。
――今、『強さ』という殻を破り、『愛情』の姿が花開く。
「異能態――、『天淨天華』ッ!」
タマキの異能態は、名も姿もこれまでとは一変した。
装甲は消えて、身に纏うのは裾の長い、半袖の白いワンピースのみ。
しかもかなり薄手で、タマキの体の線がうっすら陰となって垣間見える。
髪は、銀色になって腰まで届く長髪となり、瞳も鮮やかな瑠璃色。
何より目を引くのは、背に生えた大きな純白の翼だろう。
それも相まって、タマキの姿は今までのイメージを完全に破壊するものだった。
天使のように美しい。
ただただ清らかで、神秘的で、美しい。
だけど、ケントはすでに察している。
こっちこそが本来のタマキの姿なのだ、ということを。
まさにそれは『愛情』という『真念』を持つ者として相応しい姿であろう。
ただし――、
「ウォォォォォオオオオオ! 見て見てケントしゃん! オレ、羽根生えた、羽根! うお、飛べる~! 魔法なしで飛べる~! ヒャハァ~~~~イ!」
どれだけ清楚で美しい姿になろうと、中身はタマキなのである。
ケントが見ている前で、彼女ははしゃぎ、辺りをバビュンバビュン飛び回った。
「お嬢~、壁にぶつからないようにしてくださいよ~?」
「大丈夫だよ~! だってオレにはケントしゃんがついてるも~ん!」
そういう問題じゃないけど、タマキなら壁にぶつかることはないか。と思った。
そして、ケントはまた一つ確信を深める。やっぱ『異階』壊れないじゃん!
「チッ、団長の野郎。さも異能態はそれだけ危険な力だ、みたいな空気出して、危険なのは自分自身だけじゃねぇか。あの野郎ォ~、騙されたぜ……」
「ちょっと……」
「ウオオォォォォォォ! 空中で宙返り~! からのぉ~、きりもみでグルングルン~! アハハハハハハハハハハ! すげぇ、魔法より思い通りに動ける~!」
「うわぁ、洞窟の中なのに本当に一切ぶつからずに飛んでる。器用~。超器用……」
「あの……」
「う~む、しかし今のお嬢、絵になる。もしかして女の子らしくしたら、破壊力がヤバいことになるんじゃ? ……あ、想像するだけでマズイこれ。心頭滅却心頭滅却」
「私を無視するのもいい加減にするですよォォォォォォォォォ――――ッ!」
ずっと外野に置かれ続けていたドラゥルが、限界を迎えて爆発する。
それに、ケントはチラリと流し見るだけ、タマキは飛ぶのをやめて地面に降りた。
「何ですか、状況わかってるんですか、二人とも! 私がいるんですよ? タマキセンパイを世界で一番愛する私がッ! なのにどうして私を無視できるんです!?」
「だってもう、終わってるからな」
「はぁ? どういうことですか、それぇ……?」
腕を組んで、感慨のない声で言うケントに、ドラゥルはコメカミを痙攣させる。
「言葉通りの意味だよ。まだやる気なら、やってみろ。今の俺を、コピーしてみろ」
「……フッ、アハハ、ウフフフフゥ! 言ってくれますねぇ、泣き虫のガキが!」
軽く笑ったあとで激怒を表し、ドラゥルがキラビカガンにケントを映す。
「何が異能態ですか! 私の目の前で、当てつけみたいに二人でイチャイチャして、タマキセンパイは私を撫でてくれたんです! 彼女は私のものですよぅ! あなたなんか、ここから出てくるコピーに嬲り殺されて……! コピー、に……。……え?」
「出てこないな」
ケントが鏡に映って、すでに十秒以上が経過している。
「そ、そんな、キラビカガン!?」
ありえない事態に、恐慌寸前に陥ったドラゥルが、自分の異面体を振り向く。
ビキッ、と、音がしてその表面に亀裂が入ったのは、まさにそのとき。
「え……」
「もう。いいな」
ケントは軽く言って、右手を軽く挙げた。
それを見たタマキが「あ~い!」と、近くにいるタマキコピーへ拳を振りかぶる。
「幾つか、間違いを訂正してやるよ。ドラゥル・ゼルケル。一つ目は、俺達は別にイチャイチャしていない。二つ目は、お嬢はおまえのものじゃない。三つ目は、お嬢を世界で一番愛してるのはおまえじゃない。最後の四つ目は――」
「とりゃあ!」
タマキの一撃が、タマキコピーの顔面を捉える。と、同時、
「俺の能力が『絶対防護』なんだから、それと対になるお嬢の能力は、究極の攻撃特化。対多数一撃必殺の力――、『絶対突破』。それを、見落としていたことだよ」
全てのタマキコピーとキラビカガンが、一斉に砕け散った。
「ぅ、あ……」
全回復魔法を使う『出戻り』同士の戦闘で勝つ手段は二つ。
相手を殺すか、または精神の具現化である異面体を破壊して意識を奪うか。
キラビカガンを破壊され、ドラゥル・ゼルケルは失神した。
それを見下ろし、ケントは呟いた。
「異能態に目覚めた俺達にとって、おまえはもう、毒にも薬にもならない存在で、実力差で勝負にならず、考え方の差で話にならず、おまえにとって何一つ思い通りにならない、シャレにならない結果で終わったな。ああ本当に――」
ケントの目線が、ドラゥルから外れる。
「何にもならない結末だったよ」
洞窟の上から、はしゃぐタマキの声が聞こえる。
ケントも彼女の方を見上げる。もう、ドラゥルのことは頭から消えていた。
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高岩唯丑
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自分の部屋で寝ていたはずが、気づいたら、武器や防具がいっぱいある部屋に?!
でも、西洋の物があふれたそこに、似つかわしくない日本刀があった。
リコはそれになぜかとても惹かれて……。
そして、戦いに巻き込まれて、その刀を手に得意の居合で戦う!
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