出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です

はんぺん千代丸

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第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ

第117話 二日目/森の散歩道/それを呪いと呼ぶのだとしても

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 たっぷり四分、泣き続けた。
 そしてある程度頭がすっきりした今、郷塚賢人は怒涛の羞恥に見舞われていた。

「ホンッッッット、お願いします! 誰にも言わないでください!」

 こちら、困っている菅谷真理恵を前に拝み倒してる賢人の図である。

「大丈夫よ、そんなこと、言ったりしないから」

 困り笑いをしつつ、真理恵はそう言ってくれる。
 が、それでも念には念を押したくなるのが、今の賢人の心情なのだった。

「本当? 本当ですね……?」
「そこは信じてほしいところだけれど、私のことは信じられないかしら?」

 もちろん、そんなことはない。
 逆に、現状の賢人にとって、もはや何も考えず信じられる相手は真理恵だけだ。

「……ありがとうございました」

 ベンチに座り直して、賢人は真理恵に頭を下げた。
 隣に座り真理恵は、一瞬首をかしげながらも、すぐに笑って彼の頭を撫でてくる。

「賢人君が無事でよかったわ」
「無事で……?」

 そういえば、真理恵がここに来た理由をまだ聞いていなかった。
 汗を流し、息を切らして、自分を探していたようだった。

「環さんから聞いたのよ。君が、襲われた、って……」
「ああ」

 またこっちを心配する真理恵を見て、そんな声しか出なかった。
 目に浮かぶ。きっと彼女は「襲われた」と聞いてすぐに飛び出してきたのだろう。
 賢人が知る菅谷真理恵は、そういう人間だ。

「でも、無事みたいでよかったわ……」
「無事っすよ。つか、暴漢はお嬢がブッ飛ばしたんで」
「そ、そうなの……?」

 あからさまに意外そうな顔をする真理恵。やっぱりな、と、賢人は確信を深める。

「だって、喧嘩屋ガルシアですよ、あの人」
「そういえば、そうね……」

 実に説得力のある言葉だと、二人して感じ入る。そして同時に納得もする。

「だから、襲ってきたヤツは二度と出てきませんよ」
「うん、それならよかったわ。本当によかった」

 はふぅ、と、真理恵が深く息をついた。安堵のため息だ。
 それを見ていた賢人は、全身から力を抜こうとする真理恵に、つい尋ねてしまう。

「何で、真理恵さんは俺にそこまでしてくれるんですか?」
「え?」

 こっちを向いた真理恵と、目が合った。
 キョトンとする彼女の顔は、こうしてみると思っていたより大人なのだとわかる。

 当たり前だ。真理恵は成人していて、すでに社会に出ている身だ。
 それを、賢人は不思議に思う。大人で、社会人で、刑事な菅谷真理恵という女性。
 どうして、こんなにも自分のことを気にかけてくれるのか。

「真理恵さんは、俺によくしてくれます。気にかけてくれます。さっきも、俺、いきなり泣いちゃって、でも、それを受け止めてくれました。抱きしめてくれました」

 嬉しかった。受け入れてもらえたことが、心から嬉しかった。
 だからこその疑問。

「……俺が、か弱い子供だからですか?」

 心臓の音がにわかに高まる。それを口に出した自分の中に、確かな怯えを感じた。
 子供だから。それだけが理由だったら、もう、それはどうしようもない。

 郷塚賢人という人間は、何もできない弱いだけの子供。
 その事実が、自分自身の中で確定する。そして、未来永劫に渡り覆せなくなる。
 真理恵までもが、自分をそう見ているのだとしたら――、

「ん~……」

 彼女の考え込む声が聞こえる。
 突然の質問にもかかわらず、真剣に聞いてくれたからだ。

 賢人は、緊張に高鳴る鼓動に耐えながら、神妙な面持ちで彼女の答えを待った。
 そして菅谷真理恵は、コクリとうなずいた。

「うん、そうね」

 ――そうなのか。やっぱり、俺が子供だから。

 全身から、熱が引く錯覚。
 胸中に渦を巻く『ああ、やっぱり』という諦めと『何で、どうして』という疑問。
 比率はまさに五分と五分、だからこそ混じらず、染まらず、荒れ狂う。

「でも、それは二番目か三番目の理由ね」
「……え?」

「だって、どんなに大人ぶっても、賢人君が中学生なのは変わらないでしょう? 私は賢人君をか弱いとは思ってないけれど、保護が必要な年齢なのは間違いないわ」
「ま、まぁ、そうですけど……」

 刑事にそう言われてしまっては、納得するしかない。そこは。

「じゃあ、一番目の理由って、何なんですか?」
「決まってるでしょ。賢人君が、私の大事な友達だからよ」
「友達……」

 本当に、真理恵は当然のような言い方で、それを賢人に告げた。
 特例でなく、例外でなく、普通に、ごくごく普通に、大事な友達だ、と――。

「俺、中学生っすよ……?」

 言う声は、自分でもわかるくらいに震えていた。
 込み上げてくるものを堪えるのが大変だった。全身を強張らせなきゃいけない。

 少しでも気を緩めれば、きっとまた泣く。さっきよりも派手に泣く。
 それくらいに、嬉しかった。
 真理恵から『大事な友達』だと言ってもらえたことが、たまらなく嬉しかった。

「そうね、君と私じゃ年の差があるから、もしかしたら賢人君には迷惑なのかもしれないけど、私は、君のことはお友達って思ってるわよ?」
「お、俺だって、思ってます! 真理恵さんのこと、友達だって!」

 あえて、勢いをつけて声を大にする。でないと、泣く。もう涙腺も鼻もヤバイ。
 目の奥がツンとなって、溜まった涙が流れ落ちるのを待っている。そんな状況だ。

「そう? それなら嬉しいわ。これからも仲良くしてもらえたら嬉しいわね」

 屈託なく笑う真理恵に、ああ、こりゃダメだ。と、我慢をやめる。
 すると、賢人の目から涙がポロポロと流れ落ちていく。真理恵がギョッとする。

「ちょ、賢人君!?」
「だ、大丈夫です。大丈夫、だい、じ……。ぅ、く……!」

 腕で拭って、拭って、拭って、それでも涙は止まらなかった。
 真理恵が、ティッシュを出してくれる。それを受け取って、彼は涙を拭う。

 そのさなかに思った。
 もう、いいかな。もうこの人に委ねても、いいのかな。俺は弱い中学生でいい。

 今すぐには、真理恵の隣に立つことはできないのだろうけど。
 でも、彼女はこんな自分を大事だと言ってくれた。その言葉に、きっと嘘はない。
 だったらそれに心を委ねて、もう、ただの郷塚賢人になってしまえばいい。

 アキラやミフユには申し訳ないけど、そっちの方が楽だ。気持ちが楽になる。
 自分は『出戻り』ではあるけど、別にケント・ラガルクである必要はないはずだ。

 記憶はあっても、今の自分は、郷塚賢人なのだから。
 だから、もういいかな。
 このまま、真理恵さんの友達の郷塚賢人として生きていけば――、それで、

『待ってよぅ、ケントしゃん……』

 ――水の落ちる音が聞こえた。

 …………。
 …………。
 …………。

「……君、――賢人君? ねぇ、大丈夫、賢人君!」
「…………ぁ、え?」

 ハッと顔をあげる。
 隣の真理恵が、こっちを心配そうに覗き込んでいた。

「あ、真理恵さん? あれ、ど、どうかしました?」
「どうか、じゃなくて……、急に泣き出して、俯いて黙り込んで、大丈夫なの?」

 うわぁ、傍から聞くとただのメンタルヤバい人間にしか聞こえない。
 自分なら、そんな人間から「大丈夫です」って言われても信じない自信がある。

「えっと、すいません、メンタルヤバくてすいません……」
「何それ、どういう謝り方?」

 クスッと笑う真理恵を見て、一気に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
 そうだよ、自分はまた泣いた、そして何も言わなくなったんだよ。バカか!?

「はぁ、俺ってヤツは……」

 片手で顔を拭う。すると闇の中に思い浮かべてしまう。
 ダメだ、どうにも振り切れない。
 タマキだ。アキラやミフユではなく彼女の顔がどうしてもチラつく。

 確かにタマキを裏切ったのは申し訳ないと思っている。
 でも、別に自分が守る必要なんてないじゃないか。彼女はまさに最強なのだから。

 もはやケント・ラガルクとして、タマキ・バーンズを守る意味がない。
 だったら、自分はもう郷塚賢人として生きたい。
 前世のしがらみも全て断ち切って、新しい人生を普通に、気楽に歩んでいきたい。

 世界を超えてまで絡みついてくる因縁など、まるで呪いだ。
 そこまで考えた賢人に、真理恵が「ああ、そうだ」と何か思いついたように言う。

「私が賢人君を気にする理由、もう一つあったわ」
「もう、一つ……?」
「そうね。私の祖父の話なんだけど――」

 そこで真理恵が語ったのは、彼女が警察官を目指した理由だった。
 警察官であり、幼かった真理恵を体を張って守り亡くなった、真理恵の英雄。

「私はそのときに思ったの、私も、誰かを助けられるような人になりたい、って」
「そう、だったんですね……」

 ニッコリ笑って語る真理恵に、しかし、賢人は笑えずにいた。
 だって、その話はまるで今の自分と同じだ。
 前世のしがらみに縛られて、ついには心が壊れかけてしまった、愚かな自分と。

「それは――」

 彼女の話に自分を重ね、俯いた賢人はつい、漏らしてしまう。

「それって、何か、呪いみたいですよね」

 言ったあとで、ヤバッと思った。

「呪い?」

 しかし、ほんの小声だったのに真理恵はしっかり聞いていたらしい。
 彼女がこっちを見る。そのまなざしに、賢人も覚悟を決める。
 ここまで真剣に向き合ってくれた真理恵には、誤魔化すようなことはしたくない。

「……すいません。真理恵さんは不快に思うかもしれないですけど、何だか、そう思えたんです。死んだ人の姿や言葉に影響されて、自分の生き方まで決めちゃうのって、その死んだ人に縛られてるように思えちまって、その、すいません」
「ああ、なるほど……」

 賢人が言っていることは間違いなく無礼で失礼、はっきり言えば侮蔑にも等しい。
 だが、それでも真理恵は怒ることなく、真剣に受け止めてくれる。

 この人のこういうところが、尊敬できる。そう、賢人は感じた。
 それはそれとして、謝罪の言葉をすでに十三通りほど考えはしているけど。

「う~ん……」

 真理恵が考え込んでいる。
 これは、いよいよ叱られるか。土下座か。土下座するべきか。

「うん、そうね。多分これ、呪いでもあるんでしょうね」
「えぇ……」

 まさかまさかの真正面からの納得。
 さすがに、考えていた十三通りのパターンの中にもそれはなかった。

「納得しちゃうんですか? ……俺、今、ものすごく失礼なこと言いましたよ?」
「そうね~。私以外にはそういうコトは言わない方がいいわよ?」

 そういう問題じゃない気がする。
 あんぐり口を開ける賢人に、だが、真理恵は変わらぬ笑顔で言った。

「でもいいじゃない、呪いだって」
「いいんですか!?」

 納得の上に前向きに肯定されてしまった。何だ、この人は。
 そう思ってるところに、真理恵は重ねて言ってくる。

「祝福だけの人生なんて、ありえないわよ。誰だってきっと、気づかないところで何かに縛られたり、呪われたりしてる。それを思えば、自分の背中を押してくれる呪いなんて、上等なモノじゃないかしら? どうせみんな、いつだって何かに影響を受けて生きているんだから、祝福も、呪いも、そういうものの一つに過ぎないわよ」
「……マジかよ」

 賢人は思わず呟く。信じられなかった。
 この人は今、こう言ったのだ。呪いでも、生きるための力にできる、と。

 眩しい。あまりにも眩しい考え方だ。
 ただ、考えなしに意味もなく前向きなワケではない。

 真理恵は、呪いというものの意味をしっかり理解しながら、それを言っている。
 そこが、賢人には信じられなかった。自分にはできない考え方だ。

「何で、そんな風に思えるんですか、真理恵さんは……」
「それはね、賢人君」

 真理恵が、賢人に教えてくれる。

「そう生きるって、私が、私自身に誓ったからよ」
「誓い……」

 ――誓い。――――誓い?

「…………ぁ」

 声を漏らし、賢人が目を見開く。
 その顔から表情は消えて、剥かれた瞳は、ここではないどこかを見る。

「賢人君?」

 耳に届く真理恵の声。
 だが、彼の意識に聞こえている声は彼女のものではなく、親友の声。
 アキラ・バーンズが、自分に強く呼びかける声だった。

 忘却の果てより、今、記憶は呼び起こされる。
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