出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です

はんぺん千代丸

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第六章 愛と勇気のデッドリーサマーキャンプ

第115話 二日目/湖の小島/心、さまよって

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 タマキの猛威は、吹きすさぶ嵐の如く。
 ドラゴ・ゼルケルの命は、もはや風前の灯火と化していた。

「ウラアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
「グギッ! ガッ、バ、カな……ッ、こ、こんな……!?」

 骨を砕かれ、肉を潰され、内臓をが破裂して、ドラゴは幾度も死にかける。
 それをギリギリのところで竜の再生力で治しているが、追いつかない。

 何だこれは。
 何なんだこれは。

 やっと、やっとケント・ラガルクを追い詰めたというのに、どうしてこうなる!
 こんなヤツが存在しているなんて、からは聞いていないぞ!

「死ねよ、おまえ。何で生きてんだよ? さっさと死んで、おまえが雑魚であることをオレ達の前で証明しろよォォォォォォォォォ――――ッ!」
「ウグゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」

 まるで途切れないタマキの連撃に、ドラゴは追い詰められていく。
 虎の子のジュジュガトが、まるで機能していないのがあまりにも痛すぎる。

 通じていないのならば、まだいい。
 それはつまり、相手が何らかの手段で防御しているということだ。
 隙を探せる。対策を練れる。やれることがある。

 だが、ジュジュガトの超過重は、タマキに確かに効果を及ぼしている。
 なのにこれだ。
 通じてはいるが、それが役割を果たしていない。

 そんなの、どうやって対抗しろというのだ。
 いいや、対抗などできるものか。できないから、今、こうなっている。

「お、おの……、ガッ! げぶァ!?」

 おのれ。
 その三文字を言い終える前に、二十五発殴られた。

 竜の鱗に守られているはずの顔面が切り裂かれ、牙が何本も折れ飛ぶ。
 もう、口の中は血でいっぱいだ。
 痛みがない部位も、残っていない。明らかに再生力が落ちつつある。

 ドラガもそうだったが、ドラゴもまた『全快全癒』を使うことができない。
 強靭な体力と再生能力を誇る竜人は、それら治癒魔法を軽視する傾向にあった。

「ハッ、はぁ! あぁ、ああぁ……!」

 かつて味わった絶望感よりも大きな恐怖が、ドラゴの心を揺さぶった。
 勝てない。これは勝てない。何があろうとも、どうやろうとも。

「死んじゃえよ、おまえ」

 純白の死が迫る。
 死、そのものの権化が、ドラゴに死ねと言っている。

「うぉぉ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 彼の絶叫と共に、ジュジュガトがタマキと彼の間に出現する。
 そして、その表面にいきなり亀裂が入り――、

「……わっ」

 轟音と共に、爆発した。
 ケントが見ているその前で、巨大な爆光が洞窟全体を揺るがす。
 そして飛び散ったものは、黒く焦げた肉片だった。

 現実ではない『異階』の泉に、ドラゴの千切れた右手がポチャンと落ちる。
 その爆発の勢いで彼が貼った金属符も剥がれ、世界は現実に帰した。

 爆発の影響など、もちろん全て消えて、また美しい泉の景色が戻ってくる。
 着地したタマキは、水着姿のまま、一切無傷だった。
 立ち尽くすケントの方を向いて、彼女は申し訳なさそうに言った。

「ごめん。あいつ、自爆しちゃった……」

 圧倒的勝利。
 そう評する以外にはない、実にわかりやすい結末だった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――実にあっさり、ドラゴに勝ってしまった。

 ケントは見ていた。
 最期の瞬間の、ドラゴ・ゼルケルの恐怖だけに染まった表情を。

 敗北の屈辱など感じる余裕すらなかったに違いない。
 その顔に浮かんでいたものは、恐怖。内心もそれ一色に染まっていたはずだ。

 傍から見ていたケントでさえ戦慄するしかなかった、タマキの実力。
 話には聞いていた。バーンズ家最強の実力者、タマキ・バーンズ。

 だが、自分の中ではやはり小さい頃の印象が強く、どこか信じ切れていなかった。
 それは甘く見ていたということだ。彼女を侮っていたということでもある。

 しかし、そんなイメージは吹き飛んだ。ドラゴと一緒に。
 目の前に立つ少女は、自分など足元にも及ばない、絶対的な強者なのだ。
 自分など、足元にも及ばない……。

「あの、ケントしゃん……」
「すごいっすね、お嬢」

 タマキが何かを言おうとするのを遮って、ケントは愛想笑いを浮かべる。
 だが、それを見たタマキは、何故かショックを受けたように目を見開いてしまう。

 そこに意識を割いてやれないのを、ケントは内心にせせら笑う。
 何だよ、俺。
 この期に及んで取り繕うのかよ、クソダセェ……。

「まさか、お嬢がそんな強ェなんて知りませんでしたよ。おかげで、助かりました」
「や、やめて、ケントしゃん……」

 さっきまでただただ強かったタマキが、ふるりと弱々しくかぶりを振る。
 そこに浮かぶ泣きそうな表情に、ケントは八つ当たりでしかない苛立ちを感じた。

 ――泣きたいのはこっちだと怒鳴れたら、どんなに楽だろうか。

 そんな考えが頭によぎり、いよいよ自己嫌悪が極まりそうになる。
 何で、こうしてまだタマキと話しているのか。この弱虫は。この役立たずは。

 嗚呼、ダメだ。
 これ以上は、本格的にダメだ。俺はもう、クズになるしかなくなる。

「お嬢、すいません。ちょっと戻りますね、俺……」
「え……」

 ギリギリのところで愛想笑いを保って言うケントに、タマキがか細い声を漏らす。
 もう、見ていられない。彼女の顔を、まともに見ることをしてはいけない。

 ケントはその場で踵を返し、洞窟を出ていこうとする。
 しかし、その右手をタマキが掴んだ。

「待って、ケントしゃん……」

 声が震えていた。濡れていた。その目に浮かぶ涙を、見ずとも確信できた。
 それでもケントは、洞窟を出ていこうとする。何故なら彼も、大体同じだからだ。

「俺、行きます」
「待って、お願いだから待ってよぅ! オレ、ケントしゃんに言いたいことが……」
「お嬢」

 何とか話をしようとするタマキに、ケントは肩越しに振り向く。
 その目に浮かぶ涙を見たのか、彼女の表情が凍りついた。

「……すいません、少し、一人にさせてください」

 それは、タマキよりもずっと震えて、ずっと弱り切った声。
 ケントの腕から、タマキの手がスルリと落ちる。

 そしてケントは、洞窟を去っていく。
 その顔に浮かべる愛想笑いを消すことも忘れて、足早に、まっすぐに。

「待ってよぅ、ケントしゃん……」

 聞こえたタマキの懇願は、聞こえないことにした。
 そして、ケント・ラガルクはいなくなった。膝を折り、一人泣くタマキを残して。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あの二人、遅くない?

「もうちょっと待ってやりなさいよ……」

 って、ミフユは言うんですけどね、もうこっちはソワのソワなんですわ。

「タマキの一世一代の大決心なんだから、そりゃ時間もかかるわよ」
「そうだけどさぁ~、でもさぁ~、だってさぁ~……」

 あ~、ソワる。超ソワるんじゃ~!

「気持ちはわかるけどね。まさか、あの子から攻めに出るなんてね~……」
「う~~~~~~~~む……」

 湖の浅瀬で、俺とミフユは一緒に小島の方を窺っている。
 タマキがケントに告白する。
 その決意を聞かされたのは昨日の夜、寝る前の宴会中でのことだった。

 どうやらタマキはタマキで、菅谷というライバルをかなり意識しているようだ。
 それに焦って、というワケではなく、実際はかなり悩んだらしい。

 しかし、温泉での出来事を経て、ついに決心したとのことだ。
 何があったかは知らんけど、まさかあいつの方から動くとは思わなかった。

 ケントや菅谷には伝わらないよう、魔力での念話でシンラ達にも話した。
 ただし、告白の部分までは言っていない。
 タマキとケントが二人きりになれる状況にしたいから協力してくれとだけ言った。

 ま、そこまで言えばシンラとお袋辺りはすぐ察するだろうが。
 なお、シイナ、タクマ、スダレには言ってない。絶対騒ぐから。絶ッ対騒ぐから。
 特にシイナ辺りがどう動くか予想がつかぬぇ~!

「で、その恋敵の菅谷真理恵は?」
「もうお昼も近いし、さっき上がって、テントに着替えに行ってるわよ」

「ああ、もうそんな時間か~。残ってるのも俺らだけだしなぁ」
「そうよ。みんな着替えにテント入っちゃってるわよ」

「菅谷真理恵の高校の後輩とかいう女も?」
「そりゃあ当然。菅谷さんと一緒に入ってたわよ。そうなるでしょ」

 肩をすくめるミフユに、俺も「そりゃそうだ」と苦笑する。
 しかし、自分で言っておきながら何だが、恋敵、ねぇ。

「はぁ~、今から気が重いわ。本気で笑えないわねぇ……」
「タマキを慰める前提で心を固めておるなぁ、おまえ」

「そりゃあそうでしょ。だってケント、菅谷さんが好きなんでしょ?」
「ん~~~~……」

 ミフユの言葉に、しかし俺は腕を組んで首をひねる。

「何よ、その反応?」
「いやぁ~、どうなのかなぁ~、ってね……」

「歯切れわっる……」
「しょうがねぇじゃん! 俺だって確信も何もないんだからさぁ!」

 と、俺がミフユに言い返した、そのときだった。

「もおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!」

 うぅお、ビックリした!?
 いきなりの大声が、湖の向こうから聞こえてきた。

 そちらを見やれば、ズバンッ、と派手に立ち上がる水しぶき。
 そして、小島の方からこっちへと一直線に水上走行してくるタマキが見えた。

「…………」
「…………」

 俺とミフユは、それを見て声を揃えた。

「「ダメだったかぁ~」」

 これは、しっかり慰めてやらんとな~、と思いながらタマキの帰還を待つ。
 だが、戻ってきたタマキが涙ながらに語った話は、俺達の度肝を抜くこととなる。

「ドラゴ・ゼルケルが襲いかかってきたァ!?」

 え、嘘。何それ、どういうこと。
 ドラガ・ゼルケルの単独犯行、じゃなかったってこと?

「魔力の念話で電話のフリしてたって言ってた……」

 グジュグジュ泣きながら、タマキは俺達に説明してくれる。
 あ~~~~、念話! なるほど、実際にドラガには指示してたってことかァ!

「やってくれるぜ……」

 つまりはゼルケル兄弟の二段構えでの作戦だったワケだ。
 ドラガを手駒にして、ドラゴが裏で操ってた、と。……こすいことを考えやがる。

「それで、ドラゴは……?」
「やっつけたら、自爆しちゃった」

 と、タマキがミフユに撫でられながら、鼻を啜って語ってくれた。
 まぁ、竜人だってだけでタマキに勝てるワケがない。最期は自爆かぁ。ホントか?

「タマキ、そいつ、本当に自爆して死んだか? 確認は?」
「わかんない、そんなの……!」

 おおっと。

「アキラ、今は……」

 ミフユがタマキを抱きしめつつ、首を横に振る。

「ああ、そうだな。すまん」

 今のタマキに、そんなこと確認してる余裕なんてあるはずないわな。
 だがとにかく、大体の話はわかった。

 そうか、ケントのやつ、溜め込んでたものが溢れちまったか。
 そこにドラゴの襲撃がトドメになった、と。……あのバカ野郎は、全く。

「――そんなに弱くねぇだろ、おまえは」

 そんな呟きが、無意識に俺の口から漏れてしまう。

「そうだよね! ケントしゃん、そんな弱くないよね! ううううぅぅぅぅ~!」

 タマキが、俺に同意しつつズビビ~と鼻水を啜る。そしてまた泣く。
 あらら、余計なこと言っちまったかもしれん。

「あ~、まぁ、何つ-かなー、ちと説明が難しいんだけどな~……」

 ケントの異面体である『戟天狼ゲキテンロウ』の特性に関する部分の話だ。
 だが、そうか、今のあいつの状態考えると、う~ん……。

「……あれ?」

 と、俺が考え込んでいるところに、タマキが何かに気づいて辺りを見回す。

「ケントしゃんは? ……ねぇ、ケントしゃんどこ? いないよ? どこ!?」
「え、ケントならまだ戻ってきてないぞ……?」

 俺が言うと、タマキの顔が瞬く間に蒼ざめていく。
 ミフユに抱きしめられていたタマキは、フラリと立ち上がって、

「ケントしゃん! ケントしゃん、どこぉ……!」

 大声で、ケントの名を呼びかけ始めた。
 その声に、テントに入っていた何人かが顔を出してくる。
 そして、菅谷真理恵が駆け足でこっちに寄ってきた。

「どうしたの、環さん。賢人君に、何かあったの?」
「ケントしゃんが、襲われて~、いなくなって~、帰ってきてなくて~!」

 ちょっ、タマキ、おまえェェェェェェェェ――――ッ!?
 いくら泣きながらの説明にしたって、ピンポイントでヤベェ部分だけ抜粋すんな!

「賢人君が、お、襲われて……!?」

 ほら、菅谷真理恵がショック受けて顔色真っ青になってんじゃ~ん!

「うあぁぁぁぁ~ん! ケントしゃん、どこぉ~!」
「……賢人君!」
「えっ、ちょっ! オイ! あのっ、ええええぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!?」

 その場で大泣きをし始めるタマキと、全力で走り出す菅谷。
 何だ、俺はどっちに対応すればいいんだ。この状況でどう動きゃいいのよ!

「しっかりしなさいよ、アキラ。タマキはこっちで何とかするから、あんたはみんなに説明して、一緒にケントを探してきて。わたし達も、すぐに追いかけるから!」
「わかった。あああああああああああ、ったく、あいつはぁ~!」

 俺は髪を掻きむしりながらテントへと向かう。
 本当に、本ッ当~に、ケントのバカ野郎はよぉ~~~~ッ!

「……一番大切なことを忘れてんじゃねぇよ、アホ!」

 見つけたら絶対にリバーブロウで悶絶させてやる。
 俺は、そう固く心に誓い、テントへと走った。
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