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第二章 渡る世間は跳梁跋扈
第18話 金鐘崎美沙子はイケメンに弱すぎる
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風見家にお呼ばれした。
もちろん、ひなたが連れていかれそうになった理由の説明だ。
そのはずなんですけど、お袋の様子がおかしい。
何かこう、妙にソワソワしている。
「ア、アキラ、あたし、変なところはないかい? おかしいところとかは?」
全部って答えたらどんなツラするやら。
「お袋さ、脈絡もなく挙動不審になるのやめてくんない?」
「きょ、そ、そんな、そそ、そんなこと、な、なななな、ない、ないわよぉ?」
DJに回されるレコードか、おまえは……。
「それにしても、ひなたちゃんのお父さん」
「何よ?」
「いい男ねぇ……」
言って、お袋はポッ、と頬を染める。
「…………」
「な、何だい、アキラ。その『苦虫の中の苦虫を噛み潰したような顔』は」
「自分の発言を振り返ってからツッコめや……」
え~、嘘ォ、マジで言ってるのかこの母親。
豚との離婚届はこの前出してきたから、今のお袋は独身ではあるよ。あるけどさ?
風見さんちも離婚してるっぽいから、問題ないっちゃないんだろうけどさ?
ああ、ちなみに豚の筆跡は俺が完全にトレースしました。
傭兵なんぞやってると、その辺の小技も必要になってくる場面が多々ありまして。
「はぁ、風見さん……」
「出会って数分で恋する乙女モードに入るのはやめろ、さすがに」
クソッ、軽くてもいいから無性に煙草吸いたくなってきたんだが!
何だこの母親、ここまで惚れっぽい性格だったのか!? 初めて知ったぞ!
確かに、ひなたパパがイケメンなのは認める。
何というか、個人的にはあの佐村勲よりもさらに『できる男』感が強い。
やや茶色が混じる髪をナチュラルな感じに揃えていて、顔もしっかり整っている。
背も高く、だが体格は大きすぎず、けれども頼りにできそうな雰囲気の持ち主。
彼は、顔だけがイケメンなのではない。
態度や所作から、細やかな振る舞いまで洗練されきった、いわば全身がイケメン。
この人なら、どんな服でも着こなしちゃうんだろうな、とわかる。
それと、物腰からして喧嘩も絶対強いな、これ。何か武道でもかじってそうだ。
そして娘のひなたも、これまた可愛い容姿をしている。
儚げで、すぐに泣き出しそうな弱々しさがあるが、それが庇護欲をそそる。
あの力也の妹の由美にも通じる部分だが、一見して美人になるとわかる顔つき。
着るものを変えて、少し整えれば、それだけでテレビに出れそうだ。
まさにこの親にしてこの子あり、な父娘に見えた。
母親の祥子についてはノーコメントで。
見た目はいいんだろうけど、化粧が濃くてケバケバしいんだモン、あのオバハン。
まぁ、うん、って感じでひなたパパがイケメンなのはわかる。
だけど、だからってこの短時間で恋愛頭脳戦開始前白旗不戦敗してんじゃねーよ!
おまえ、自分がバツ2である事実を重く受け止めろ、金鐘崎美沙子ォ!
「勘弁してくれよ……」
こっちはこっちで、別件が非常に気がかりだってのによぉ。
別件とは、風見ひなたのことだ。
パパを手を繋いでいるあの幼女が、実は異世界での俺の娘なのではないか。
そんな疑念が、俺の中で急激に高まってきている。
だってさぁ、この街、『出戻り』が多すぎンだよ……。
俺に、ミフユに、未来に、と、仁堂小学校だけで三人だぜ、三人。
だったら他の場所にいたって何もおかしくない。
と、そんなことを考えてたところに、同名の幼女登場と来たモンだ。疑うよねぇ?
――ヒナタ。ヒナタ・バーンズ。
俺とミフユの間に生まれた十五人の子供の中で、最後に生まれた末っ子。
可愛かったなぁ、ヒナタ。
生まれたのが俺もババアもお互い三十代後半のときだったから、特に可愛がった。
とはいえ、じゃあその『ヒナタ』があの『ひなた』なのか、は、わからない。
世界が違うせいか、顔の造形が全然違うからだ。
俺だってミフユだって、異世界とこっちとじゃ顔は違ってた。
多分、未来も同じように二つの世界でそれぞれ容姿が異なっていたんだと思う。
つまり、外見から判断することは不可能。
じゃあ一回殺して生き返して確認するのか、っていうと、これも不可。
だってひなたは現時点で俺の敵じゃないからね。俺もそこまでの猟奇性はないよ。
「どうぞ、おあがりください」
膨らむ疑念に悶々としているうちに、風見家に到着。
パパがドアを開けて、俺達を招き入れる。ひなたも「どーぞ!」と言った。
なぁ、ひなた、ひなたよ。
おまえは、あの『ヒナタ』なのか、なぁ?
ああああああああああああああああああ、気になるゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「お邪魔しま~す♪」
声をルンルンに弾ませるな、金鐘崎美沙子ォ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
風見家は、何というか、普通だった。
パパがこれだけ『できる男』感溢れさせてるのを考えると、むしろ見すぼらしい。
家は大きいのだが、家具が少ないというか……。
さらに、その家具も立派なものではなく、とりあえずの『間に合わせ』っぽい。
「このような家で、お恥ずかしいのですが……」
リビングにて、テーブルを挟んで向かい側に座るひなたパパが頬を掻く。
謙遜、というよりは本気で恥ずかしがってる感があるぞ。
「お母さんがね、おうちのもの、みんな持ってっちゃったの……」
「ひなた、やめなさい」
ションボリして言うひなたを、パパさんがたしなめる。
そのあとで、まずはパパさんが俺とお袋に頭を下げてお礼を言ってきた。
「このたびは、娘を助けていただいてありがとうございました」
そして顔をあげて視線をしばし泳がせてから、家のことに触れてくる。
「実は、娘の言う通り、家具は別れた家内が勝手に売り飛ばしてしまいまして……」
「まぁ……、ひどい」
お袋が口に手を当てて驚きを示す。
絶対、思ってないよな? 絶対、そんなことに驚いてもいないよな?
それから、パパさんが語った内容は、まぁ~、ひでぇモンだった。
何でも、風見祥子は元々どこぞのイイトコのお嬢さんだったらしい。
一人娘で、親が高齢のときに生まれた子なものだから、大層甘やかしたんだとか。
そうだよねぇ、わかるわぁ。甘やかしちゃうよねぇ。そういう子って。
おかげで祥子は目が肥え、舌が肥え、センスも肥えて、金のかかる女に一直線。
その浪費癖は凄まじく、パパさんが幾度叱っても立て板に水だったらしい。
それでも、ひなたが生まれれば母親の自覚ができて、態度を改めるかもしれない。
そんな風に期待してたパパさんだが、しかし、それはあえなく裏切られた。
逆に、ひなたが生まれてから祥子は余計に金を使うようになったんだと。
ひなたの服に、ママさん同士の付き合いに、まぁ、あれやこれやと。
さすがに祥子の両親もこれはいけないと、祥子を叱ったりもしたらしいが――、
「……その、祥子がそれで逆切れしてしまいまして」
それを語るパパさんは、本ッ気で恥ずかしそうに、目を逸らしていた。
「祥子は、俺やひなたが自分の思い通りにならないからと、溜め込んだストレスを発散するためにまた散財して、その結果、悪い男に目をつけられたみたいなんです」
わ~、王道オブ王道な転げ方してらぁ、あのオバハン。
「それで、遊ぶ金を作るために、家財道具一式をその男の仲間達を使って運び出してしまって、今現在のような状況になってるんです……」
「まぁ、そうなんですね。それはさぞかし大変でしたでしょうね、風見さん……」
お袋が目に涙を浮かべ、うんうんと深くうなずき共感する。――フリをしている。
そろそろ一周回って、実は大した女なのでは、と思い始めてる俺である。
しかしまぁ、そういう事情があるなら、離婚だってするわなぁ。
だが、それがどうして今さらひなたを連れていこう、なんてことになるのか。
「離婚協議は、結局裁判までもつれ込みました。祥子にはひなたや俺への愛情など微塵も残っていませんでした。そんな彼女が離婚を頑なに拒んだ理由は、俺の元義両親、つまり彼女の両親が勘当を言い渡し、遺産の相続人から排除したからです」
「なるほど、それで……」
パパさんの説明に、お袋が一転して顔つきを険しくする。
え、何それ? そーぞくにんのはいじょとか、俺にはよーわからんのですが?
「お袋、どういうこと?」
「わかりやすく言えばね、ひなたちゃんのママはご両親の遺産を受け継げなくなったんだよ。ご両親がお亡くなりになっても、自分のところにお金が入らないの」
あ~~~~、そういう。
祥子はイイトコのお嬢さんだ、っつってたモンね、パパさん。
「と、すると……」
ここで、何かを考え込むお袋。
「ひなたちゃんのママのご両親は、ひなたちゃんを新たに相続人にしたのですか?」
「――――ッ、はい、その通りです。御慧眼、感服しました」
一瞬たじろいだのち、パパさんは素直に認めた。
「どゆこと?」
「ママさんじゃなくひなたちゃんが、祖父母の遺産を相続することになったんだよ」
「それはわかったけど、何でそれであのおばちゃんが離婚を嫌がるの?」
「ひなたちゃんは子供だろ? だから、大人になるまで財産を管理する人間が必要なんだよ。普通に考えたら、それはご両親ってことになるんだよ」
うおお、なるほど、そういうことか。
って、お袋すげぇな、よくそこまで知ってたな。経験者か。経験者だったわ。
ここまでくれば、祥子がひなたを連れていこうとした理由もわかる。
結局、離婚は成立して、ひなたが相続する遺産の管理人にはパパさんがなった。
それが気に食わないのだろう。
無理矢理にでもひなたを自分のもとに連れてきて、遺産を手に入れたいワケだ。
う~ん、実に俗っぽい。
俗っぽいだけに、心から納得できる理由だ。
いつの世も、人が狂う理由は欲望か愛情かのどっちかだ。
「離婚後は祥子もなりふり構わなくなってきて、今日も浮気相手の仲間達をウロつかせ、俺がそっちに行っている間に自分がひなたを――、という感じでして」
「本当になりふり構ってねーな……」
呟く俺の隣で、お袋の目がハートになっている。
さては、悩めるパパさんのアンニュイ顔に見惚れてやがンな、このアマ!
「あ~……」
とりあえず、気を取り直すことにする。
状況はおおよそ理解した。
風見祥子は娘の身柄を狙っている。
しかし、まだ事件にはなっていないので、警察が介入してくれる確率は低い。
おそらく平日はパパさんも仕事があるはずだ。
ひなたは保育園にでも入れてるのだろうが、それで不安は払拭されない。
結局、祥子はひなたの母親であることには変わりはないのだから。
そして、祥子はだんだん手段を選ばなくなってきている。
家財道具を運んだ浮気相手の仲間達とやらもいるので、強引な手も考えられる。
――なるほど、なるほどね。
「あの、ひなたちゃんのパパさん」
状況を整理し、考えをまとめて、俺はパパさんに切り出した。
「ひなたちゃんの護衛に、俺を雇いませんか?」
これが、この世界における傭兵としての俺の初仕事になる。笑うわ。
もちろん、ひなたが連れていかれそうになった理由の説明だ。
そのはずなんですけど、お袋の様子がおかしい。
何かこう、妙にソワソワしている。
「ア、アキラ、あたし、変なところはないかい? おかしいところとかは?」
全部って答えたらどんなツラするやら。
「お袋さ、脈絡もなく挙動不審になるのやめてくんない?」
「きょ、そ、そんな、そそ、そんなこと、な、なななな、ない、ないわよぉ?」
DJに回されるレコードか、おまえは……。
「それにしても、ひなたちゃんのお父さん」
「何よ?」
「いい男ねぇ……」
言って、お袋はポッ、と頬を染める。
「…………」
「な、何だい、アキラ。その『苦虫の中の苦虫を噛み潰したような顔』は」
「自分の発言を振り返ってからツッコめや……」
え~、嘘ォ、マジで言ってるのかこの母親。
豚との離婚届はこの前出してきたから、今のお袋は独身ではあるよ。あるけどさ?
風見さんちも離婚してるっぽいから、問題ないっちゃないんだろうけどさ?
ああ、ちなみに豚の筆跡は俺が完全にトレースしました。
傭兵なんぞやってると、その辺の小技も必要になってくる場面が多々ありまして。
「はぁ、風見さん……」
「出会って数分で恋する乙女モードに入るのはやめろ、さすがに」
クソッ、軽くてもいいから無性に煙草吸いたくなってきたんだが!
何だこの母親、ここまで惚れっぽい性格だったのか!? 初めて知ったぞ!
確かに、ひなたパパがイケメンなのは認める。
何というか、個人的にはあの佐村勲よりもさらに『できる男』感が強い。
やや茶色が混じる髪をナチュラルな感じに揃えていて、顔もしっかり整っている。
背も高く、だが体格は大きすぎず、けれども頼りにできそうな雰囲気の持ち主。
彼は、顔だけがイケメンなのではない。
態度や所作から、細やかな振る舞いまで洗練されきった、いわば全身がイケメン。
この人なら、どんな服でも着こなしちゃうんだろうな、とわかる。
それと、物腰からして喧嘩も絶対強いな、これ。何か武道でもかじってそうだ。
そして娘のひなたも、これまた可愛い容姿をしている。
儚げで、すぐに泣き出しそうな弱々しさがあるが、それが庇護欲をそそる。
あの力也の妹の由美にも通じる部分だが、一見して美人になるとわかる顔つき。
着るものを変えて、少し整えれば、それだけでテレビに出れそうだ。
まさにこの親にしてこの子あり、な父娘に見えた。
母親の祥子についてはノーコメントで。
見た目はいいんだろうけど、化粧が濃くてケバケバしいんだモン、あのオバハン。
まぁ、うん、って感じでひなたパパがイケメンなのはわかる。
だけど、だからってこの短時間で恋愛頭脳戦開始前白旗不戦敗してんじゃねーよ!
おまえ、自分がバツ2である事実を重く受け止めろ、金鐘崎美沙子ォ!
「勘弁してくれよ……」
こっちはこっちで、別件が非常に気がかりだってのによぉ。
別件とは、風見ひなたのことだ。
パパを手を繋いでいるあの幼女が、実は異世界での俺の娘なのではないか。
そんな疑念が、俺の中で急激に高まってきている。
だってさぁ、この街、『出戻り』が多すぎンだよ……。
俺に、ミフユに、未来に、と、仁堂小学校だけで三人だぜ、三人。
だったら他の場所にいたって何もおかしくない。
と、そんなことを考えてたところに、同名の幼女登場と来たモンだ。疑うよねぇ?
――ヒナタ。ヒナタ・バーンズ。
俺とミフユの間に生まれた十五人の子供の中で、最後に生まれた末っ子。
可愛かったなぁ、ヒナタ。
生まれたのが俺もババアもお互い三十代後半のときだったから、特に可愛がった。
とはいえ、じゃあその『ヒナタ』があの『ひなた』なのか、は、わからない。
世界が違うせいか、顔の造形が全然違うからだ。
俺だってミフユだって、異世界とこっちとじゃ顔は違ってた。
多分、未来も同じように二つの世界でそれぞれ容姿が異なっていたんだと思う。
つまり、外見から判断することは不可能。
じゃあ一回殺して生き返して確認するのか、っていうと、これも不可。
だってひなたは現時点で俺の敵じゃないからね。俺もそこまでの猟奇性はないよ。
「どうぞ、おあがりください」
膨らむ疑念に悶々としているうちに、風見家に到着。
パパがドアを開けて、俺達を招き入れる。ひなたも「どーぞ!」と言った。
なぁ、ひなた、ひなたよ。
おまえは、あの『ヒナタ』なのか、なぁ?
ああああああああああああああああああ、気になるゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「お邪魔しま~す♪」
声をルンルンに弾ませるな、金鐘崎美沙子ォ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
風見家は、何というか、普通だった。
パパがこれだけ『できる男』感溢れさせてるのを考えると、むしろ見すぼらしい。
家は大きいのだが、家具が少ないというか……。
さらに、その家具も立派なものではなく、とりあえずの『間に合わせ』っぽい。
「このような家で、お恥ずかしいのですが……」
リビングにて、テーブルを挟んで向かい側に座るひなたパパが頬を掻く。
謙遜、というよりは本気で恥ずかしがってる感があるぞ。
「お母さんがね、おうちのもの、みんな持ってっちゃったの……」
「ひなた、やめなさい」
ションボリして言うひなたを、パパさんがたしなめる。
そのあとで、まずはパパさんが俺とお袋に頭を下げてお礼を言ってきた。
「このたびは、娘を助けていただいてありがとうございました」
そして顔をあげて視線をしばし泳がせてから、家のことに触れてくる。
「実は、娘の言う通り、家具は別れた家内が勝手に売り飛ばしてしまいまして……」
「まぁ……、ひどい」
お袋が口に手を当てて驚きを示す。
絶対、思ってないよな? 絶対、そんなことに驚いてもいないよな?
それから、パパさんが語った内容は、まぁ~、ひでぇモンだった。
何でも、風見祥子は元々どこぞのイイトコのお嬢さんだったらしい。
一人娘で、親が高齢のときに生まれた子なものだから、大層甘やかしたんだとか。
そうだよねぇ、わかるわぁ。甘やかしちゃうよねぇ。そういう子って。
おかげで祥子は目が肥え、舌が肥え、センスも肥えて、金のかかる女に一直線。
その浪費癖は凄まじく、パパさんが幾度叱っても立て板に水だったらしい。
それでも、ひなたが生まれれば母親の自覚ができて、態度を改めるかもしれない。
そんな風に期待してたパパさんだが、しかし、それはあえなく裏切られた。
逆に、ひなたが生まれてから祥子は余計に金を使うようになったんだと。
ひなたの服に、ママさん同士の付き合いに、まぁ、あれやこれやと。
さすがに祥子の両親もこれはいけないと、祥子を叱ったりもしたらしいが――、
「……その、祥子がそれで逆切れしてしまいまして」
それを語るパパさんは、本ッ気で恥ずかしそうに、目を逸らしていた。
「祥子は、俺やひなたが自分の思い通りにならないからと、溜め込んだストレスを発散するためにまた散財して、その結果、悪い男に目をつけられたみたいなんです」
わ~、王道オブ王道な転げ方してらぁ、あのオバハン。
「それで、遊ぶ金を作るために、家財道具一式をその男の仲間達を使って運び出してしまって、今現在のような状況になってるんです……」
「まぁ、そうなんですね。それはさぞかし大変でしたでしょうね、風見さん……」
お袋が目に涙を浮かべ、うんうんと深くうなずき共感する。――フリをしている。
そろそろ一周回って、実は大した女なのでは、と思い始めてる俺である。
しかしまぁ、そういう事情があるなら、離婚だってするわなぁ。
だが、それがどうして今さらひなたを連れていこう、なんてことになるのか。
「離婚協議は、結局裁判までもつれ込みました。祥子にはひなたや俺への愛情など微塵も残っていませんでした。そんな彼女が離婚を頑なに拒んだ理由は、俺の元義両親、つまり彼女の両親が勘当を言い渡し、遺産の相続人から排除したからです」
「なるほど、それで……」
パパさんの説明に、お袋が一転して顔つきを険しくする。
え、何それ? そーぞくにんのはいじょとか、俺にはよーわからんのですが?
「お袋、どういうこと?」
「わかりやすく言えばね、ひなたちゃんのママはご両親の遺産を受け継げなくなったんだよ。ご両親がお亡くなりになっても、自分のところにお金が入らないの」
あ~~~~、そういう。
祥子はイイトコのお嬢さんだ、っつってたモンね、パパさん。
「と、すると……」
ここで、何かを考え込むお袋。
「ひなたちゃんのママのご両親は、ひなたちゃんを新たに相続人にしたのですか?」
「――――ッ、はい、その通りです。御慧眼、感服しました」
一瞬たじろいだのち、パパさんは素直に認めた。
「どゆこと?」
「ママさんじゃなくひなたちゃんが、祖父母の遺産を相続することになったんだよ」
「それはわかったけど、何でそれであのおばちゃんが離婚を嫌がるの?」
「ひなたちゃんは子供だろ? だから、大人になるまで財産を管理する人間が必要なんだよ。普通に考えたら、それはご両親ってことになるんだよ」
うおお、なるほど、そういうことか。
って、お袋すげぇな、よくそこまで知ってたな。経験者か。経験者だったわ。
ここまでくれば、祥子がひなたを連れていこうとした理由もわかる。
結局、離婚は成立して、ひなたが相続する遺産の管理人にはパパさんがなった。
それが気に食わないのだろう。
無理矢理にでもひなたを自分のもとに連れてきて、遺産を手に入れたいワケだ。
う~ん、実に俗っぽい。
俗っぽいだけに、心から納得できる理由だ。
いつの世も、人が狂う理由は欲望か愛情かのどっちかだ。
「離婚後は祥子もなりふり構わなくなってきて、今日も浮気相手の仲間達をウロつかせ、俺がそっちに行っている間に自分がひなたを――、という感じでして」
「本当になりふり構ってねーな……」
呟く俺の隣で、お袋の目がハートになっている。
さては、悩めるパパさんのアンニュイ顔に見惚れてやがンな、このアマ!
「あ~……」
とりあえず、気を取り直すことにする。
状況はおおよそ理解した。
風見祥子は娘の身柄を狙っている。
しかし、まだ事件にはなっていないので、警察が介入してくれる確率は低い。
おそらく平日はパパさんも仕事があるはずだ。
ひなたは保育園にでも入れてるのだろうが、それで不安は払拭されない。
結局、祥子はひなたの母親であることには変わりはないのだから。
そして、祥子はだんだん手段を選ばなくなってきている。
家財道具を運んだ浮気相手の仲間達とやらもいるので、強引な手も考えられる。
――なるほど、なるほどね。
「あの、ひなたちゃんのパパさん」
状況を整理し、考えをまとめて、俺はパパさんに切り出した。
「ひなたちゃんの護衛に、俺を雇いませんか?」
これが、この世界における傭兵としての俺の初仕事になる。笑うわ。
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