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第二章 渡る世間は跳梁跋扈

第16話 とある休日の金鐘崎家

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 部屋、めっちゃ綺麗!

「……よくもまぁ、あの汚部屋をここまで見事に」

 俺が住んでる2DK、つい数日前までヌチャヌチャしてました。
 床はどこもゴミが散乱してたし、腐った匂いがそこかしこから漂ってたしね。

 原因は、もちろん今は亡きあの豚。
 俺に椅子で二回ほどブチ殺されて最後は蝿にたかられてうんこと化したあいつ。

 それがいなくなって、お袋は部屋を掃除した。
 汚濁にまみれた居間も、腐臭に染まった洋間も、壁が糸を引いてたトイレも。

 全て、全てピッカピカでツッルツル!
 しかも壁や床にしみついてたはずの悪臭も全部消えてて、むしろ何かふろ~らる。

「お袋、頑張ったなぁ」
「そ、そんなことないわよ、そんなこと……」

 ちょっと嬉しそうに照れてんじゃないよ。
 いやぁ、でもこうまで部屋が隅々まで綺麗になると、気分もよくなってくるな。
 特に意味もないのに、何か清々しさすら感じてるモン。

 本日は日曜日、俺とお袋は居間でテレビを見ている。
 家にはパソコンもなく、俺も携帯電話一つ持っていない身だが、テレビはある。
 そして、俺が見つめる画面には見慣れた『佐村』の文字。

『佐村会長夫妻、謎の事故死! 深夜の山道で何があったのか!? 凄惨な事故の裏に一人娘を脅かす何者かの影? 国内有数のグループ企業の今後はどうなる!?』

 …………笑うわ。

 いやぁ、すごいなぁ。
 こうまで『的、外れてますよ?』と言ってあげたい見出しもそうそうないな。

 っていうかさー、事故死に『謎の』とか何なの。
 事故死は事故死だろうがよ。実際は殺人だし、親殺しだし、偽装工作だけどさ。
 ヤベェ、解けない謎に満ち満ちてた。笑うわ。

「この、佐村グループの会長の一人娘って、あんたのクラスメイトだよね?」
「そうだな」

 ついでに言うとクラスで俺をいじめてた主犯の一人でした。
 あと、俺と同じ『出戻り』の転生者の一人で、あっちでの俺のカミさんです。

「今、色々と大変なんだろうね。元気にしてるといいんだけど」

 心配顔でそんなことを言うお袋。この人、気は弱いが根は優しいタイプなんだよ。
 だけどミフユは、今は元気も元気、超絶ハッピーだと思いますよ。
 昨日『俺の童貞売買契約』の契約書にサインして、契約が成立したからね。

『佐村会長の死を受けて、今後グループ上層部では後任の会長の選出を急ぐと共に、遺された会長のお嬢さんの後見人を大至急決定するとのことです。お嬢さんが受け継ぐことになる佐村会長の遺産は、総額数兆円に上るとも言われており――』
「へぇ~、数兆円……」

 テレビに向かって、お袋が口を開けてアホ面を晒している。
 兆なんて単位は庶民にとっちゃ想像もできない金額なのは確かだよな。

 何なら、百億とか千億とかの方が多く感じられるような気もする。
 さすがに俺も、兆単位の金は扱ったことがないわ。
 金額を考えると、佐村勲の遺産なんてもはや金の形をした火種みたいなモンだ。

 ――ミフユのババアは、どうするかはとっくに決めてるらしいが。

 あいつはなー、俺と違って大金とかの扱いは手馴れてるんだよなー。
 アレとの生活でも、家計のたぐいは全部任せてたし。
 小遣いの賃上げ交渉では、結局ミフユに一度たりとも勝てたことがなかったなー。

 あれ、思い返してみると何か今さら悔しいぞ?
 ちきしょー、『俺の童貞売買契約』の料金をもう少し吹っ掛けりゃよかった!

 佐村家の事件が巷を賑わせている中、仁堂小学校では行方不明者が出ていた。
 もちろん、未来と真嶋のことだが、こちらはほとんど取沙汰されていない。
 話題性の差ってやつですかね。これもまた、笑うわ。

「そろそろ、お昼の時間だね」

 ニュース番組が終わって、お袋が壁掛け時計を見る。
 やけに年季の入った時計の針は、ちょうど午後0時を示そうとしている。

「昼メシどうするよ、お袋」

 俺はお袋に尋ねる。
 実は、見た目ただのくたびれた主婦でしかないお袋は、かなりのメシウマである。

 お袋は、人間的な評価においては九割九分失格、落第、論外なクソ外道だ。
 何せ自分が助かるために豚に俺を差し出すようなヤツだし。

 だが、そんな俺でも『ここだけは褒めるしかない』点がお袋の家事の腕前だ。
 特に料理に関しては、むしろこちらが平伏するしかないレベル。

 本日も昼時ということで、俺は楽しみにしていた。
 しかし、その期待も、次の瞬間には裏切られることとなる。

「あ、今日は外で食べておくれ」
「何で!?」
「冷蔵庫も、掃除しちゃったからねぇ……」

 あ~、そういうことか。
 中身、だいぶカオスなことになってたからな、ウチの冷蔵庫。
 全部まとめて捨てちゃったのね……。

「買い物はあとで行くから、お金は渡すから外で食べてきてくれないかい?」
「バカ言うなよ、お袋。俺は七歳だぞ、オイ。外食なら保護者もついてこいよ……」

 呆れながら言うと、お袋は些か困った顔をする。

「外、かい……」
「何だよ、外出るのに抵抗があるのかよ?」
「まぁ、ねぇ」

 短く零し、お袋は自分の頬を指先で撫でた。
 ああ、そういうことね。と、俺はその仕草から即座に理解する。

 この二年で急激に老けたモンな、お袋。
 豚がいなくなって、今になってその辺が気になりだしたってところか。

「ったく、仕方ねぇなぁ」

 俺は収納空間アイテムボックスから一つのアイテムを取り出すと、それを投げる。

「お袋、こいつを食いな」
「……何だい、これ?」

 投げ渡したのは、小ぶりな果実だった。色は金色。

「いいから食え。一口だけでいいぞ」
「そんなに言うなら、わかったよ」

 戸惑いつつも、お袋は特に俺に確かめもせず果実を口にする。
 こういうところ、本当に押しに弱い。流されるしかない人間の典型例だ、この人。
 まあ、だから勧めたんだけどね、俺もさ。

 お袋が、リンゴにも似た形の果実を一口。
 すると効果は直ちに現れた。

「え、これは……」

 何ということでしょう!
 さっきまでくたびれ果てたオバチャンだったお袋が、あっという間に若奥様に!

 白髪は全て抜け落ちて、長い髪には黒々とした艶が。
 カサカサだった肌にも潤いが戻り、指で触れれば吸いつかんばかり。

 色の薄かった肌も血色がよくなって、実に健康的な色合いに。
 見てください、今のお袋を。
 どこから眺めても活力に満ち溢れ、とても三十路には見えません。素晴らしい!

 俺がお袋に渡したのは、アムリタと呼ばれる果実。
 異世界では別名『生命の実』とも呼ばれ、強い体力回復効果がある。

「それで外も出歩けるだろ、お袋」
「あ、うん。そうだねぇ……」

 俺が言っても、お袋は唖然となったまま戻れずにいるようだった。
 ま、いいや。しばらく感動に浸らせてやろう。
 そして十数分後、やっと外にいく準備を終えたお袋と共に、俺は外に出た。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 昼飯を食った後、買い物をメチャクチャした。
 食料買って、日用品買って、俺の服の替えがないから買って、下着も買って――、

「お金、大丈夫なん?」

 と、ちょっと心配になるくらい、買った。
 荷物は、ひとまず俺の収納空間に入れてある。持ち運べる量じゃねーんだよ。

「一昨日、あの人から養育費が入ったから、大丈夫だよ」
「そういう生々しい話を、子供に直に聞かせんな!?」
「あ、そ、そうだったねぇ……。ごめんよ、アキラ。もうしないからね」

 この人はさぁ、本当にさぁ。
 と、思いつつも、この人が元々こういう性格なのは何となく察していた。

 大人しくて、おっとりしていて、どこか抜けてる。
 それはきっと、見る人間が見ればそれなりに魅力的に映るのだろう。
 例えば、俺の実の親父とか、な。

「夕飯はちゃんと作ってくれよ、お袋?」
「大丈夫だよ、新しいお鍋も買ったしね。あんたの好きな野菜炒めを作るからね」

 やったぁ、野菜炒めだァ! アキラ、野菜炒めだぁ~い好き!

 ……あ? 何だよ、野菜炒め好きじゃ悪ィのかよ?

「きゃあァ――――ッ!」

 と、そのとき住んでるアパート近くでいきなり聞こえてくる悲鳴。
 声からして、俺よりも小さい女の子の声。
 俺とお袋は『何事か』と思って、声のした方へと早足で向かってみる。

「やだ! やぁだ、お母さん、離して! ひな、行きたくないの!」
「いいから一緒に来なさい、聞き分けのない子ね!」

 アパートの裏で、お袋くらいの年齢の女が、小さい女の子の手を引っ張っている。
 女の子の方は、泣きながら必死になって抗っているのがわかる。

「あれは、お向かいさんの風見さんの奥さんと娘のひなたちゃんじゃないかい?」

 風見さんちの奥さん。
 その呼び名を聞いたとき、俺の胸が小さくドクンと高鳴った。

 ――風見祥子かざみ しょうこ

 巡る記憶。思い起こされるあのときの感情。
 娘をどこかに連れていこうとする女を見る俺の顔に、自然と笑みが浮かぶ。

 かつて、まだ俺が『僕』だった頃、助けを求めた俺を軽く見捨てたご近所さん。
 風見祥子は、まさにその中の一人だった。

「ちょっと、行ってくるわ」

 泣き叫ぶひなたなどどうでもよく、俺は真っすぐに祥子の方へと歩き出す。
 思えば、このときの選択が『あの結末』に至る第一歩だった。

 俺は風見家に関わることを決めた。
 そしてこの一件で――、俺とミフユは『あいつ』と再会することになる。
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