35 / 36
35 王妃アンジェリカの罪と罰
しおりを挟む
不覚です。
そういえば、あの場にはマリセアさんもおられたのでした。
「仲睦まじいご様子で、実によきことかと」
じっくり観察された上、そのようなコメントをいただきました。
「…………」
「…………」
リビングにて、並んでソファに座る私達は傍らに控える彼女に何も言えません。
完全に、マリセアさんの一人勝ち状態です。
「私も――」
と、マリセアさんが改まった様子で口を開かれます。
「私も、旦那様のことは案じておりました。本当に、よかったです」
「マリセア……」
「旦那様の初めての笑顔は、私も永遠に記憶に留めておこうかと思います」
そう言って、マリセアさんはニンマリと明るく笑いました。
これは、何かあるたびに思い出話として持ち出してくるタイプの覚え方ですね。
「……幸せに思っていいんだよな、これは」
ラングリフ様が、半眼になりながら私に質問してきます。
「ええ、間違いなく」
もちろん、そう思っていいに決まっています。
誰かと一緒に笑って過ごせる状況が、悪いことであるはずがありません。
「ラングリフ様こそ、気持ちの整理はついたのですか?」
「いや、まだだ」
神妙な面持ちで、ラングリフ様は首を横に振ります。
「母さん――、母上は俺を愛してくれていた。それを知れたのは嬉しい。だが、やはり急には変われないようだ。嬉しいし、喜ばしい。だが、まだ少し恨めしい」
「恨めしい、ですか……」
「どうしてもっと早くに教えてくれなかったのか、とかな。恨む理由なんて、もうどこにもないはずなのに、心のどこかでそれを探している俺がいる」
「そうやって、乱れた心の均衡を取り戻そうとしているのかもしれませんね」
「子供だな、我ながら」
ラングリフ様が、軽い苦笑をしてみせます。
その苦笑一つとっても、彼にとっては生まれて初めてすることのはずです。
でも、とても自然な笑い方で、そこにぎこちなさはありません。
ラングリフ様は「ああ」と声を弾ませました。
「これが、笑う、ということか。何とも気持ちがいいものだ。俺以外の皆が、これをずっと楽しんできたというのだから、妬ましくもなるじゃないか」
「これからは共に笑っていけるのです。それではいけませんか?」
「いけなくはないよ、人の笑顔だっていいものさ。俺にとっての最高の笑顔は、やっぱり君の笑顔だ、リリエッタ。我が心に燦然と咲き誇る、至上の『花』よ」
そんなことを言って、彼はまた笑いました。
いきなりの不意打ちはやめてください。ドキッとしたじゃないですか。
何というか、笑えるようになって口説き文句にも余裕がにじんでいませんか?
言い返そうにも、嬉しさに顔がゆるんで、何も思いつきません。
「それにしても――」
と、ラングリフ様の目線は、傍らの卓上に置かれた日記帳に注がれます。
「母上の日記だが、よくも今まで残っていたものだ」
ラングリフ様が言っているのは、アンジェリカ様のことなのでしょう。
「ラングリフ様は、アンジェリカ様については……」
「そちらは飲み込めるまで時間がかかりそう、あの方が元凶だったなんて」
それを語る彼の顔は、やはり複雑そうです。
「許せないと、思いますか?」
「……許すべきでは、ないのだろうな」
ラングリフ様が目を伏せます。
彼の言葉通り、アンジェリカ様のされたことは許されざる大罪です。
けれど、あの方はそれを誰よりも実感し、悔やみ、苦しみ続けてきた。
ついには誰にも明かさず、誰からも許しを得られずに天へと召されたのです。
晩年のアンジェリカ様が過ごされた日々は、苦痛に満ちていたことでしょう。
王妃という輝かしい立場にありながら、あまりにも孤独な死に様です。
そしてそれは、同時に咎人の死に方でもありました。
私も彼も、自らその死に方を選んだあの方を責める気になれませんでした。
そういえば、あの場にはマリセアさんもおられたのでした。
「仲睦まじいご様子で、実によきことかと」
じっくり観察された上、そのようなコメントをいただきました。
「…………」
「…………」
リビングにて、並んでソファに座る私達は傍らに控える彼女に何も言えません。
完全に、マリセアさんの一人勝ち状態です。
「私も――」
と、マリセアさんが改まった様子で口を開かれます。
「私も、旦那様のことは案じておりました。本当に、よかったです」
「マリセア……」
「旦那様の初めての笑顔は、私も永遠に記憶に留めておこうかと思います」
そう言って、マリセアさんはニンマリと明るく笑いました。
これは、何かあるたびに思い出話として持ち出してくるタイプの覚え方ですね。
「……幸せに思っていいんだよな、これは」
ラングリフ様が、半眼になりながら私に質問してきます。
「ええ、間違いなく」
もちろん、そう思っていいに決まっています。
誰かと一緒に笑って過ごせる状況が、悪いことであるはずがありません。
「ラングリフ様こそ、気持ちの整理はついたのですか?」
「いや、まだだ」
神妙な面持ちで、ラングリフ様は首を横に振ります。
「母さん――、母上は俺を愛してくれていた。それを知れたのは嬉しい。だが、やはり急には変われないようだ。嬉しいし、喜ばしい。だが、まだ少し恨めしい」
「恨めしい、ですか……」
「どうしてもっと早くに教えてくれなかったのか、とかな。恨む理由なんて、もうどこにもないはずなのに、心のどこかでそれを探している俺がいる」
「そうやって、乱れた心の均衡を取り戻そうとしているのかもしれませんね」
「子供だな、我ながら」
ラングリフ様が、軽い苦笑をしてみせます。
その苦笑一つとっても、彼にとっては生まれて初めてすることのはずです。
でも、とても自然な笑い方で、そこにぎこちなさはありません。
ラングリフ様は「ああ」と声を弾ませました。
「これが、笑う、ということか。何とも気持ちがいいものだ。俺以外の皆が、これをずっと楽しんできたというのだから、妬ましくもなるじゃないか」
「これからは共に笑っていけるのです。それではいけませんか?」
「いけなくはないよ、人の笑顔だっていいものさ。俺にとっての最高の笑顔は、やっぱり君の笑顔だ、リリエッタ。我が心に燦然と咲き誇る、至上の『花』よ」
そんなことを言って、彼はまた笑いました。
いきなりの不意打ちはやめてください。ドキッとしたじゃないですか。
何というか、笑えるようになって口説き文句にも余裕がにじんでいませんか?
言い返そうにも、嬉しさに顔がゆるんで、何も思いつきません。
「それにしても――」
と、ラングリフ様の目線は、傍らの卓上に置かれた日記帳に注がれます。
「母上の日記だが、よくも今まで残っていたものだ」
ラングリフ様が言っているのは、アンジェリカ様のことなのでしょう。
「ラングリフ様は、アンジェリカ様については……」
「そちらは飲み込めるまで時間がかかりそう、あの方が元凶だったなんて」
それを語る彼の顔は、やはり複雑そうです。
「許せないと、思いますか?」
「……許すべきでは、ないのだろうな」
ラングリフ様が目を伏せます。
彼の言葉通り、アンジェリカ様のされたことは許されざる大罪です。
けれど、あの方はそれを誰よりも実感し、悔やみ、苦しみ続けてきた。
ついには誰にも明かさず、誰からも許しを得られずに天へと召されたのです。
晩年のアンジェリカ様が過ごされた日々は、苦痛に満ちていたことでしょう。
王妃という輝かしい立場にありながら、あまりにも孤独な死に様です。
そしてそれは、同時に咎人の死に方でもありました。
私も彼も、自らその死に方を選んだあの方を責める気になれませんでした。
1
お気に入りに追加
1,471
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる