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34 夢は叶って
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「……母さん」
ラングリフ様の瞳が、その一文に釘付けになります。
呼吸を止めて、我慢も忘れて、食い入るようにして見つめ続けるのです。
今です。
「ラングリフ様!」
私はいきなり声を張り上げ、彼を呼びます。
「な――」
仰天したラングリフ様が、反射的にこちらを見ました。
頬をいっぱいに膨らませて、限界まで寄り目にしている私の顔をです。
「…………ぶふっ!」
そして彼は噴き出して、そのまま激しく咳き込みました。
「ぐっ! げほッ! くは、けふッ! な、リリエッタ、何を――」
嗚呼、嗚呼ッ!
「ラングリフ様!」
私は、これ以上ない歓喜と共に、ラングリフ様の胸に飛び込んでいました。
「リリエッタ……?」
「笑われました、今、笑われたのです! ラングリフ様が、笑われたのです!」
「ぉ、俺が……、笑っ、た?」
「そうです! 今、ラングリフ様は笑いました! 私の顔を見て、確かに!」
私は年甲斐もなくはしゃいで、ラングリフ様を見上げて叫びます。
すると、唖然となっていた彼は、その口元を綻ばせて、優しく微笑まれました。
「君を見て笑うなんて、そいつは何とも失礼な男だな。デリカシーがなさすぎる」
「ぁ、ああ、ラングリフ様……」
その微笑みを、私は涙なくして見られません。
これまで勇ましいばかりだったこの人が浮かべる笑顔は、とても大らかで……、
「私が見たかったものは、あなたのその笑顔なのです」
やっと、夢が叶いました。
ずっとずっと見たかったものを、ようやく目にすることができました。
「ああ、リリエッタ……」
ラングリフ様が、笑ったまま私を抱きしめてくれます。
私も彼の背中に腕を回して、彼が感じている喜びを静かに分かち合います。
「お願いがあるんだ、リリエッタ」
「はい、ラングリフ様」
「少しの間でいいから、このままでいてくれ。俺の顔を、見ないでくれ」
私の顔のすぐ横、チラリと見るとラングリフ様の耳が赤くなっています。
その理由は、すぐにわかりました。私は、それを尋ねません。
「ご存分に」
それだけ言って、私は目を閉じます。
何があっても彼の顔を見ないようにして、抱きしめて、抱きしめられます。
私の腕に、ラングリフ様の体の震えが伝わってきました。
呪いから解放されたこの人は、やっと笑えるようになりました。
もう、何も我慢する必要はないのです。
泣きたいなら泣いたっていいんです。私はそれを見ませんから。だから――、
「…………ッ、母さんッ」
声を殺し、肩を小刻みに揺らして、彼は私の腕の中で泣きました。
背を丸めるラングリフ様を抱きしめ続けます。妻として、母の代わりに。
あなたが笑えて、よかった。
ラングリフ様の瞳が、その一文に釘付けになります。
呼吸を止めて、我慢も忘れて、食い入るようにして見つめ続けるのです。
今です。
「ラングリフ様!」
私はいきなり声を張り上げ、彼を呼びます。
「な――」
仰天したラングリフ様が、反射的にこちらを見ました。
頬をいっぱいに膨らませて、限界まで寄り目にしている私の顔をです。
「…………ぶふっ!」
そして彼は噴き出して、そのまま激しく咳き込みました。
「ぐっ! げほッ! くは、けふッ! な、リリエッタ、何を――」
嗚呼、嗚呼ッ!
「ラングリフ様!」
私は、これ以上ない歓喜と共に、ラングリフ様の胸に飛び込んでいました。
「リリエッタ……?」
「笑われました、今、笑われたのです! ラングリフ様が、笑われたのです!」
「ぉ、俺が……、笑っ、た?」
「そうです! 今、ラングリフ様は笑いました! 私の顔を見て、確かに!」
私は年甲斐もなくはしゃいで、ラングリフ様を見上げて叫びます。
すると、唖然となっていた彼は、その口元を綻ばせて、優しく微笑まれました。
「君を見て笑うなんて、そいつは何とも失礼な男だな。デリカシーがなさすぎる」
「ぁ、ああ、ラングリフ様……」
その微笑みを、私は涙なくして見られません。
これまで勇ましいばかりだったこの人が浮かべる笑顔は、とても大らかで……、
「私が見たかったものは、あなたのその笑顔なのです」
やっと、夢が叶いました。
ずっとずっと見たかったものを、ようやく目にすることができました。
「ああ、リリエッタ……」
ラングリフ様が、笑ったまま私を抱きしめてくれます。
私も彼の背中に腕を回して、彼が感じている喜びを静かに分かち合います。
「お願いがあるんだ、リリエッタ」
「はい、ラングリフ様」
「少しの間でいいから、このままでいてくれ。俺の顔を、見ないでくれ」
私の顔のすぐ横、チラリと見るとラングリフ様の耳が赤くなっています。
その理由は、すぐにわかりました。私は、それを尋ねません。
「ご存分に」
それだけ言って、私は目を閉じます。
何があっても彼の顔を見ないようにして、抱きしめて、抱きしめられます。
私の腕に、ラングリフ様の体の震えが伝わってきました。
呪いから解放されたこの人は、やっと笑えるようになりました。
もう、何も我慢する必要はないのです。
泣きたいなら泣いたっていいんです。私はそれを見ませんから。だから――、
「…………ッ、母さんッ」
声を殺し、肩を小刻みに揺らして、彼は私の腕の中で泣きました。
背を丸めるラングリフ様を抱きしめ続けます。妻として、母の代わりに。
あなたが笑えて、よかった。
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