笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

文字の大きさ
上 下
33 / 36

33 隣にいてくれるあなたへ

しおりを挟む
 二人の母親を失って、彼には恨み言を言える相手もいない。何て、辛い……。

「陛下は……」
「知らなかったのだろう。俺が生まれた時期、父上は隣国との関係が悪化していて、開戦を回避するために近隣諸国を走り回っていたからな。アンジェリカ様と母が隠していたなら、それこそ知りようがない」

 ラングリフ様のお話はおそらく正しく、少しだけ異なっている気がしました。
 陛下は、事実を知らずとも半ば推測できていたのではないかと思います。

 礼拝堂であの方が私に言いかけた『推察』は、これについてだったのでしょう。
 陛下がそれを明るみに出さなかった理由は、私にはわかりませんでした。

「まだ、ルリカ様のことをお恨みですか?」
「我ながら度し難いが、な。知識としてそれを知っても、急に自分を変えることはできなさそうだ。感情とは、こんなにも御することが難しいものだったのか……」

 そう答えるラングリフ様の瞳は、何も映さないままです。
 その必要もないのに、彼は必死に自分の感情の手綱をとろうとしています。

「泣いても、よろしいのですよ?」
「それだけはできない」

 ついには声まで震わせて、それでもかぶりを振る、ラングリフ様。

「俺は君の夫だ。君にとって、最も頼れる存在でありたいと願っている男だ。俺から君に頼ることはしても、みっともないところだけは見せたくないんだ」

 本当は泣き叫びたいでしょうに、この人はそうやって私の前で強がるのです。
 そのお姿を、私はどうしようもなくいとおしく感じてしまいます。

 ああ、やっぱり私は、この人が好きです。
 好きで、好きで、狂おしいほどにいとしくて、だからどうしても欲しいのです。

「ラングリフ様」

 日記帳を手に立ち尽くしている彼へと、私は手を伸ばします。
 両手で強張る彼の頬をそっと触れて、間近に彼の瞳を見据えて、告げました。

「私は、あなたの笑顔が欲しいです」
「リリエッタ……?」

 理解できずにいるラングリフ様へと顔を近づけて、私は彼の唇を奪いました。
 熱を持ったラングリフ様の唇は少し固くて、でもとても熱くて……。

 私の内にあるこの人への想いの熱を、唇を介して彼へと注ぎ込みます。
 一秒が過ぎ、五秒、十秒、私達は互いに動かず、唇を触れ合わせていました。

「…………ッ、は」

 かすかな息苦しさに唇を離すと、そこに見えたのは目を丸くしている彼。
 その表情がおかしくて、私は微笑んでしまいました。

「フフ……」

 あ、これ思ったより照れ臭いです。自然と笑ってごまかしに入っています、私!

「リ、リリエッタ……。いきなり、何を……」
「申し訳ありません、ラングリフ様」

 指先で自分の唇に触れて、私はラングリフ様に理由を話します。

「これが、私がルリカ様から預かった言伝なのです」
「母からだって……」
「はい。こちらをご覧ください」

 私が目で示したのは、ルリカ様の日記です。
 その最後のページに書かれていたのです。ルリカ様から、私への言伝が。

『ラングリフの隣にいてくれるあなたへ』

 言伝は、そこから始まりました。

『もしも、あなたがあの子を愛してくれているのなら、もしも、あの子が生きられる環境にあるなら、どうかあの子の呪いを解いてあげてください。呪いをかけた私がこんなことを頼むなんておこがましいことです。でも、お願いします』

 我が子に向けたルリカ様の切なる願いを、私はこの文章に感じてなりません。
 そして、次の部分に呪いを解く方法が書いてあったのです。

『私は、この日記の中に解呪の鍵となる術式を織り込んでおきました。日記を読むことで術式はあなたの体に宿るでしょう。あとは、あなたの想いを言葉ではなく行動で示してあげてください。それが術式を発動させる条件となります』

 解呪不可能と思われていた呪いを解く方法は、実に容易いことだったのです。
 でもそれは、私以外にはできない方法でもありました。

 ルリカ様が残された、最後の一文。
 それは、ラングリフ様へ向けた、とても短いメッセージでした。

『ラングリフへ。――どうか、幸せに』

 非常に簡潔な、でも願いと愛情と、その全てが込められたメッセージでした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

いつの間にかの王太子妃候補

しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。 遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。 王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。 「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」 話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。 話せるだけで十分幸せだった。 それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。 あれ? わたくしが王太子妃候補? 婚約者は? こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*) アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。 短編です、ハピエンです(強調) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ヒロインは辞退したいと思います。

三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。 「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」 前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

処理中です...