笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

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24 これからも花々に囲まれて

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 お夕飯を終えて、夜。
 使用人も今はいなくて、やっと私とラングリフ様の二人きりの時間です。

 私とラングリフ様は、一階のリビングでくつろいでいます。
 彼は武器の手入れをしていて、私は書斎にあった本を読んでいます。

 リビングは広くて、そこに、私と彼だけ。
 お互いに何を言い合うでもなく、ただ同じ空間にいて、同じ時間を過ごして。

 何て、贅沢なひとときでしょう。
 私は本を読んでいますが、彼が武器を扱う小さな音が聞こえています。

 壁にかかった時計の音もかすかながら届きます。
 そうした音を背景に本を読む。そこにある楽しさを、私は堪能していました。

「なぁ、リリエッタ」

 ふと、ラングリフ様が私を呼びます。

「どうかされましたか、ラングリフ様?」
「思い出したんだよ。俺は、君に礼を言いそびれていた」

 お礼?
 何のことでしょうか……?

 心当たりがない私は、軽く首をかしげます。
 ラングリフ様は穏やかな目で私を眺めて、教えてくださいました。

「あの騒動のとき、君は俺にしてくれたわがままのことさ」
「あ……」

 ――この国の王様になってください。

 あれ、ですか。
 思い出した私は、込み上げてくる後悔に顔を俯かせようとします。

「俺から目を逸らしてほしくないな、リリエッタ」
「むぅ……」

 許されませんでした。あんまりです。

「あのときは、申し訳ございません。私ったら、とんでもないことを……」
「そう畏まらないでくれ。礼と言っただろう」

 ラングリフ様は手入れを終えた武器をしまって、こちらに歩いてきます。

「君があのわがままを言ってくれなければ、俺は見て見ぬふりを決め込んでいたかもしれない。君から切り出してくれたから、俺も勇気を奮って踏み出せたんだよ」
「そんなこと……」

 そんなことが、あり得たでしょうか。
 私が知るラングリフ様でしたら、レントさんを侮辱された時点で行動に出そうな気もします。私がそう思っていることを、彼もわかっているようで、

「俺は、呪われているからな。どうしてもそれが心の枷になってしまうんだ」

 生まれた日に施されたという、生涯、笑うことができない呪い。
 今もラングリフ様を苛むそれが、彼自身を行動することから遠ざけていた、と。

「君がいなければ、俺はきっと踏み出せなかった。ありがとう、リリエッタ」

 ラングリフ様が頭を下げてきます。
 私は、ふと窓から外の景色を眺めました。

「――外に出ませんか、ラングリフ様」
「外に?」
「ええ、今夜は星が瞬いて、とてもきれいな夜です。風に、当たりませんか?」

 顔をあげられたラングリフ様が、私と同じように窓を眺めます。
 そして、そこにあるものに気づいて「そうだな」とうなずかれました。

 私と彼は、部屋を出て、夜の庭園へと向かいます。
 そこにあるのは、冴え冴えとした丸い月と、煌びやかに瞬く数多の星々と――、

「香るな」
「ええ、とても」

 庭園に咲き誇る無数の花々でした。
 ラングリフ様が育てられた花達は春の夜風に揺れて、甘い匂いを漂わせます。

「ラングリフ様、聞いてくださいますか」
「何だろうか?」

「シルティアが子供のまま育ってしまったのは、私のせいでもあるんです」
「何だって……?」

 花の香りに包まれながら、私は過去を思い返します。

「父は、私をサミュエル殿下に相応しい『花』にすべく、多くの時間を費やしました。あの人はずっと前から、シルティアにはあまり関心を持っていませんでした」

 いいえ、それどころか根本の部分では私に対する関心も薄かったのでしょう。
 あの人にとって重要なのは、いかに殿下に取り入るか。それだけでした。

「母は、私を嫌っていました。自分と同じ『貴族の道具』にされていく私を見ていたくなかったのでしょう。その分、シルティアをとことん甘やかしていました」

 父と母に忖度して、使用人達ですらシルティアを放任したのです。
 誰も、妹を導こうとはしませんでした。誰も……。

「私だけが、あの子に教え導ける立場にあったのです。でも、私はそれをしませんでした。そのときの私はお父様の『道具』で――、いえ、言い訳ですね」

 結局は、私もシルティアを放置した。それは同じなのですから。

「あのとき、レントさんを傷つける言動をした妹を見て、私は思ったのです。ここでどうにかしなければ、私はあの子の姉ではいられなくなってしまう。と……」
「それが、あのわがままに繋がったということだな?」
「はい。ですので、ラングリフ様にお礼を言われるようなことではないのです」

 むしろ、私はこの人を利用した形です。
 それは礼を言われるようなことではなく、恥ずべきことでしょう。なのに、

「いいじゃないか、それで」
「え?」

「理由なんて関係ないさ。君は動いた。そして俺を動かした。その結果、事態は収まった。君の内心はどうあれ、あの場にいた人間にとってはそれが全てだよ」
「私の内心はどうあれ、ですか……」

 ええ、まさにその通りですね。その通りです。
 どんな動機でも、それで行動に移せるなら、見ているだけよりはマシですね。

「それと、前にも思ったが、君は自分の生きる理由を奪った妹にも優しいんだな」
「あの子を教育できなかったことへの負い目もありますから」
「負い目か。……やはり君は優しいよ、リリエッタ。不本意だろうがな」

 ラングリフ様が、私へと静かに右手を差し伸べてきます。
 私はその手を取って、ラングリフ様に近づき、彼の大きな懐に抱かれました。

「花の香りがするな」
「ええ、風も心地よくて、とても気持ちがいいですね」

 私はゆっくりと顔をあげます。
 そこには、ラングリフ様のお顔が間近にあって、その向こうに丸い月と星空。

「笑ってくれないか、リリエッタ」
「はい、あなたのために、ラングリフ様」

 そう返し、私は笑みをますます深めて、最愛の夫を見つめます。

「あなたがいてくれるから、私はずっと笑っていられます。上辺だけの笑顔ではなく、心からの笑顔を、あなたに捧げることができるのです。ラングリフ様」

 ただ飾られるだけの『花の令嬢』はもうどこにもいません。
 私は、あなたのためにあなたの隣で咲き誇る、一輪の『花』なのです。

「ずっとずっと、私の隣にいてくださいね、ラングリフ様」
「ああ。俺は君を離さない。……いや、離せないな。君に惚れ抜いているから」

 庭園に風が流れて、春の匂いが辺りを染め上げます。
 乱れ咲く百を越える花々に囲まれながら、私と彼は唇を重ねました。

 ――あなたがくれるいとしさが、私を満たして笑顔にさせる。
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