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22 手向けの造花

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「……もうよい、ラングリフ」

 震える殿下を前にして、陛下はゆっくりとかぶりを振ります。

「そなたの言わんとするところはわかった。だが、少々やりすぎだぞ。サミュエルを諫めるにしても、もう少し穏便なやり方もあったであろうに」
「部下の誇りを汚されました。方法など選んでいられません。それに、立場と女に酔ってバカになっている兄上の目を覚ますなら、これくらいは必要です」
「その頑固さは誰に似たのやら……」

 陛下は一度息をつかれたのち、サミュエル殿下の肩を軽く叩きます。

「サミュエルよ、此度は己の至らなさを知るよい機会であったろう」
「お、親父、俺は……」

「そなたがこれ以上増長した振る舞いを見せるのであれば、余はラングリフが示した道を本気で検討するやもしれぬ。それを厭うのであれば、励めよ。わかったな」
「…………ぅ、ぐ、は、はい」

 殿下は、顔をあげられないまま意気消沈して、小さくうなずかれました。

「ならば、まずはおまえ自身が名誉を損ねた我が国の勇士に正式に謝罪せよ。彼こそは今後この国を支えうる重要な人材であるぞ。最大の敬意をもって接しよ」
「……御意」

 うなだれたまま、サミュエル殿下がレントさんの方へと歩いていきます。
 彼は、自分がけなした騎士に向かって深々を頭を下げて、謝意を表明しました。

「……すまなかった。俺がつけ上がっていた。どうか許してほしい」
「チッ」

 レントさんは不快げな顔をして舌を打ちます。
 殿下がビクリと身を震わせますが、レントさんはすぐに息をつきました。

「わかりましたよ、顔をあげてください、王太子殿下」
「ああ、すまな――」

 最後にもう一度謝って、言われる通りに顔をあげようとする殿下でしたが、

「こいつで、チャラにしてやるよ!」

 その鼻っ柱に、レントさんが右拳を叩きつけました。

「ぐがッ!?」

 驚く私達が見ている前で、殿下は派手に吹き飛んでいき、床に転がります。
 レントさんが、振り抜いた拳を突き出したまま、大声で叫びます。

「今回だけは、殺さないでおいてやるよ。だがな、本来は騎士の体面を土足で踏みつけるようなヤツとは命の取り合いしかねぇんだ。よく覚えとけッ!」
「……肝に、銘じておく。ぐ、はッ」

 消え入るような声でうなずいて、殿下はその場に崩れ落ちました。
 ラングリフ様は退き、陛下は事の成り行きを見守っていた貴族へと告げます。

「見苦しいところを見せた、我が臣下達よ! 今の通り、王太子サミュエルは心身共に著しく未熟である! よって、明日より二年間、第十三騎士団にて鍛え直すこととする! また、王太子妃シルティアも一から王妃教育をし直すものとする!」

 下された沙汰に、貴族達が一斉にどよめきます。
 しかし、陛下のお言葉はそれだけでは終わりませんでした。

「そなたらには見舞金を下賜する! のちほど、王宮に前年度の年収金額を報告せよ! 一律でその半額を支給するものとする! 虚偽報告は決して認めぬぞ!」

 とんでもない大盤振る舞いです。
 それまで静まり返っていた会場内が、これによって一気に過熱しました。

「ご立派な采配でございました、陛下!」
「今宵、この場にて陛下の勇ましきお姿を拝見できて恐悦至極でございます!」

 高らかに声を張り上げる陛下に、貴族の皆様は口々に賞賛を重ねていきます。
 会場内が、陛下への惜しみない拍手と称賛で満たされました。

 陛下は金銭を支払い、皆様はそれを受け取ることで今回の一件を騒ぎ立てない。
 これは、そういう形の取引でもありました。

「ぃ、いやぁ~、さすがでございます! 陛下!」
「ええ、何て素晴らしいご決断でしょう! わたくし、敬服いたしましたわ!」

 そこへ、陛下にすり寄っていくのがお父様とお母様です。
 その面の皮の厚さは大したものですが、陛下が向ける視線に気づいていません。

「近衛兵、この者らを捕らえよ!」
「はっ!」

 壁際に控えていた兵士達が、たちまち二人を取り囲みます。

「な、へ、陛下……!?」
「どういうことでございますか、陛下!」

 お父様もお母様も、心外だと言わんばかりの顔をします。
 しかし、陛下の表情は、極寒の氷土を感じさせるほどに寒々しいものでした。

「先程、リリエッタが語ったところが余がそなたに期待する全てであったぞ、侯爵。だがそなたは、ついぞ余の期待に応えようとはしなかったな。それが罪状だ」
「ぅ、う……!」
「それでは、悪いのは夫だけではありませんか! 何故、私までもが!?」

 お母様が喚きたてますが、陛下はもう一瞥もせずに、ヒラリと手を振りました。
 指示を受け取った近衛兵達が、もがく二人を連れていきます。

「シ、シルティア! リリエッタ! 私達が悪かった! 頼む、助けてくれ!!」
「何をしているの、私はあなた達の親なのですよ、は、早く助けなさい!」

 耳障りな雑音が聞こえてきます。
 私はシルティアをギュッと抱きしめて、せめてもの手向けに笑顔を贈ります。
 かつて、お父様によって育てられたとびっきりの作り笑いを。

「さようなら、お父様。お母様。二度と私達の前に現れないでくださいね」
「リリエッタ……、リリエッタァ――――ッ!」
「イヤよ、こんな男と一緒に捕まるなんて、そんなの、イヤよォ――――ッ!」

 最後の絶叫をその場に残して、二人は連行され、大扉は閉ざされました。
 叫びの余韻が消えるまで、私はそちらを見つめます。すると、

「私も、捕まらなきゃ……」

 ポツリと、シルティアがそんなことを言い出したのです。

「私、悪いことしたから、捕まらなきゃ……」
「そんなこと、させないわ」

「どうして……?」
「あなたまでいなくなったら、私が寂しいわ。シルティア」
「お姉、ちゃん……」

 シルティアは、また私にしがみついて肩を震わせます。

「……ここにいる人達に、ちゃんと謝るね、私」
「ええ、そうね。悪いことをしたら、謝らなきゃいけないわね」
「……うん」

「それが終わったら、私とお話をしましょう。今までできなかった分、いっぱい」
「……うん」

「美味しい紅茶の葉を買ってきたの。今度、お屋敷で一緒に飲みましょう」
「……うん、飲みたい。ごめんね、お姉ちゃん」

 会場が陛下を称える声で満ちる中、私はシルティアを抱きしめ続けていました。
 こうなると、この子も可愛いのですけどね……。

「おっと、リリエッタは独占されてしまっていたか。これは残念だ」
「ラングリフ様!」

 私のところに、ラングリフ様がお戻りになられました。
 彼は、済まなそうに頬を掻いて、私に軽く頭を下げてみせます。

「どうやら、俺は王になれないらしい。君のわがままを叶えられなかったよ」
「そのようですね。とても残念です」
「ああ、残念だな」

 彼は笑わずに言って、私は少し笑いました。
 その後、レントさんの叙爵はつつがなく執り行われました。
 レントさん、最後の最後まで『貴族になりたくない』って嘆いてましたけど。
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