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20 恥を知らない者達

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 ラングリフ様は、否定もせず、肯定もせず、言われました。

「とんでもない無理難題だな」

 と、言葉の上では驚きながらも、声が少しだけ弾むのを私は聞き逃しません。
 私は、胸の中に滾るものを笑顔に変えて、こう続けます。

「無理でしたら、構いません。そう言いましたので」
「おっと、そんな笑顔で試してくるんだな、君というひとは」

「あなたの分まで笑うのが、私の役割ですから」
「わかっているさ。――それでは行こうか、リリエッタ」
「はい、ラングリフ様」

 そうして、私とラングリフ様は共に踏み出し、前へと出ていきます。

「……あら?」

 前に進み出た私達に、まず、シルティアが気づきました。

「見て、サミュエル! お姉様だわ! 貴族達の中に紛れて、隠れてたのよ!」
「ん? ……ああ、あのつまらない女か。それにラングリフも」

 シルティアは、子供みたいに叫んで私を指さし、殿下は私達を嘲ります。

「な~んだ、いたのね、お姉様! どうしてもっと早く出てこなかったの? あ、わかったわ。私達の前に出てくるのが恥ずかしかったのね、そうでしょ!」
「どうやらおまえも同じらしいな、ラングリフ。王子といっても、王になれないおまえと俺とでは立場が違う。そりゃあ恥ずかしくもなるか!」

 そして、二人は揃って私とラングリフ様を笑います。
 レントさんの栄誉を称えるはずの場に、二人の汚い笑い声が響きました。

 それを、お父様もお母様も止めようとしません。
 陛下はきつく目を閉じられて、目の前にある光景を耐え忍んでおられます。

「……嘆かわしい」

 シルティアの前に立った私は、ため息と共に、そう呟きました。

「え、何か言ったかしら、お姉様? なぁに、今になって自分の中身のなさを理解したのかしら? やっぱりお姉様はにぶいし、頭が悪い――」
「歯を食い縛りなさい、シルティア」
「え」

 呆けるシルティアの左頬めがけて、私は右手を振り抜きました。
 パァンッ、と、広い会場に乾いた音が盛大に響きます。

「…………ぁ」

 一声漏らして、シルティアは叩かれた頬に手を当て、その場にへたり込みます。
 その姿に、私は落胆すら覚えました。

 剣を修めていながら、避けることもできない。
 自分が一番えらいという思い上りが、この子をこんなにも弱くしたのですね。

「ぇ、ぉ、お姉ちゃんが、私を、な、殴っ……?」
「貴様……ッ!?」

 一転して呆然自失となった妹を見て、サミュエル殿下が激昂を示します。

「よくも、シルティアをッ! 俺の妻に手を出して、ただで済むと……ッ!」
「ほぉ、どう済まないというんだ?」

 ですが、ラングリフ様が私を庇うようにサミュエル殿下の前に立ちます。
 彼の広い背中が私を守る壁となって、一瞬、抱きしめたい衝動に駆られました。

「何だ、ラングリフ! どういうつもりだ!」
「こういうつもりだが?」

 彼はいつにも増して険しい顔つきで、白手袋を殿下へ差し出します。

「動くな。投げるぞ?」

 白い手袋を投げる。それが意味するところは、明白でした。
 怒りに染まっていたサミュエル殿下のお顔が、驚愕一色に塗り替えられます。

「本気で言ってるのか、貴様は……」
「あんたではあるまいし、こんなことを冗談で言えるか。部下をコケにされた礼も含めて、第一騎士団団長の剣を馳走してやろうと言っているんだ」

「な、何て野蛮なやつだ……!」
「自己紹介か? さすがにそれはナンセンスだろう」

 たじろぐサミュエル殿下を、ラングリフ様が無表情のまま逆に嘲ります。

「何よ、何よ……、何でお姉ちゃんが私を殴るのよォ~!」

 一方で、やっと我に返ったシルティアが、目に涙を浮かべて喚きます。

「お父様、お母様! 助けてよ! お姉ちゃんが私をいじめるのよ!」
「はぁ……」

 迷わず親に助けを求めるシルティアに、私はため息を漏らすしかありません。
 自分のやりたいことだけをやり続けてきた結果が、これです。

 この子は、あまりにも心が未成熟すぎる。
 国を預かるという重責を担うのに、まるで足りていません。

「リリエッタ、おまえというヤツは! どこまで家の恥を晒せば気が済むのだ!」
「そうです、あなたという子は! そんなにシルティアが憎いのですか!」

 結局、妹がこうなってしまった元凶は、そこで騒いでいる二人なのですね。
 私に敵意を向ける二人が、むしろ滑稽に見えてきます。

「冗談ではありませんね、お父様。お母様」

 私は、二人の言いようを鼻で笑い飛ばしました。

「あなた方こそが、家の恥でしょうに。唯一、陛下に代わってこの子を諫められたはずなのに、それを放置して。そんなに殿下に睨まれたくなかったのですか……」

 私は、何度ため息を漏らせばよいのでしょうか。
 情けない。本当に、つくづく情けない。血の繋がりから否定したい気分です。

「私に貴族の在り方を教えてくださったお父様は、あの御目見えの席で自らそれを捨ててしまわれましたね。一年以上前のことですが、私ははっきり覚えています」
「ぐ……ッ」

 多少なりとも負い目があるのか、お父様は低く呻いて私から顔を背けます。

「お母様は私を自分と同じとおっしゃいましたが、不愉快です。周りに甘えて何もしなかったあなたが、私と一緒だなんて。程度の低い冗談ですこと」
「な、な……!?」

 お母様は顔を怒りに赤く染めあげますが、何も言い返せないようでした。
 そして二人とも、この期に及んで一歩も動こうとしないのです。

 やはり、どこまでもご自分の身が可愛いのですね。
 どうやら、この二人だけには、私も一切の情を捨てることができそうです。
 あとは――、

「シルティア」
「ひ……ッ」

 一歩近づくと、シルティアはビクリと身を震わせて怯えた目で私を見上げます。
 彼女の左頬は真っ赤になっていました。
 さほど力を加えたつもりはなかったのですが、勢いがよすぎたのでしょうか。

「な、何でお姉ちゃんが私に怒るのよ! 私、サミュエルのお嫁さんだよ? ぇ、えらいんだから! お姉ちゃんより、ずっとえらいのよ! えらいんだから!」

 尻もちをついたまま虚勢を張るシルティアは、本当に子供そのものです。
 でも、私が少し近づくだけで、その虚勢は脆くも崩れ去るのです。

「ひっ、ご、ごめんなさい、ぉ、お姉ちゃん、やめて、ぶたないで……」

 私を遮るように両手を盾にして、シルティアは泣き顔を背けます。
 馬に乗れて、剣を使えて、魔法を修めて、本当は私なんかよりずっと強い、妹。
 何もできず、ガタガタ震えるだけのこの子を、私はそっと抱きしめました。

「ごめんね、シルティア。痛かったわね。ごめんね?」
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