上 下
17 / 36

17 オリヴィエの称賛

しおりを挟む
 周りから聞こえてくる声に、私は軽く戸惑いを覚えました。

「――何だ、何の騒ぎだ?」
「――見ろ、ラングリフ殿下じゃないか、あれ」

「――『断崖の君』ですわね。それに、隣の女性はリリエッタ様では?」
「――リリエッタ? あの『花の令嬢』の? いや、違うんじゃないか?」

「――そうだな、リリエッタ様はこんなところで人と話す方じゃなかっただろう」
「――あんなに生き生きとした表情をする方でもなかったぞ。別人だろう?」

 ここに参加なされている方々の多くは、以前の私を知っているはずです。
 なのに、私だと気づかれていない?
 前の私と今の私、そんなにも違っているのでしょうか。自分ではわかりません。

「あの、リリエッタ様、ですわよね?」

 注がれる視線に縮こまりかけていたら、今度は女性から声をかけられました。
 恐る恐るそちらを向くと、そこに立っていらしたのは見知った顔でした。

「まぁ、オリヴィエ様!」

 鮮やかな栗色の髪を真っすぐ伸ばした、黒いドレスの御令嬢でした。
 貴族内でも強い発言力を持つ伯爵家の令嬢、オリヴィエ様です。
 以前、数えるほどですが壁の花だった私に話しかけてくださった方でした。

「やっぱり、リリエッタ様だわ!」
「ご無沙汰しております。お会いできるとは思っていませんでした」

 はしゃぐように声をあげる彼女に、私はお辞儀をしました。
 すると、何故かオリヴィエ様はこちらを見つめて、しばし無言になるのです。

「あの、オリヴィエ様……?」
「リリエッタ様ったら、随分とお変わりになられましたのね」

 にっこりと明るく笑って、彼女はそのように言いました。
 自覚のない私は、やっぱり困惑してしまいます。そんなに、変わったかしら?

「以前のリリエッタ様もお綺麗でしたけど、今の方が全然素敵。表情の一つ一つが眩しくて、何より笑顔が別人のように可憐でお綺麗でしてよ」
「べ、別人なんて……」

 そこまで言われると、さすがに面映ゆくなってしまいます。
 気恥ずかしさに目を逸らす私に、オリヴィエ様はグッと顔を近づけてきます。

「ご結婚なされたからかしら、とても素晴らしい恋をしたのでしょうね」
「もぉ、やめてください、オリヴィエ様……!」
「いいえ、やめないわ。周りの声に耳を傾けてごらんなさいな、リリエッタ様」

 周りの声?
 言われた私は、深く考えずに言われた通りにしてみました。そうすると――、

「――やっぱり、リリエッタ様だ、あの御婦人!」
「――そんな、嘘みたい。あんなにも美しい方だったのね」

「――前も美しくはあったが、絵画のような作られた美しさであったな」
「――ああ、それが今はどうだ。どのお顔もまさに輝かんばかりじゃないか」

「――ラングリフ殿下があの方の心を射止められたのか。何と羨ましい」
「――惜しいな。ああも変わるならば、こちらから声をおかけするべきだったか」

 納得の声。
 感嘆の声。
 惜しむ声。

 聞こえてくる声は様々ですが、どれもこれも、私を称賛するものばかりでした。
 オリヴィエ様が「ね?」と、悪戯っぽくウインクをしてきます。

「信じられません……」
「あら、あなたが信じなくてもこれが現実よ、リリエッタ様。素晴らしいものを素晴らしいと評価するのは自然なこと。だから自信を持っていいと思いますの」
「だとしたら、それは全てラングリフ様のおかげです」

 頬が熱くなるのを感じながら、私はチラリとラングリフ様の方を見ます。
 そこには、レイオットさん達とすっかり打ち解けておられる彼の姿があります。

「うむ、おまえ達は俺ほどではないが我が妻リリエッタの素晴らしさを理解したようだな。ならば、俺はおまえ達を同志と呼ぶこともやぶさかではない」
「おお、殿下! 何と懐の深い……!」

 打ち解けて、打ち解けて……、あれ、何か、妙な絆が結ばれているような……?

「放っておいてよろしいんですの?」
「止めても止まられる方ではないですので、諦めました」

 笑うのを堪えているオリヴィエ様へ、私はそう返す以外ありませんでした。
 お屋敷に帰ったら、お説教です。ラングリフ様……!

「ラングリフ殿下って『断崖の君』と呼ばれる割に、随分お茶目さんですのね」
「ええ、あの方は勇ましく、雄々しく、何より可愛らしい人です」
「フフフ、王都広しといえど『断崖の君』をそんな風に言えるのはあなただけよ」

 おかしそうに笑ったオリヴィエ様が、指先で私の頬をつついてきます。

「やめてください、オリヴィエ様!」
「いいじゃない。少しだけ心配していたんですのよ? サミュエル殿下の御婚約以来、あなたはどこの夜会にも顔を出さなくなってしまっていたから」
「それは……」

 言われた私は、恐縮してしまいます。
 こうして、私を案じてくれる方にお会いできたことが、嬉しくも申し訳なくて。

「幸せそうでよかったわ、リリエッタ様」
「はい、オリヴィエ様。今の私は堂々と胸を張って『幸せです』と言えます」
「あらあら、羨ましいわね。妬いてしまいそうだわ」

 私とオリヴィエ様は一緒になって笑いました。そして彼女は、何故か嘆息。

「こうなると、サミュエル殿下はもったいないことをしたのかもしれないわね」
「え?」

 サミュエル殿下が、何ですって?
 オリヴィエ様は私の視線に気づいて「ああ」と何かを納得した様子を見せます。

「そのお顔、社交界を離れていたあなたはやっぱり知らないのね、リリエッタ様」
「何です、オリヴィエ様? サミュエル殿下が、一体――」

 私が言いかけた、そのときでした。

「御一同、静粛に! 王太子殿下、並びに国王陛下のおなりにございます!」

 広い会場に響き渡る文官の声。
 たった今、サミュエル殿下と国王陛下が、御到着されたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

悪役令嬢は、いつでも婚約破棄を受け付けている。

ao_narou
恋愛
 自身の愛する婚約者――ソレイル・ディ・ア・ユースリアと平民の美少女ナナリーの密会を知ってしまった悪役令嬢――エリザベス・ディ・カディアスは、自身の思いに蓋をしてソレイルのため「わたくしはいつでも、あなたからの婚約破棄をお受けいたしますわ」と言葉にする。  その度に困惑を隠せないソレイルはエリザベスの真意に気付くのか……また、ナナリーとの浮気の真相は……。  ちょっとだけ変わった悪役令嬢の恋物語です。

【本編完結】婚約破棄された令嬢は心を決める。~私、今まで頑張りましたから~

ひつじのはね
恋愛
フラウには、婚約者がいた。 見目麗しく人気者の王子様とは、良い関係を築いていると思っていた。 大好きだと思っていた。 だから、フラウは頑張った。淑女たるもの、かくあるべきと言われるがままに、頑張った。 なのに、突如破棄されてしまった大切な婚約。いらなくなってしまった、フラウの努力。 ――フラウは、心を決めた。 ******** 本編は7話で完結、あとは蛇足になるのでよろしければどうぞ! テンプレを踏襲しようと思って、どうしてこうなった。 最初に謝っておきますね! ごめんなさい!!

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

処理中です...