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15 若き英雄レント
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夜、馬車に揺られ一時間ほどで、王宮に到着しました。
久しぶりに着たドレスは、マリセアさんが事前に用意してくださったものです。
「うん、すごく似合ってるぞ、リリエッタ」
「やめてください、もう……」
ドレスの色は薄い黄色で、肩を出すデザインです。
こんなに肌を出す衣装は長らく着ていなかったので、少し恥ずかしいです。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、ラングリフ様」
ラングリフ様の手を取って、私達は会場に向かいました。
会場である宮殿は、煌々と輝く照明によって夜なのに真昼のような明るさです。
中に足を踏み入れれば、そこにあるのは圧倒されそうなほどに華美な空間。
そこで私はようやく思い出すのです。
ここは貴族達の主戦場。人の闇を華やかな光で包み隠しているのでした。
パーティー会場である大ホールには、すでに多くの貴族達が集まっていました。
用意された料理をお皿にとって、思い思いに談笑を交わしています。
そこにいらっしゃる方々は、いずれも派手に着飾って、自らを誇示しています。
辺りに漂うのは、いかにも濃密な香水の匂い。
花の蜜を煮詰めたような甘さが、鼻先を衝いて些か不快でした。
嗅ぎ慣れているはずの匂いなのに、こんな風に感じるのは初めてです。
やっぱり、久しぶりに来たからでしょうか。
一年以上のブランクのせいか、それとも私の感覚が以前と変わっているのか。
おそらくは、両方なのでしょう。
「陛下もいらっしゃられるのですよね?」
「ああ。兄貴と一緒にあとで顔を出すだろう。俺達には関係のない話だがな」
ラングリフ様は第二王子ではありますが、現在は王位継承権を持ちません。
彼は、こういった公の場では一貴族として振る舞うようにしておられるのです。
「――さて、あいつはどこかな?」
そう言って、彼は辺りに視線を巡らせます。
私も一緒になって探すと、すぐにそれらしき人だかりを見つけました。
「ラングリフ様、あちらを」
「む、あれか」
二人で、その人だかりに近づこうとしたときでした。
「あ~ッ!」
そこにできている人の輪の中心から、威勢のいい声が聞こえてきたのです。
ラングリフ様も私も、その声の主のことは知っていました。
「団長ォ~、姐さァ~ん! 助けてくださいよォ~~~~!」
「情けない声を出すな、レント。おまえのためのパーティーだろうが……」
小走りで駆け寄ってきた青年に、ラングリフ様が眉間にしわを寄せます。
彼はレント。ラングリフ様の騎士団に属する騎士で、今回の催しの主役です。
「主役なんてガラじゃないっすよ、俺ェ~。貴族になるなんて無理無理ィ~!」
「おまえの意思は関係ないぞ。今回の叙爵は国の決定だからな」
レントさんの泣き言も、ラングリフ様にバッサリと切り捨てられました。
「そんなぁ~……」
レントさんはひどく残念そうに肩を落としています。
騎士が新たに爵位を授かるのは名誉なことと思うのですが、違うのでしょうか。
「元冒険者の俺が男爵とか、何の冗談っすかぁ~? こちとらテキトーに騎士やって、娼婦のおねーちゃんに適度にモテてりゃ、それでよかったのにぃ~!」
「……何てことを」
彼があけすけな性格であることは知っていますが、ここで言うことかしら?
ラングリフ様も、私と同じように感じられたようで、眉間のしわを深くします。
「そう思うなら、魔物の討伐などに参加しなければよかっただろう」
「はぁ~? そりゃ違うでしょう、団長! それはそれですよ! あのデカブツ仕留めなきゃ、街道は封鎖されっぱなしだ。困る人間がどんだけいるか!」
貴族になりたくないと騒いだ口で、レントさんはそんなことを叫ぶのです。
しかし、実に勇ましい今のセリフはラングリフ様の誘導でした。
「ああ、知っているとも。おまえはそういうヤツだ。だからこそ、この場で主役になってしまったんだよ。諦めろ、おまえはとっくに俺の自慢の種なんだよ」
「くぅ~、その言い方はズルいっすよ、団長……!」
歯噛みしながらも、ラングリフ様に褒められたことがよっぽど嬉しいのか、レントさんの顔には押し殺しきれていない喜びの色がありありとにじんでいます。
そこに、ラングリフ様が近づいて、レントさんに小声で告げます。
「そんなに女が欲しいなら、貴族の娘を漁ればいいだろ。今のおまえの立場なら、それこそより取り見取りだろう。御令嬢方は金をかけている分、美人揃いだぞ」
「……あの、ラングリフ様?」
聞こえていますよ? 私にしっかりと聞こえていますよ?
この方は、自分の部下に何ということをそそのかしているのでしょうか。
「あ~、貴族の女は厳しいっすね。見た目はいいですけど、どいつもお高くとまってやがりますからね。これなら馴染みの娼婦に貢いだ方が精神衛生上、全然マシってモンですわ。それにどいつも香水かけすぎ、鼻曲がりそうですよ……」
「……あの、レントさん?」
団長が団長なら、団員も団員でした。こんな場でお話することですか!
「ああ、すまない。リリエッタ。レントが話しやすくて、つい、な」
「そうそう、ついつい、ってヤツですよ、姐さん。見逃してくださいよぉ~」
ラングリフ様とレントさんが、二人して私の方を見てきます。
どちらも、悪びれた様子一つ見せません。気安い友人同士のようでした。
久しぶりに着たドレスは、マリセアさんが事前に用意してくださったものです。
「うん、すごく似合ってるぞ、リリエッタ」
「やめてください、もう……」
ドレスの色は薄い黄色で、肩を出すデザインです。
こんなに肌を出す衣装は長らく着ていなかったので、少し恥ずかしいです。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、ラングリフ様」
ラングリフ様の手を取って、私達は会場に向かいました。
会場である宮殿は、煌々と輝く照明によって夜なのに真昼のような明るさです。
中に足を踏み入れれば、そこにあるのは圧倒されそうなほどに華美な空間。
そこで私はようやく思い出すのです。
ここは貴族達の主戦場。人の闇を華やかな光で包み隠しているのでした。
パーティー会場である大ホールには、すでに多くの貴族達が集まっていました。
用意された料理をお皿にとって、思い思いに談笑を交わしています。
そこにいらっしゃる方々は、いずれも派手に着飾って、自らを誇示しています。
辺りに漂うのは、いかにも濃密な香水の匂い。
花の蜜を煮詰めたような甘さが、鼻先を衝いて些か不快でした。
嗅ぎ慣れているはずの匂いなのに、こんな風に感じるのは初めてです。
やっぱり、久しぶりに来たからでしょうか。
一年以上のブランクのせいか、それとも私の感覚が以前と変わっているのか。
おそらくは、両方なのでしょう。
「陛下もいらっしゃられるのですよね?」
「ああ。兄貴と一緒にあとで顔を出すだろう。俺達には関係のない話だがな」
ラングリフ様は第二王子ではありますが、現在は王位継承権を持ちません。
彼は、こういった公の場では一貴族として振る舞うようにしておられるのです。
「――さて、あいつはどこかな?」
そう言って、彼は辺りに視線を巡らせます。
私も一緒になって探すと、すぐにそれらしき人だかりを見つけました。
「ラングリフ様、あちらを」
「む、あれか」
二人で、その人だかりに近づこうとしたときでした。
「あ~ッ!」
そこにできている人の輪の中心から、威勢のいい声が聞こえてきたのです。
ラングリフ様も私も、その声の主のことは知っていました。
「団長ォ~、姐さァ~ん! 助けてくださいよォ~~~~!」
「情けない声を出すな、レント。おまえのためのパーティーだろうが……」
小走りで駆け寄ってきた青年に、ラングリフ様が眉間にしわを寄せます。
彼はレント。ラングリフ様の騎士団に属する騎士で、今回の催しの主役です。
「主役なんてガラじゃないっすよ、俺ェ~。貴族になるなんて無理無理ィ~!」
「おまえの意思は関係ないぞ。今回の叙爵は国の決定だからな」
レントさんの泣き言も、ラングリフ様にバッサリと切り捨てられました。
「そんなぁ~……」
レントさんはひどく残念そうに肩を落としています。
騎士が新たに爵位を授かるのは名誉なことと思うのですが、違うのでしょうか。
「元冒険者の俺が男爵とか、何の冗談っすかぁ~? こちとらテキトーに騎士やって、娼婦のおねーちゃんに適度にモテてりゃ、それでよかったのにぃ~!」
「……何てことを」
彼があけすけな性格であることは知っていますが、ここで言うことかしら?
ラングリフ様も、私と同じように感じられたようで、眉間のしわを深くします。
「そう思うなら、魔物の討伐などに参加しなければよかっただろう」
「はぁ~? そりゃ違うでしょう、団長! それはそれですよ! あのデカブツ仕留めなきゃ、街道は封鎖されっぱなしだ。困る人間がどんだけいるか!」
貴族になりたくないと騒いだ口で、レントさんはそんなことを叫ぶのです。
しかし、実に勇ましい今のセリフはラングリフ様の誘導でした。
「ああ、知っているとも。おまえはそういうヤツだ。だからこそ、この場で主役になってしまったんだよ。諦めろ、おまえはとっくに俺の自慢の種なんだよ」
「くぅ~、その言い方はズルいっすよ、団長……!」
歯噛みしながらも、ラングリフ様に褒められたことがよっぽど嬉しいのか、レントさんの顔には押し殺しきれていない喜びの色がありありとにじんでいます。
そこに、ラングリフ様が近づいて、レントさんに小声で告げます。
「そんなに女が欲しいなら、貴族の娘を漁ればいいだろ。今のおまえの立場なら、それこそより取り見取りだろう。御令嬢方は金をかけている分、美人揃いだぞ」
「……あの、ラングリフ様?」
聞こえていますよ? 私にしっかりと聞こえていますよ?
この方は、自分の部下に何ということをそそのかしているのでしょうか。
「あ~、貴族の女は厳しいっすね。見た目はいいですけど、どいつもお高くとまってやがりますからね。これなら馴染みの娼婦に貢いだ方が精神衛生上、全然マシってモンですわ。それにどいつも香水かけすぎ、鼻曲がりそうですよ……」
「……あの、レントさん?」
団長が団長なら、団員も団員でした。こんな場でお話することですか!
「ああ、すまない。リリエッタ。レントが話しやすくて、つい、な」
「そうそう、ついつい、ってヤツですよ、姐さん。見逃してくださいよぉ~」
ラングリフ様とレントさんが、二人して私の方を見てきます。
どちらも、悪びれた様子一つ見せません。気安い友人同士のようでした。
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