上 下
13 / 36

13 二人の結婚生活

しおりを挟む
 殿下との結婚は、思ったよりもはるかに静かなものでした。
 王家の婚姻となれば、国を挙げての一大事です。

 サミュエル殿下とシルティアの結婚は、それはもう大々的に行なわれました。
 会場となったのは、国内一の規模を誇る王都の大聖堂でした。

 結婚式では、近隣の国々から多数の王家や大貴族が招かれたそうです。
 私は参列しなかったので、よくは知りませんが。
 今やシルティアは、誰もが知る未来の王妃にして、貴族社会のヒロインです。

 一方で、私とラングリフ殿下の結婚はひそやかに執り行われました。
 結婚式は開かれたものの、列席してくださったのはごく少数の身内だけでした。

 会場は、王宮内の片隅にある、小さな礼拝堂です。
 王宮が建築されたときからある、最も古い歴史ある礼拝堂なのだとか。

 もちろん、デュッセル家の人間は誰も参加しませんでした。
 シルティアも、両親も、すでに私のことなど忘れているのかもしれません。

 ただ、結婚式に国王陛下が列席されたことには、驚きました。
 我が国の国王陛下は、威徳を兼ね備え、人々から慕われておられる御方です。
 その陛下が、式の際に私にこう言われたのです。

「ラングリフを、どうか頼む」

 それを告げられた陛下の顔には、深い苦悩の跡が見え隠れしていました。
 ラングリフ殿下は、あとで私に教えてくれました。

「父上は俺を嫌ってはいないよ。ただ、俺は呪われているからな。その事実を表に出すことは避けたい。だからどうしても、遠ざけざるを得ないんだよ」

 殿下は、顔つきこそ変わらないものの、その声はやはり寂しげでした。
 そんな彼の隣で、私はそっと寄り添って彼を支えます。

「幸せになりましょう、殿下。そのような呪いにまけないよう、最高に幸せに」
「君と一緒だったらなれるだろうな。俺のような男のところに来てくれた、最高に美しい、君のような花嫁と一緒だったら。――愛しているよ、リリエッタ」
「私もです、ラングリフ様」

 王都で最も歴史がある小さな礼拝堂で、私と彼は唇を重ねました。
 参列者の皆さんが、誓いの口づけを交わす私達に祝福の拍手を贈ってくれます。

 この日、私とラングリフ様は夫婦となりました。
 サミュエル殿下とシルティアの結婚式から二か月ほど遅れてのことでした。

 新しい生活が始まりました。
 でも、それは思っていたよりもずっと穏やかな日々です。

 普段は騎士団を率いるため登城する彼を見送って、時々、一緒にお城に赴いて。
 騎士団の稽古に顔を出したりして、騎士の皆さんとも知り合いになりました。

 お屋敷の皆さんも騎士の方々も、私に大変よくしてくれました。
 ラングリフ様も、私のことを常に気にかけてくださいます。

 休日には一緒にお忍びで出かけたり、時には少しだけ遠出することもあって。
 それから、ラングリフ様は、意外な趣味をお持ちでした。

「見てください、マリセアさん。こちらの蕾は明日には開きそうです」
「あら、本当ですね。咲いたら殿下に報告しなくっちゃ」

 庭園の一角で私と侍女長のマリセアさんは、桃色の蕾を見て言葉を交わします。
 屋敷の庭園には、数多くの花が植えられていました。
 元々はなかったものらしくて、ラングリフ様が種を持ってきたのだとか。

「ラングリフ殿下も武辺者を気取っておられますけれど、あれでなかなか可愛らしいところもおありなんですのよ。って、奥様もそれは御存じですよね」
「ええ、知っています。あの方は本当に可愛い人です」

 無骨で不器用に見えて、いつも私を驚かせようとする茶目っ気のある人です。
 ある日なんかは、私に花束を贈ってくれたのですが――、

「見てくれ、リリエッタ。見事な花束だろう?」
「はい、とても素敵な……、って、何でしょう、やけに甘い匂いがするような?」

 ラングリフ様が私に渡してくださったのは、ピンクの薔薇の花束でした。
 でも、よく見るとそれは薔薇を模した別の何かのようなのです。

「その甘ったるい匂いは、チョコレートの匂いだよ」
「チョコレートの?」

 チョコレートは、南の国で採れるカカオという希少な果実を使ったお菓子です。
 私も幾度か食べたことはありますけど、確かにチョコレートの匂いでした。

「この薔薇は全部、チョコレートでできているんだ。すごいだろう!」
「それは、確かにすごいですね。驚きました」

 チョコレート自体、相当貴重なお菓子なのに、それを花束に似せるなんて。

「君への贈り物にしようと思って、知り合いの錬金術師と菓子職人に前々から依頼していたものがようやく出来てな。受け取ってくれたら嬉しい」
「ラングリフ様、ありがとうございます。本当に、とっても嬉しいです……!」

 そこまで想っていただけたことに、私は感激して花束を受け取りました。
 そして、直後に思ったのです。

「でも、これは保存はどうしましょうかしら?」
「む、保存か? この場で食べてしまえばよいのではないか?」
「あの、ラングリフ様、さすがにこの量は私達二人がかりでも厳しいかと……」

 結構大きな花束です。
 その全てがチョコレートだというなら、二人で食べきることは不可能でしょう。

「でも、チョコレートですので放っておくと溶けてしまいます。どうしましょう」
「…………」

 花束を前にして困る私と、固まるラングリフ様。

「ラングリフ様?」
「すまない。保存方法までは考えていなかった。どうしよう」

 そう言って、ラングリフ様はガックリと肩を落として途方に暮れるのです。
 さっきまでは無表情でも瞳を輝かせていらっしゃったのに、急にこの落差です。

「……フフフフ、ラングリフ様らしいですね」
「ぐ、俺は君の笑顔は好きだが、ここでその笑いは……、でも、いい笑顔だな」

 ラングリフ様はいつだってこうです。
 どんなときでも、私の笑顔を褒めてくださるのです。それが、本当に嬉しい。

 結局、チョコレートの花束は使用人の皆さんも呼んで、みんなで食べました。
 あれは、なかなかに忘れがたい、楽しい思い出でしたね、ラングリフ様。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

残念ながら、契約したので婚約破棄は絶対です~前の関係に戻るべきだと喚いても、戻すことは不可能ですよ~

キョウキョウ
恋愛
 突然、婚約破棄を突き付けられたアンリエッタ。彼女は、公爵家の長男ランドリックとの結婚を間近に控えていた。  結婚日も決まっていた直前になって、婚約者のランドリックが婚約を破棄したいと言い出した。そんな彼は、本気で愛する相手が居ることを明かした。  婚約相手だったアンリエッタではなく、本気で愛している女性レイティアと一緒になりたいと口にする。  お前など愛していなかった、だから婚約を破棄するんだ。傲慢な態度で煽ってくるランドリック。その展開は、アンリエッタの予想通りだと気付かないまま。  婚約を破棄した後、愛する女性と必ず結婚することを誓う。そんな内容の契約書にサインを求めるアンリエッタ。内容をよく確認しないまま、ランドリックはサインをした。  こうして、婚約関係だった2人は簡単に取り消すことの出来ない、精霊の力を用いた特殊な契約を成立させるのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...