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12 あなたのために咲き誇る
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やはり、当たっていました。
私が感じた通り、この方はずっと我慢を重ねていたのですね……。
笑えない人生は、同じだけ泣きたい人生でもあったはずです。
それなのに、殿下はずっと前だけを向かれて、今まで歩み続けてきたのですね。
この人は、とても強い人。
けれど、私なんかよりもずっと過酷で厳しい境遇に身を置き続けてきた人。
この方の心には、どれだけの傷が刻まれているのでしょうか。
それを思うと、次々と涙が溢れてくるのです。私のことでもないのに、次々と。
「リリエッタ、俺を見てくれ」
「……殿下?」
私が見ている前で、いきなり殿下は自分の両頬を手で引っ張ったのです。
真剣な顔つきでそんなことをする彼に、私はポカ~ンとなってしまいました。
「ダメか……。では、これでどうだ?」
頬から手を離した殿下は、次に頬を膨らませて寄り目になりました。
これは、耐えきれませんでした。
「…………ぶふッ!」
「よし、笑ったな。我が策はこれにて完遂された」
顔を逸らして噴き出す私の耳に、殿下の満足げな言葉が届きます。な、何です?
「あの、殿下、それは……?」
「君は俺のために泣いてくれると言ったが、どうせなら笑ってほしくてな」
カシャンと音を立てて立ち上がった殿下は、私に手を差し伸べてくれます。
「俺は人が笑っているところを見るのが好きなんだよ」
「人が笑っているところ、ですか……」
そういえば、部屋に入ったときも全身甲冑姿で驚かせてきましたね、この人。
マリセアさんは呆れ果てていたようですが、もしかして――、
「屋敷の人間にはすっかり飽きられてしまったいるけどな」
あ、やっぱりたびたびやってるんですね、そういうこと。
噂では孤高の人とされる『断崖の君』は、かなりお茶目な殿方のようでした。
「……フフ、おかしな人」
殿下の手を取って立ち上がった私は、小さく笑っていました。
だって、こんなにも威厳ある見た目をした方が、人を笑わせるのが好きなんて。
その落差に、ついつい口元を綻ばせてしまいました。
作っていない自然な笑いを人前で見せたのは、いつ以来でしょうか。
私は笑いたくないと言いました。
でも、自然と出てしまう笑いというものは、やはり快いものですね。
それを、何だか久しぶりに思い出したような気がします。
ああ、けれど、いけません。
殿下が私を見て、立ち尽くしていらっしゃいます。
もしや、呆れられてしまいましたでしょうか。
それとも気分を害されたでしょうか。私ったら、はしたない……。
「も、申し訳ありません。殿下……」
「ああ。いや、いいんだ」
殿下はハッとなってかぶりを振ります。
反応が少しぎこちないような。と、思っていたら、殿下が私を呼びます。
「リリエッタ」
「は、はい」
何やら、随分と改まった様子で、彼は私のことを真っすぐに見つめるのです。
そして殿下は、真顔のまま告げてきました。
「君の笑顔に惚れた」
「え?」
「君が見せた笑顔が、あまりにも素敵だった。胸が、高鳴ったよ」
「え、あの……、え?」
惚れ、た?
そんな、ラングリフ殿下が、私に? 私、なんかに……!?
「君はまさしく『花の令嬢』だ。愛想笑いなんて君には似合わない。今見せてくれた君の自然な笑顔こそ、この世で最も可憐な『花』だ。見惚れてしまったよ」
「そ、そんな……」
私は、しどろもどろになってしまいます。
急に手放しの賞賛を受けて、さすがに嬉しさよりも戸惑いが優ります。
そんな私の前で、殿下は膝をついて右手を差し伸べてきます。
驚く私へ、ラングリフ殿下は至極真面目な顔つきで、
「改めて君に求婚させてもらうよ、リリエッタ・ミラ・デュッセル」
「ラングリフ、殿下……」
「どうか、俺の隣で、俺の分まで笑ってくれ。俺は、君の笑顔が欲しい」
その真摯な告白が、私の心を直撃して、激しく揺さぶります。
半ば以上呆然となりながら、私は問い返します。
「私なんかで、よろしいのですか……?」
「君だからいいんだよ。俺のために泣いてくれた、たった一人の君だから」
ラングリフ殿下は、そう言ってくれました。
私なんかの……、いいえ、卑屈になってはいけませんね。それは彼に失礼です。
「殿下、私は空っぽな女です」
「リリエッタ、そんなことは――」
「いいえ、いいのです。今は空っぽでいいのです」
私は首を横に振り、殿下の手を取ります。
「だって私は、これから殿下と共に自分を満たしていくのですから」
「……リリエッタ。それでは?」
「はい、ラングリフ殿下。あなたからの求婚、謹んでお受けさせていただきます」
うなずく私は、笑っていました。
自分でもそうとわかるくらいはっきりと、そして自然と笑っていました。
いつもの作り笑いとは違う、それは、心からの喜びによる笑みでした。
ラングリフ殿下は、恭しく私の手の甲にキスをして、喜びを表してくれました。
「俺のために咲いてくれ、我がいとしき『花』よ」
「はい、殿下。私はあなたのために咲き誇ります。一輪の気高き『花』として」
こうして、私は一度失った生きる理由を再び手に入れたのです。
それにしても、ラングリフ殿下ってご自分で言うほど口下手ではないですよね。
私が感じた通り、この方はずっと我慢を重ねていたのですね……。
笑えない人生は、同じだけ泣きたい人生でもあったはずです。
それなのに、殿下はずっと前だけを向かれて、今まで歩み続けてきたのですね。
この人は、とても強い人。
けれど、私なんかよりもずっと過酷で厳しい境遇に身を置き続けてきた人。
この方の心には、どれだけの傷が刻まれているのでしょうか。
それを思うと、次々と涙が溢れてくるのです。私のことでもないのに、次々と。
「リリエッタ、俺を見てくれ」
「……殿下?」
私が見ている前で、いきなり殿下は自分の両頬を手で引っ張ったのです。
真剣な顔つきでそんなことをする彼に、私はポカ~ンとなってしまいました。
「ダメか……。では、これでどうだ?」
頬から手を離した殿下は、次に頬を膨らませて寄り目になりました。
これは、耐えきれませんでした。
「…………ぶふッ!」
「よし、笑ったな。我が策はこれにて完遂された」
顔を逸らして噴き出す私の耳に、殿下の満足げな言葉が届きます。な、何です?
「あの、殿下、それは……?」
「君は俺のために泣いてくれると言ったが、どうせなら笑ってほしくてな」
カシャンと音を立てて立ち上がった殿下は、私に手を差し伸べてくれます。
「俺は人が笑っているところを見るのが好きなんだよ」
「人が笑っているところ、ですか……」
そういえば、部屋に入ったときも全身甲冑姿で驚かせてきましたね、この人。
マリセアさんは呆れ果てていたようですが、もしかして――、
「屋敷の人間にはすっかり飽きられてしまったいるけどな」
あ、やっぱりたびたびやってるんですね、そういうこと。
噂では孤高の人とされる『断崖の君』は、かなりお茶目な殿方のようでした。
「……フフ、おかしな人」
殿下の手を取って立ち上がった私は、小さく笑っていました。
だって、こんなにも威厳ある見た目をした方が、人を笑わせるのが好きなんて。
その落差に、ついつい口元を綻ばせてしまいました。
作っていない自然な笑いを人前で見せたのは、いつ以来でしょうか。
私は笑いたくないと言いました。
でも、自然と出てしまう笑いというものは、やはり快いものですね。
それを、何だか久しぶりに思い出したような気がします。
ああ、けれど、いけません。
殿下が私を見て、立ち尽くしていらっしゃいます。
もしや、呆れられてしまいましたでしょうか。
それとも気分を害されたでしょうか。私ったら、はしたない……。
「も、申し訳ありません。殿下……」
「ああ。いや、いいんだ」
殿下はハッとなってかぶりを振ります。
反応が少しぎこちないような。と、思っていたら、殿下が私を呼びます。
「リリエッタ」
「は、はい」
何やら、随分と改まった様子で、彼は私のことを真っすぐに見つめるのです。
そして殿下は、真顔のまま告げてきました。
「君の笑顔に惚れた」
「え?」
「君が見せた笑顔が、あまりにも素敵だった。胸が、高鳴ったよ」
「え、あの……、え?」
惚れ、た?
そんな、ラングリフ殿下が、私に? 私、なんかに……!?
「君はまさしく『花の令嬢』だ。愛想笑いなんて君には似合わない。今見せてくれた君の自然な笑顔こそ、この世で最も可憐な『花』だ。見惚れてしまったよ」
「そ、そんな……」
私は、しどろもどろになってしまいます。
急に手放しの賞賛を受けて、さすがに嬉しさよりも戸惑いが優ります。
そんな私の前で、殿下は膝をついて右手を差し伸べてきます。
驚く私へ、ラングリフ殿下は至極真面目な顔つきで、
「改めて君に求婚させてもらうよ、リリエッタ・ミラ・デュッセル」
「ラングリフ、殿下……」
「どうか、俺の隣で、俺の分まで笑ってくれ。俺は、君の笑顔が欲しい」
その真摯な告白が、私の心を直撃して、激しく揺さぶります。
半ば以上呆然となりながら、私は問い返します。
「私なんかで、よろしいのですか……?」
「君だからいいんだよ。俺のために泣いてくれた、たった一人の君だから」
ラングリフ殿下は、そう言ってくれました。
私なんかの……、いいえ、卑屈になってはいけませんね。それは彼に失礼です。
「殿下、私は空っぽな女です」
「リリエッタ、そんなことは――」
「いいえ、いいのです。今は空っぽでいいのです」
私は首を横に振り、殿下の手を取ります。
「だって私は、これから殿下と共に自分を満たしていくのですから」
「……リリエッタ。それでは?」
「はい、ラングリフ殿下。あなたからの求婚、謹んでお受けさせていただきます」
うなずく私は、笑っていました。
自分でもそうとわかるくらいはっきりと、そして自然と笑っていました。
いつもの作り笑いとは違う、それは、心からの喜びによる笑みでした。
ラングリフ殿下は、恭しく私の手の甲にキスをして、喜びを表してくれました。
「俺のために咲いてくれ、我がいとしき『花』よ」
「はい、殿下。私はあなたのために咲き誇ります。一輪の気高き『花』として」
こうして、私は一度失った生きる理由を再び手に入れたのです。
それにしても、ラングリフ殿下ってご自分で言うほど口下手ではないですよね。
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