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10 笑わなきゃ
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何も言えずに口を開けるだけの私に、殿下は続けます。
「君の境遇については聞いている。兄貴が随分な無礼を働いたようで、本当に申し訳なく思っている。君も、俺みたいなヤツのところに寄越されて迷惑に感じていることだろう。だが、俺が王族だからと遠慮して無理に愛想笑いをする必要は――」
「……違うのです」
かすれ声での呟きは、自分でも気づかないうちに漏れていました。
「ん? 違う、とは?」
「今、殿下がおっしゃられたことは、当たっています」
私は、それを認めました。
笑顔のままで、殿下のお言葉を肯定しました。
「本当は、私は笑いたくなんてありません」
「ああ、そうだろうな。俺のような男のもとに嫁がされるなど、迷惑でしか……」
「違うのです。そうではないのです!」
つい、声を荒げてしまいました。
笑顔のままで、でも、堪えきれずに、抑えきれずに、叫んでいました。
「私は、笑うことしかできないのです!」
「笑うこと、しか……?」
「そうです! 私はそのように育てられました! サミュエル殿下の伴侶として常に華々しくいられるよう、殿下の隣で笑っていられる『花』であれと、父に言いつけられてきました! それを正しいと信じて、私は笑顔を磨き続けました!」
外にまで響くであろう大声で、私はそれをまくし立てていました。
それがどれほどはしたないことか、頭の片隅で理解しながらも止められません。
これまでずっと我慢していたものが、決壊してしまったのです。
私は、溢れるものを抑えようともせず、声にして殿下に向かって迸らせます。
「だけど、私は選ばれませんでした! サミュエル殿下は妹を選んだのです! 父も母もそれを支持して、私は居場所をなくしました! 父の言いつけをずっと信じて従ってきたのに、生まれてきた理由を全うしようとしていたのに……ッ!」
いつしか、私の瞳から涙が溢れていました。
泣いていました。そして、笑ってもいました。こんなときなのに、私は、まだ。
笑わなきゃ。
笑わなきゃ。
心の根に刻まれた強迫観念が、私に笑顔を強いるのです。
「私は、笑いたくなんてありません! ずっと磨いてきたものは、私に何もくれませんでした! なのに、私はどうしても笑うことをやめられない……」
嗚咽を漏らすのです。笑いながら。
崩れ落ちてすすり泣くのです。笑いながら。
これが、私です。
これこそが、リリエッタ・ミラ・デュッセルなのです。
本当に、本当に度し難い。
殿下には、今の私は不気味に映ったことでしょう。笑いながら泣く女など……。
「リリエッタ」
カシャン、という音がすぐ近くに聞こえました。
両手で覆っていた顔をあげると、膝をついて私を見つめる殿下のお顔。
磨きあげた黒曜石のようなその瞳に、いびつに笑う私が映り込んでいます。
殿下は、甲冑に覆われた手を伸ばして、頬をそっと優しく撫でてくれました。
金属の冷たさが、熱くなった私の顔にとても心地よくて――、
「すまなかった」
「ぇ……」
「どうやら、俺は踏み込んではいけない部分に無遠慮に足を踏み入れてしまったようだ。君を泣かせるつもりなんてなかったのだが、本当に至らぬ男ですまない」
「そ、そんな……」
頭を下げてくる殿下に、私は泣くことも忘れて、すぐにかぶりを振りました。
「で、殿下が謝られることなんて、何もありません! 私の方こそ、ラングリフ殿下と婚約させていただきながら、大変な失礼を……! も、申し訳……」
ああ、何ていう恥知らずな真似を……。
この場で手打ちにされても、何も文句が言えません。殿下に対して何と無礼な。
「それは気にしなくていい」
けれど、殿下はそう言ってくださったのです。
「むしろ今ので、俺は君という人間の実像をわずかなりとも掴めた気がするよ」
「ぅ……」
そんなことを言われてしまって、私の心に急激な羞恥が込み上げてきました。
でも、私はそれを表に出すことはありません。笑顔が覆い隠します。
「お人が悪いですよ、殿下」
「ふむ、一瞬笑顔が崩れかけたが、すぐに持ち直したな。本当に鉄壁の笑みだな」
「……殿下?」
人の笑顔に『鉄壁』はないと思うのですけど、殿下?
「なぁ、リリエッタ」
「何でしょうか?」
「君は自らの本意ならずとも、今、自分のことを俺に明かしてくれたな?」
「え、ええ……」
本当に、本意ならずとも、ですけれど。結果的にはそうなってしまいました。
「だから俺も、君と対等であるために、君に俺のことを明かそうと思う」
「殿下のことを、ですか……?」
意味がつかめず首をかしげる私に、殿下は言われました。
「俺は、呪われているんだ」
――――え?
「君の境遇については聞いている。兄貴が随分な無礼を働いたようで、本当に申し訳なく思っている。君も、俺みたいなヤツのところに寄越されて迷惑に感じていることだろう。だが、俺が王族だからと遠慮して無理に愛想笑いをする必要は――」
「……違うのです」
かすれ声での呟きは、自分でも気づかないうちに漏れていました。
「ん? 違う、とは?」
「今、殿下がおっしゃられたことは、当たっています」
私は、それを認めました。
笑顔のままで、殿下のお言葉を肯定しました。
「本当は、私は笑いたくなんてありません」
「ああ、そうだろうな。俺のような男のもとに嫁がされるなど、迷惑でしか……」
「違うのです。そうではないのです!」
つい、声を荒げてしまいました。
笑顔のままで、でも、堪えきれずに、抑えきれずに、叫んでいました。
「私は、笑うことしかできないのです!」
「笑うこと、しか……?」
「そうです! 私はそのように育てられました! サミュエル殿下の伴侶として常に華々しくいられるよう、殿下の隣で笑っていられる『花』であれと、父に言いつけられてきました! それを正しいと信じて、私は笑顔を磨き続けました!」
外にまで響くであろう大声で、私はそれをまくし立てていました。
それがどれほどはしたないことか、頭の片隅で理解しながらも止められません。
これまでずっと我慢していたものが、決壊してしまったのです。
私は、溢れるものを抑えようともせず、声にして殿下に向かって迸らせます。
「だけど、私は選ばれませんでした! サミュエル殿下は妹を選んだのです! 父も母もそれを支持して、私は居場所をなくしました! 父の言いつけをずっと信じて従ってきたのに、生まれてきた理由を全うしようとしていたのに……ッ!」
いつしか、私の瞳から涙が溢れていました。
泣いていました。そして、笑ってもいました。こんなときなのに、私は、まだ。
笑わなきゃ。
笑わなきゃ。
心の根に刻まれた強迫観念が、私に笑顔を強いるのです。
「私は、笑いたくなんてありません! ずっと磨いてきたものは、私に何もくれませんでした! なのに、私はどうしても笑うことをやめられない……」
嗚咽を漏らすのです。笑いながら。
崩れ落ちてすすり泣くのです。笑いながら。
これが、私です。
これこそが、リリエッタ・ミラ・デュッセルなのです。
本当に、本当に度し難い。
殿下には、今の私は不気味に映ったことでしょう。笑いながら泣く女など……。
「リリエッタ」
カシャン、という音がすぐ近くに聞こえました。
両手で覆っていた顔をあげると、膝をついて私を見つめる殿下のお顔。
磨きあげた黒曜石のようなその瞳に、いびつに笑う私が映り込んでいます。
殿下は、甲冑に覆われた手を伸ばして、頬をそっと優しく撫でてくれました。
金属の冷たさが、熱くなった私の顔にとても心地よくて――、
「すまなかった」
「ぇ……」
「どうやら、俺は踏み込んではいけない部分に無遠慮に足を踏み入れてしまったようだ。君を泣かせるつもりなんてなかったのだが、本当に至らぬ男ですまない」
「そ、そんな……」
頭を下げてくる殿下に、私は泣くことも忘れて、すぐにかぶりを振りました。
「で、殿下が謝られることなんて、何もありません! 私の方こそ、ラングリフ殿下と婚約させていただきながら、大変な失礼を……! も、申し訳……」
ああ、何ていう恥知らずな真似を……。
この場で手打ちにされても、何も文句が言えません。殿下に対して何と無礼な。
「それは気にしなくていい」
けれど、殿下はそう言ってくださったのです。
「むしろ今ので、俺は君という人間の実像をわずかなりとも掴めた気がするよ」
「ぅ……」
そんなことを言われてしまって、私の心に急激な羞恥が込み上げてきました。
でも、私はそれを表に出すことはありません。笑顔が覆い隠します。
「お人が悪いですよ、殿下」
「ふむ、一瞬笑顔が崩れかけたが、すぐに持ち直したな。本当に鉄壁の笑みだな」
「……殿下?」
人の笑顔に『鉄壁』はないと思うのですけど、殿下?
「なぁ、リリエッタ」
「何でしょうか?」
「君は自らの本意ならずとも、今、自分のことを俺に明かしてくれたな?」
「え、ええ……」
本当に、本意ならずとも、ですけれど。結果的にはそうなってしまいました。
「だから俺も、君と対等であるために、君に俺のことを明かそうと思う」
「殿下のことを、ですか……?」
意味がつかめず首をかしげる私に、殿下は言われました。
「俺は、呪われているんだ」
――――え?
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