笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

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5 シルティアの価値

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 咲く理由を失った花は、辺りに茂る雑草と何が違うのでしょう。
 自由に散ることもままならない、造られた花は――、


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 隣に妹のシルティアを置いて、サミュエル様はつまらなそうにこちらを見ます。

「こんな中身のない女に何の価値がある。婚約者などと、タチの悪い冗談だな」
「な、何ということを……ッ」

 絶句する私に代わって、お父様が顔色を青くします。
 それに対して、殿下は快活に笑って、

「何だ、別によいではないか、侯爵。姉と妹で変わりはしたが、おまえの家の娘が未来の王妃になること自体は変わらないのだ。違うか?」

 そう語られる殿下の声を耳にしながら、私とお父様はシルティアへ向きます。

「これは一体、どういうことなんだ、シルティア……!」
「どういうことって、見たままよ、お父様」

 言って、シルティアは殿下の腕に自分の腕を絡めるのです。私が見ている前で。

「お姉様も。今、殿下が言った通りよ。私が彼の婚約者なの!」
「待て、シルティア! 私はそんな話は聞いておらんぞ!?」

 妹はわたしに向かっていったようでしたが、気色ばんだのはお父様でした。
 サミュエル様が「まぁ、落ち着け」と軽くお父様を諫めます。

「おまえに話を通していないことは悪いと思ったがな、侯爵。だが決定事項だ」
「決定? バカな……! このようなこと、陛下がお許しになるはずが……」

「なったんだよ。それが。親父は俺が説き伏せた」
「な……」
「つい先日の話でな。連絡する間もなかった。後日、正式に認可も降りるだろう」

 サミュエル様が、自分に腕を絡めるシルティアを笑って流し見ます。
 そのまなざしにあるのは、私には向けられない、大切なもの慈しむ光です。

 私は、目前にそれを見せつけられました。
 着飾った私の体から、一気に熱が失せていきます。寒くて震えてしまいそう。

「……何故、シルティアなのですか、殿下?」

 絶句していたお父様は眉間に深いしわを作って、サミュエル様を問いました。

「おまえも存外食い下がるな、侯爵。そんなに納得がいかないか?」

 サミュエル様は呆れ顔を浮かべますが、お父様は承服しかねるといった様子で、

「シルティアは女だてらに馬に乗り、剣を振り、魔法を学ぶじゃじゃ馬でございます。とても貴族の令嬢とは思えぬ有様。殿下のお相手に相応しいとは――」
「だから、いいんじゃないか」
「……は?」

 自分を遮って告げるサミュエル様に、お父様はポカンとなってしまわれました。
 サミュエル様はまた肩をすくめて、

「あのなぁ、侯爵。おまえや親父が考えているような『貴族の令嬢』なんて連中は、俺からすれば市井で使われている作業用のゴーレムと何ら変わらないんだよ」
「ゴ、ゴーレムですと……!?」
「そうだ。見た目だけ優れていても、命令されなきゃ何もできないようではな」

 そう言って、彼はやっと私を見ます。
 その瞳の、何と冷たいことでしょうか。妹に向けたものとは、まるで正反対。

 私は、必死に笑顔を保ちながらも、内心は委縮するばかりです。
 けれど、サミュエル様はそんな私に軽く舌打ちをして見せるのです。

「見ろ。侯爵。俺にこれだけ言われても、この女はまだ笑っているぞ。なぁ、小娘。おまえには笑うこと以外に何ができるんだ?」
「ぇ、あ……」

 いきなり問われ、私は答えに窮しました。
 咄嗟のことすぎて何も言えずに終わる私に、サミュエル様はため息を一つ。

「もういい。聞いた俺がバカだった」

 サミュエル様は興味をなくした風に言い、私から視線を外します。

「『女だから』という理由で持って生まれた才能を足蹴にするような老人も、それに従って自分の生き方を他人に委ねるような女も、俺の治世には必要ない。俺が求めるのはシルティアのような、自らの翼で羽ばたかんとする気概を持った女だ」
「な、し、しかしシルティアは……」

 お父様は、それでも納得できないようでした。
 私とて、内心は納得なんてしていません。できるはずがありません。

 でも、私は『花』なのです。
 そうあるように育てられてきた私は、自分の意見を言うこともできません。
 それは淑女の振る舞いではないという思いが働くからです。

 だから、私は願うしかありませんでした。
 お父様がサミュエル殿下を翻意させることを願うしかなかったのです。
 殿下が楽しげに語られます。

「こいつはすごいぞ、侯爵。剣も魔法も、俺に並ぶ。それだけではない。政治に対する理解があって、見識も深い。思想、哲学、どれもが高い水準にある」
「まさか、シルティアが……?」

「お父様は私のことを知らなすぎなのよ。これでも、頑張ってるのよ?」
「……そんな、まさか」

 胸を張るシルティアを見て、お父様も私も絶句するしかありませんでした。
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