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3 愚かなシルティア

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 外から使用人の悲鳴じみた声が聞こえてきました。

「シルティアお嬢様! おやめください! 危のうございます!」
「何だ、何事だ?」

 その声を聞きとがめて、お父様が窓から外を覗き込みます。
 すると、白馬がたてがみを風に流しながら駆け抜けていくではありませんか。

 私にもはっきりと見えました。
 白馬に乗っていたのは、乗馬用の服を着た私の妹――、シルティアでした。

「ぁ、あのバカ娘ッ!?」

 私が驚くくらいの声量で叫んで、お父様が怒りに顔を赤くして窓を開けます。

「何をしているのだ、シルティア! それは私の馬だぞ!」
「あら、お父様」

 お父様の怒声が聞こえたらしく、妹は手綱を引っ張って白馬を止めます。
 私も、お父様の後ろから窓に乗り出して、シルティアを眺めました。

 妹のシルティアは私とは対照的な赤い髪をしています。
 猫のような釣りをしていて、勝気で気ままな性分も、本当に猫そのものです。

「またおまえは馬になど乗って! デュッセル家の娘でありながら、どうしておまえはそうなのだ! 聞けば、魔法の私塾などに通っているそうではないか!」
「そうなの、今日も講義なんだけど、ちょっと遅刻してちゃいそうなの! だからお父様の馬を使わせてもらうことにしたの! ちゃんと返すから安心してね!」

 と、シルティアはその顔に満面の笑みを浮かべて、元気に言ってくるのです。
 私は、妹の言葉がまるで信じられませんでした。

 貴族の令嬢ともあろう者が、市井の私塾に通って魔法の講義?
 家で雇った魔導師の先生に学ぶのではなく?

 いえ、それよりも貴族の令嬢が魔法を学ぶ、ですって?
 こともあろうに、この国の筆頭貴族であるデュッセル家の令嬢が!?

 そんな、何てはしたない。
 血のつながった妹でありながら、私はシルティアの行動が信じられません。

「そこで待っていなさい、シルティア! 今日という今日は――」
「いやよ、お父様。今日の講義は前から楽しみにしてた内容なの。遅刻だけはしたくないから、お馬、借りていくわね! 行ってきま~す!」
「待て! 待つんだ、待ちなさい! シ、シルティア、シルティア~!」

 普段は何事にも動じないお父様は、妹の名を呼びながら部屋を出ていきました。
 蹄の音は遠ざかって、窓の外にはへたり込んでいる使用人の姿が見えます。

「……何て子」

 思わず、私は呟いていました。
 あれが私の妹、シルティア・レナ・デュッセルです。

 厳格なる侯爵家に生まれながら、妹はどこまでも自由に振る舞いました。
 女性なのに殿方のように馬に乗り、魔法を学び、挙句、剣を振り回すのです。

 それは、あり得ないことです。
 貴族令嬢は、淑女であらねばなりません。

 そして淑女とは、常に殿方の傍らに控えて、花の如く笑顔を咲かせるものです。
 それをしようとしない妹は、デュッセル家の恥でしかありません。

 幾度、私は彼女を諫めたことでしょう。
 幾度、父は彼女を叱ったことでしょう。

 しかし、シルティアはあっけらかんとした調子でその全てを受け流しました。
 そしてあるときには、こんな反論をしてきました。

「お姉様は空っぽね。私はそんな生き方はイヤ。何事も楽しみながら生きていきたいわ! だって私の人生の主人公は、ほかの誰でもない私自身なんだから!」

 そう、笑いながら言ってきたのです。
 貴族令嬢らしからぬ、気品のかけらも感じられない、町娘がするような笑顔で。

 妹の主張は、お父様の教育方針を真っ向から否定するものでした。
 お父様はシルティアを修道院送りにしようか検討したこともあるそうです。

 それが実現しなかったのは、お母様が反対したからだと聞かされました。
 家の恥部ではあっても、やはり娘は娘。
 母親として、見捨てるのは忍びなかったのでしょう。

 でも、私からすると、それは妹にとってあまりに酷な判断のような気がします。
 この先、あんな男勝りな妹を一体誰が娶ろうというのでしょう。

 サミュエル様に嫁ぐ私とは違って、妹は生涯独身で終わることになるでしょう。
 ああ、かわいそうなシルティア。
 教えに背いたばかりに、貴族としてこの上ない恥辱を味わうことになるのね。

『お姉様は空っぽね。私はそんな生き方はイヤ』

 どうしてか、いつか妹に言われたそれが耳の奥に蘇ってきました。
 このときのわたしには、それが何故かわかりませんでした。
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