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18.終わりの2人
しおりを挟む輝美は山道を歩いていく。
展望台を抜け、さらに山の中に入っていく。
道は泥濘んでいて、大きな水溜りもいくつかあった。
慎重に避けながら進む。
輝美はある場所で立ち止まる。
木がよく茂って、日光もほぼ遮られた場所。
雨をたっぷり含んだ木と土の匂い。
足場の横の急な斜面…
約10年前に幼い累が転がり落ちた場所に、累はいなかった。
輝美は引き返す。
別れ道のところまで戻り、さっきとは違う道を選ぶ。
上ったり下りたりして、10分ほど進み、目的の場所に着く。
神社の鳥居の前に立つと、なんとなく心が静まった。
約10年前、双子たちと輝美が目指していた場所…
地元の人や登山客が立ち寄る神社だ。
決して大きな神社ではないが、よく手入れされている。
輝美は手水舎で手と口を濯ぎ、拝殿で参拝する。
それから、建物横に回り込む。
「累、来たぞ」
累は、神様がいる建物とされる本殿の石の土台のようなところに座っていた。
思いつめたような顔をしていたが、輝美の顔を見て微笑んだ。
「輝美くん…」
髪が短いので、日に焼けた顔がよく見える。
その幼い顔を見て、輝美は脱力してしまう。
「はぁ…お前、何なの?最後の最後まで俺を翻弄してさぁ…場所すら告げずにさぁ…」
「場所、分かってくれたんだ?」
輝美の呆れた声には反応せずに、累は嬉しそうに言う。
「最初は累が昔転げ落ちた辺りに行ってみたけど、いなかったからここに来た」
「ここにも何回か3人で来たでしょ?」
「何でこんなところに…」
輝美は累が蓮と一緒に行動しない理由がよく分からなかった。
「輝美くんが最初行った場所で、最初は待っていようと思ったんだよ」
「何で変えたの?」
「思い出しちゃうから…あの日、暗い山の中で、痛みと恐怖の中で、ずっと輝美くんを待っていたことを…」
累は半袖のジャージの上下から伸びた手足を伸ばして立ち上がる。
向き合って笑う累の目がとても綺麗だと輝美は思う。
蓮の目とは何かが違う…何かは分からないけど。
「忘れられないんだよな、あの感じ…」
うっとりとした目ををした累が一歩輝美に近づく。
輝美は一歩後ずさる。
ヒート抑制剤は飲んできたので、累を誘惑するフェロモンは出ないはずだ。
でも、何かあったときにすぐ逃げ出せるようにしていないとまずい。
「俺と蓮は一卵性双生児で見た目はとても似ているけれど、中身は違う人間で、好きになる人も違う。蓮は女の人を好きになるんだ。俺は…男の人を好きになる。好きになったのは、生まれてから今までに1人だけだけど…」
累はまた一歩輝美に近づく。
輝美はまた一歩後ずさる。
累が次に何を言うのか分かる。
でも、今は、聞きたくない…
「俺は輝美くんが好きだよ。ずっと好き」
累は頰を赤くして言う。
輝美は累を睨む。
「そんなの聞きたくない。俺に蓮とあんなことしといて…」
「ごめん…」
累の目に涙が滲む。
「蓮は去年謝ってきたけど、累は謝りに来なかったよね?今日だって、こんなところにわざわざ人を来させといて、全然謝らなかったよね?何なの?クズなの?」
不快感が喉元まで込み上げてきたので、輝美は累に背を向けて去ろうとする。
「輝美くん、行かないで…!」
輝美は無視してそのまま行こうとするが、一瞬振り向いて後ろを向いたときに、地面にうずくまる累を見て、足が止まる。
「顔を上げろよ…」
土下座をしていた累は顔を上げる。
手や足や着ているジャージには泥が付いている。
他の部分と同じように、顔のパーツも蓮と同じなのだが、輝美には累の方がとてもきれいに見える。
苦しげに眉根に寄せた皺が輝美の庇護欲を駆り立てる。
憎いのに憎みきれない。
なぜだろう…?
いや、なぜかはもう分かっている…
累は手で目を擦って、近くの水たまりを見つめて言う。
「本当にごめんね…輝美くんに甘えてたね…」
少し、風が出てくる。
森の方から吹いてくる。
「ずっと…小さいときから輝美くんのこと好きだったのに…こんな酷い終わり方になるなんて…」
「終わり…」
輝美は繰り返す。
胸が苦しくなる。
「分かってた…本当は、去年の時点で終わってた」
累は少し微笑む。
「世間では、αがΩを襲うのは普通だから、謝る必要もないし、なんならそのまま番になるのがΩの幸せと言う人もいる…でも、俺は輝美くんの性格を知ってたし、俺らの関係はそんなんじゃないって分かってたから、終わりだな、って思ったんだよ…」
累は唇を震わせる。
「もう俺たちは終わり。本当の終わり。触れるどころか会うこともない…」
累は我慢できなくなって、手で顔を覆って泣く。
ひとしきり泣いた後、心を決めたように輝美の顔を見て言う。
「ごめんね…こんなところに呼び出して…ワガママ聞いてもらって、最後に輝美くんに甘えられて嬉しかった。バイバイ、向こうに行っても元気でね!」
累は輝美にもうここから去ってくれ、というトーンで言う。
立ち上がる元気もなく、地面に尻を付けたまま、手を振って別れを伝える。
…輝美は、今ここから立ち去るべきだと頭では分かっていた。
それなのに…累の方に近づいていく自分がいる。
俯いていた累は、水溜りに映る輝美の姿を見て顔を上げる。
奥二重の目を見開いて輝美を見る。
「累…」
建物の影で、泥まみれになって座り込んでいる累を抱きしめたい…
あと数歩で累に触れられる距離まで近づく。
「俺も累が好き…」
その時…
また風が吹く。
累の背中の方から輝美に風が吹き抜ける。
累の匂いが香り立って、輝美は目眩がする。
昨年の冬に嗅いだ蓮の匂いと似ているが、違う。
もっと露骨に輝美の体に揺さぶりをかける、百合のような匂いが際立っている…
「あ…」
輝美は前に中学校の保健の先生に聞いたことを思い出す。
ヒート抑制剤はΩのフェロモンを抑制する。
ラット抑制剤はαがΩのフェロモンに反応してラットを起こすのを抑制する。
しかし、αが出すフェロモンについては薬を飲んでも抑制されない。
Ωと同じようにαもΩを靡かせるフェロモンを出す。
基本的にはΩのフェロモンに比べるとその量は微量なので問題になることはまずない。
しかし、「運命」ともなれば話は変わってくる。
αが発するフェロモンの量もかなりの量となる…
別れの悲しみという激情に囚われているのなら、さらに大量のフェロモンが出ているだろう、と輝美は思う。
輝美は頭が重苦しくなる。
自分の体がグニャグニャになったような感覚になる。
ーー早く、一つになりたい…
無意識のうちに、輝美は自分の首に手をやる。
カチッ、と首輪のロックが外れた音がして、輝美は我に返る。
自分のしたことに輝美はショックを受ける。
このままいくと、累にうなじを差し出して「番にして」と言うところだった…
番になんかなりたくないのに…
自分の意思とは関係なくαに良いようにされる、無力なΩになんてなりたくない。
うなじに所有の印なんて刻ませたくない…
ーーそれでも、「運命」は「運命」を欲しがる…
累の方を見ると、輝美の突然の行動に戸惑っているようだった。
その幼い顔が輝美をやり切れない気持ちにさせる。
ーーどこまでいっても、αはαで、ΩはΩだ…
「輝美くん!」
輝美は累に背を向けて走り出す。
全速力で神社を抜け出す。
もう累は追いつけないと分かっていても、走るのが止められなかった。
展望台を通り抜けるとき、横目に青空が見えて、きれいだった。
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