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9.転落
しおりを挟む輝美の父親の次朗は、輝美がある中高一貫校を受験することに期待をかけていた。
輝美はその期待に応えるためによく勉強した。
しかし、6年生になって成績は落ちていた。
クラスメイトたちに言われた「Ωは勉強なんかしても無駄だ」というのが事実だとは思いたくなかったが、ズルズルと成績は落ち続けた。
輝美は父親の期待に応えられないかもしれない、という焦りに追われ続けた。
…結局、輝美は合格することができなかった。
結果を知った翌日、同じ学校を受験していた入が合格したことを聞いた。
自分は不合格だったのに自分をいじめたクラスメイトは合格したという事実に輝美は打ちのめされた。
このときばかりは同じ受験生として同情してくれたのか、入は輝美のことを茶化したりはしなかったし、そうしようとするクラスメイトを許さなかった。
それでも、輝美の心は晴れなかった。
不合格通知を受けた数日後、輝美は布団の中で眠れないでいた。
そのとき、遅く帰ってきた次朗と迎えた幸美が玄関で会話をするのを聞いた。
「おかえりなさい」
「ただいま。輝美はもう寝た?」
「うん…まだショック受けてるみたい…」
「成績は6年生になって落ちてはいたけど、普通なら合格圏内だったんだけどな。Ωの子は他の人よりも良い成績取らないと合格できないんだよ…悔しいことに」
「やっぱり、そういうのってあるんだね…」
「表向きはもちろん平等だけどね。塾講師の間では常識だよ」
輝美は布団の中で泣いた。
両親に聞かれないように、歯を食いしばって…
輝美は公立中学校に入学した。
累と蓮とは離れてしまったが、放課後や休みの日には時々一緒に過ごしていた。
…夏休みに入ってすぐのこと。
その日、父親の幸美は高校時代の友達と日帰り旅行に出かけていて、輝美は家に1人でいた。
昼食を食べた後、のんびりしていると、チャイムが鳴った。
自分の部屋の窓から覗くと、累と蓮がいた。
ドアを開けて迎える。
「あれ?幸美さんいないんだ」
玄関に入った累がリビングを覗いて言う。
「うん、夜まで1人なんだ」
輝美は2人を自分の部屋に通す。
「なんか部屋の雰囲気変わった?」
累が部屋を見回す。
「そうかな」
「輝美くんも変わったね。中学生になって、大人っぽくなったよ」
蓮にそう言われたが、輝美は2人の方が大人っぽくなっていると思った。
数年前までは、2人とも母親に髪をおかっぱに切りそろえられていて、よく女の子に間違えられていた。
五年生になった今は2人とも髪を短くしていて、日に焼けた肌に黒いTシャツと紺の短パンがクールな印象を与える。
切れ長の瞳と薄い唇も涼しげだ。
「なんか気持ち悪くなってきた…」
急に累が鼻と口を押さえて苦しそうにする。
「俺も…ヤバい。何これ…お香?」
蓮も同じように鼻と口を押さえて眉間にシワを寄せる。
2人が何を言っているのか分からなかった輝美もだんだん息苦しくなってきた。
体が熱く火照る。
2人が輝美の方に寄ってくる。
「輝美くんの匂いだ…すごい…」
「輝美くん…こっち、来て…こっち…来いよ」
本能的な恐怖が襲い、輝美は部屋から逃げ出そうとする。
しかし、蓮が引き戸をすごい勢いで閉めて、出られないようにする。
同時に、累が輝美の首に腕を引っ掛けて引き寄せる。
輝美は後ろにひっくり返る。
「やめ…て!!」
輝美の訴えを累は無視して蓮に叫ぶ。
「蓮!脚持て!ベッドに運ぶぞ!」
累が脇を、蓮が脚を持って、双子は輝美をベッドに下ろす。
逃げ出さないように、2人で押さえつける。
何が何だか分からない輝美は暴れて叫ぶ。
「何?何なの?やめてよ!!怖い!!」
2人は聞いていない様子で、猫なで声で輝美に語りかける。
「輝美くん、美味しそうな匂いしてる」
「何その目、誘ってんの?大丈夫…2人で食べるから」
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