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異常者の雨のコール
しおりを挟む信太は恋人の純から何気ない悩み相談を受ける。
「最近誰かに付き纏われている気がする…あ、でも、気がするだけだよ。実際に見たわけじゃないんだ。もしかしたら幽霊かもしれないし」
あはは、と笑いに持っていこうとする純だったが、信太は険しい顔になる。
「笑えねぇよ。お前、ストーカーの怖さ知らねぇだろ?」
いつもと違う信太の様子に、純も大人しくなってアドバイスを聞くようになった……
信太は防犯や相談先のアドバイスをしながら、3年前のことを思い出す。
信太自身、会社の同僚だった石渡という男にストーカー行為をされたことがあった。
無言電話や付き纏い、自宅での待ち伏せ…
どうやったのか勝手に合鍵を作って自宅に入られたときは心臓が止まるかと思った。
信太は警察を呼び、その男は逮捕された。
その後、身柄を解放された石渡に本気で愛している、付き合って欲しい、と頼まれたが二度と顔を見せるな、と伝えた。引っ越しもした。
会社もクビになった石渡がその後何をしているのかは分からないが、信太にとっては二度と経験したくない体験である。
純と出会ったのは石渡が消えた後……ほんの数か月前のことだ。
その純まで同じ思いをして欲しくない……
信太はその一心で色々とアドバイスした。
しかし、純がそのアドバイスを活かすことはなかった。付き纏われている気がすることがなくなったらしい。
「やっぱり本当に気のせいだったみたい」
純の明るい声と笑顔に信太はホッとした。
それからしばらくお互いの仕事が忙しくて会わなくなっていた。
ある日の夕方、信太の携帯の着信音が鳴った。
取ると純の声……
その声はこわばり震えている。
「信太……やっぱり気のせいじゃなかった……俺は付けられていた……逃げるつもりが奴のワナにハマって……もう逃げられない……」
「おいっ、純! どうしたんだよ? 一体何が……?」
「やめろ……!!」
痛ましい純の悲鳴の後、ドサリと倒れる音が聴こえた。
その後、信太の耳に何処かで聴いたことのある声が飛び込んでくる。
「純を助けたいのかい?」
「お前誰だよ?! 純を一体どうした?!」
「大丈夫、まだ生きているよ。でも、いつまで持つかなぁ……?」
「ふざけんな。てめぇ」
「ここがどこか分かる? 助けに来いよ」
大雨の日だった。受話器の向こうにも激しい雨の音がする。それに加えて、電車の音……
「O公園……」
純の家の最寄駅近くにある公園だ。線路と団地に挟まれていて人通りが少なく、木が茂っていて人目につきにくい。
確信は持てなかったが、他に思いつく場所もない。信太はタクシーで向かう。
「絶対に1人で来い。誰にも言うな」という声に従い、途中でタクシーを降りて歩いて公園へ向かった。
公園に入って信太が見たものは……
首から血を流して倒れている純の姿。
雨でびしょ濡れになるところを大きな黒い傘で防がれている。
その傘を持つ手の主は、白いシャツとナイフを持つ手を血で赤く染め、ぼんやりと純を眺めている。
「石渡……」
そのときまで全く考えもしなかった人物だったが、逆になぜ今まで考えていなかったのだろう? と信太は思った。
信太は躊躇わずに純のところへ行く。持っていた傘を放り出し、純の濡れた体を抱きしめる。
「純……大丈夫か……」
目は開けないが、純の呼吸を信太ははっきり感じ取れた。
視線を感じて信太が見上げると、石渡が微笑みながら信太を見下ろしている。
「お前、こんなことして楽しいの?」
「うん、楽しいし、幸せだよ」
3年前よりも伸びた黒髪とこけた頰。
黙っていれば塩顔系のイケメンなのに、場違いな笑顔が全ての好印象を打ち消す。
「来てくれたんだね。俺のために……この男……純のために来たんだって信太は言うんだろうけど、俺の声を聴いて来たんだから一緒だよね。 3年前は追いかけても、追いかけても、信太は俺から逃げるばかりだったね? 俺が呼んでも、叫んでも……振り返ってはくれなかったね? でも、今日は、今日だけは、俺が呼んだら信太は来てくれた。あああああ……嬉しいな」
救急車とパトカーのサイレンが近づいて来る。誰かが見て通報してくれたようだ。
突然、石渡は持っていた傘を放り投げる。
口元は笑顔の形のまま、石渡は全身を雨に濡れるがままにする。喜びを噛みしめるように目を閉じて、両手を広げ、天を仰ぐ。
「この雨の音と冷たさ、それを裂くサイレンの音……全部覚えておくよ。俺のために信太がここに来てくれた今が、俺のクソみたいな人生の中で一番幸せな瞬間だから……何年、何十年経っても、それは変わらない……永遠に」
石渡は目を開く。さっきまでの笑顔が嘘のように表情のない顔になっている。何の感情も映し出さない瞳が虚空を見つめる。
警察官がやって来て、ずぶ濡れの石渡に手錠を掛ける。傘を差す担当とタオルで拭く担当の2人の警官の世話になっている石渡……されるがままに突っ立っている長身の男は、従順な子供のようにも見える。
そのままパトカーに乗せられる石渡。スイッチオフされたロボットの瞳はもはや信太の方を見ることすらしない。
救急隊員は応急処置を施した純を救急車に乗せる。信太も一緒に乗り込む。
傷は深く、出血も多いが、若いし命に別状はないだろう、と救急隊員は信太に伝える。
しかし、信太は別のことを考えていた。
純の細い首に似合わない、分厚いガーゼの当てられた傷。
その傷は必ず跡になり、数年程度では決して消えることはないだろう……
いつか傷が完全に見えなくなる頃、信太は純とまだ付き合っているのだろうか?
はい、と言えるほど信太は純への気持ちに自信がない。
それなのに、自分のせいで純は傷付けられてしまったという動かしようのない事実が信太を襲う。
目を閉じて青ざめた純の顔を見つめながら、信太は呟く。
「純、俺は絶対にお前から離れないよ。もし、愛がなくなって離れるようなことになってしまったら……そのときは石渡に復讐する」
雨に打たれる石渡の姿を信太は思い出す。
濡れたシャツの張り付いた胴体のラインまでも思い出して、忘れないように胸に焼き付ける。
復讐することを忘れないために……
結局、石渡が信太のことを忘れないように、信太も石渡のことを数年間……もしかしたら数十年間は忘れることが出来ないのだった。
(fin)
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