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3.旅立ち
29.旅立ちのとき
しおりを挟む「僕も同じ希少種のΩということが分かるように地毛で来たんだ」
みどりは後ろで1つに纏めた金髪に手をやりながら言う。
灯の隣に立つ響一郎はみどりに挨拶する。
「上天神響一郎です。貴崎さん、お越しいただき本当にありがとうございます」
みどりは真顔で灯と響一郎の首輪を見比べながら言う。
「貴方が『響ちゃん』ですか。はじめまして、ですね」
灯はにこやかにみどりに声を掛ける。
「みどりさん。どうぞ、中へ」
みどりはショートブーツを脱いで玄関に上がる。ピンクとベージュのチェックのコートを、灯は黄丸のコートの隣に掛ける。
ワンルームの真ん中に置かれたコーヒーテーブルに灯と響一郎、明石黄丸と貴崎みどりが並んで座り、向かい合う形になる。
みどりは灯の目を見て言う。
「時間がないから、手短に言うよ。後3時間で、港からA国に向けて船が出港する。灯くんは僕と出るんだ」
「分かりました」
灯は落ち着いた声で答える。
黄丸は非難するような目で友人のみどりを睨む。
「みどり、お前は血も涙もないのか? なんで灯だけを行かせて響一郎さんを拒否するなんて真似ができるんだ?」
黄丸は拳を握り締めて言う。
「βのお前には関係のないことだ」
みどりは平然と言う。
「灯くんが元番のαと首輪を交換するまで、僕は待っていたじゃないか。灯くんには完全に1人で生きる決意をして欲しかったが、A国に1人で行く決意を固めてくれただけで充分だ、という僕なりの譲歩だよ」
ペアカラーのことを黄丸に頼む少し前、灯はもう1つのお願いを黄丸にしていた。
それは、みどりに連絡して灯1人をA国に連れて行って貰えるように頼んで欲しい、という願いだった。
もちろん、灯は響一郎と一緒に行きたかった。でも、みどりは響一郎のことを認めていない。
今2人で日本にいても、何も事態は進展しない。それなら、灯だけでもA国へ行き、生活の基盤を作った方が良い、と2人は考えた。
響一郎と離れて暮らすのは辛いが、響一郎の方が海外経験はある。経験がない灯は1人でも先に行って経験を積んだほうが良い、というのが2人で出した結論だった。
黄丸が国外での仕事で最後に訪れたのがA国だった。
黄丸はみどりに会い、みどりがちょうど日本からA国へ出航する船の手配をしに日本へ行くことを知った。黄丸とみどりは同じ便で日本に戻り、一緒に灯と響一郎の元を訪れ、灯の2つの願いを同時に果たすことにしたのだった。
その件についての黄丸の連絡がギリギリになって、灯たちは夜中に慌てることになったのだ。
みどりは襟と袖口にクリスタルの装飾のある黒いドレスを着ている。その首に巻かれているのは、灯と響一郎の物と同じデザインの首輪だ。
「僕も灯くんたちと同じ首輪をして来たよ。僕は誰とも番になる気なんかないから、2つ自分で所有しているんだ。こういう生き方もあるんだよ」
首輪を撫でながらみどりは誇らしげに言う。灯よりもさらに白く細く長い首に夜空模様の首輪がよく似合う。
「……別に、みどりの生き方にケチ付けたいわけじゃねぇんだけど、番になりたい2人を引き離すのは酷いだろうが。2人で困難を乗り越えてきたのに……」
拳を緩めた黄丸はまだ納得していない様子でみどりを睨む。
「ありがとう、明石くん。でも、良いんだ」
響一郎は黄丸に微笑みかける。黄丸はハッとなる。
「貴崎さんは俺の大切な人……灯を助ける、と言ってくれているんだ。それだけで、十分だ。他に望むことなんてない」
響一郎はみどりの目を見て言う。
「貴崎さん、俺は子供だった貴方がΩであるが故に辛い目に遭っていた間、上流階級のαとして、何不自由なく暮らし、良い教育を受けてきました。それをほとんど疑問に思ってもいなかったし、たとえ思っても本気で何かしようなんて考えなかった……俺はそんな人間ですから、貴崎さんに何かを望む資格なんてありません。他に頼める人もいないんです……どうか……どうか、灯をお願いします」
響一郎は深く頭を下げる。
みどりは響一郎について、自分の世話をさせるために灯といると言ったり、だから灯は響一郎と別れるべきだ、と言ったりした。響一郎はそのことを灯から聞き、怒りを感じた。
しかし、今の響一郎はみどりに怒りを全く見せず、逆に自分の非について話し、灯のことを頼んだ。
灯はそこに響一郎が灯の幸せを思う気持ちを感じる。
みどりは顔色を変えず、灯に視線をやる。
「灯くん。君の番モドキが僕に頭を下げているね? それでも、僕がこの男……α社会から蹴落とされ、Ωにもなりきれない男を見捨てて君だけを助けると言ったら、君は何を思うのかな? 黄丸の言う通り、君は僕を冷血人間とでも思うのかな?」
みどりは低い声で問う。顔は人形のように美しい。
「いいえ」
灯は首を振る。みどりの自分と同じ色の青い目を見据えて言う。
「僕はみどりさんに対して1つも悪い感情を持っていません。僕をA国に連れて行くためにここまで来ていただいたんです。僕たちは、それだけが望みです。他にみどりさんに望むことはありません」
灯は隣に座る響一郎の顔を見て、再びみどりに視線を合わせる。
「僕たちはもう番になったんです……誰に何を言われても、みどりさんに認めてもらわなくても、僕たちは番です。どんなに離れても、もう2度と会えなくても、僕たちはお互いを信じると決めました。A国へ行けば、傍目には僕は1人で生きるΩになりますが、心の中にはいつも響ちゃんがいます。響ちゃんも同じです。それは誰にも奪わせません」
灯は一息に言う。
みどりの眼光の強さが和らぐ。
「灯くん。君、変わったね」
みどりは微笑みながら響一郎の顔を見る。響一郎はその視線に気付く。
「個人的な話をするね」
みどりは目を閉じて何かを思い出すように話し出す。
紫のラメのネイルが光る折れそうに細い指で手を組む。
「先日、僕は出身大学から表彰を受けた。『困難な状況にあるΩに対して援助を続け、偏見を取り除くために力を尽くした先駆者』としてね。嬉しかったんだけど……お世話になった教授から最大限の賛辞を受けたとき、なぜか響一郎さんと灯くんのことが頭に思い浮かんだんだ。もし、2人が『困難な状況にあるΩ』であるならば、僕は2人を見捨てた、表彰に値しない人間になってしまうのではないか、と……」
「貴崎さん……」
響一郎は何と声を掛けて良いか迷っている。
みどりは目を開けて、響一郎を見ながら話す。
「響一郎さん。僕の中にはずっと割り切れないものがありました。確かに、Ωになる薬を飲めば体はΩでしょうが、αとして生まれ生きた記憶や経験は残っているでしょう。僕が何年A国に住み、A国籍を持っていても、日本人であると僕が自分のことを信じているように……そうしてΩの皮を被った負け犬のαが元番のΩの世話を受けて暮らしている……そう考えると、僕は腹が煮え繰り返る思いでした。今日も……僕は貴方を厳しい目でチェックしていました。貴方を助けなくて済む理由を探していました……でも、もうそんなことはしません。僕の勝手な考えでΩである人間を不幸なままにしていてはいけない。僕は貴方を助けます」
「えっ? 良いんですか?」
灯は拍子抜けする。
響一郎と離れて暮らす覚悟を決めるのに時間を掛けたのに、みどりのOKが出たからだ。
「貴崎さん、俺は……」
申し訳なさそうに、響一郎は言葉を探す。
みどりは明るく声をかける。
「そんな顔をしないでください。これは、僕が決めたことなのですから。僕は同じ希少種の日本人Ωである灯くんに僕に似たものを感じました。幸せになって欲しい、と思いました。番だった男との縁を断ち切れずに不幸になるくらいなら1人で生きる方が良いから、僕はそのことを灯くんに知らせたかった……でも、そんな必要はなかったのですね。灯くんと響一郎さんは、αとΩの肉体上の繋がりがなくなっても、再び2人のΩとして思い合い、番として2人で生きる決断をしたのですから。灯くんは、一番幸せになる道を選びました。僕は、それを助けたいのです」
「貴崎さん……」
響一郎の目に涙が滲む。
隣の響一郎の様子を見て、さらに一緒に行くことができる喜びもあって、灯も胸が熱くなり、目頭が熱くなる。
みどりは立ち上がる。響一郎に右手を出す。
「今までの非礼な態度、発言をお詫びします。準備が終わり次第、ここを発ちましょう」
響一郎も立ち上がり、みどりの手を取る。
「はい。感謝します」
灯と響一郎は、朝になる前に日本を出発した。
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