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2.檻の外で始める生活
11.明かされる本音
しおりを挟む灯は響一郎におそるおそる聞く。
「ごめん……俺……響ちゃんに酷いことしたのかな……」
「何も分かってない癖に謝るな!」
恐ろしい怒鳴り声が灯に降り注ぐ。
響一郎の姿は2年前とは全く違う。
でも、そこにいるのは確かに2年前と同じ響一郎だ。
ずっと会いたいと思っていた人……
側にいるだけで嬉しい。
それなのに……
なんで……?
響一郎は怒りをぶつける。
「なんで……なんで俺から離れなかったんだ? 俺はもう、2年前の俺じゃない……名前も、顔も、地位も、αという性も、何もかもを失ったのに、なんでそれが分からないんだ?」
灯は困ってしまう。
言われたことを理解できなかった訳ではない。
響一郎は響一郎だから離れる理由はない、と灯は思っていた。
しかし、それを説明しても響一郎は理解できないだろう、ということが分かっていたから黙るしかない。
「REDになって……周りの俺を見る目はすっかり変わった。俺を腫物に触るように扱ったり、あからさまに俺に見下した態度を取ったり……内心俺のことを妬んでいた人間と、自分の身を守るために祖父や色羽の顔色を伺う人間と……元々、誰も俺を見ていたわけじゃなかった。俺に付帯していた権力や立場を見ていただけだったんだ……家族でさえも」
「響ちゃん……」
今まで溜め込んでいたものをぶちまけるような響一郎の鬼気迫る言葉に、灯は押される。
「以前と全く変わらずに俺に接してくれたのは俺の『じいや』くらいだったよ……灯。でも、俺は、肉体的にはΩにされても、一度だって自分をΩだなんて思わなかった。辛い発情期の間も……俺はαの人間であろうとした」
「αの人間……?」
灯は響一郎の話す意図を測りかねる。
「どんなに辛い境遇にあっても『自分はαなんだ』と思えば耐えられた。正気のままで生きられた。どんなにみじめな姿を晒しても、『いつか俺は自分がαであることを証明してみせる』と思えば、胸に熱い炎が灯り、誇り高き自分でいられた」
響一郎は「α」という単語をどこか誇らしげに発音する。
それ程までに響一郎にとって、αであることは彼を成す重要な要素だったのだ、と灯は気付き、驚く。
「その『証明』が何だったか、灯は分かるか?」
灯は首を振る。
「『灯に他のαを番わせ幸せにする』ことだよ」
「あっ」
灯は思わず声が出る。
「これで分かっただろ? 俺が野々池くんを灯に会わせた理由が……」
響一郎がマスクの下で微笑んだように見えた。
「俺はもうαじゃないから、番になることはできない。けれど、番のΩを幸せにすることはαの義務だ。もちろん、Ωをいくら泣かせても心が痛まないクソαも沢山いるが……俺が信じるαのあるべき姿は、Ωを一生をかけて幸せにすることだ。だから、絶対に代わりのαを見つけて灯と番わせようと思った……」
「最初から、龍司だけが候補だったんだね……」
大久保や魚住……龍司の前に檻の中で体を合わせた6人のα達の顔を灯は思い出す。
お世辞にも魅力ある人間とは言えず、番になる気など微塵も湧かなかった。
それは意図的な選択だったのだ、と灯は今知った。
「嫌な思いをさせて悪かったな。でも、最初から野々池くんと会わせてしまうと、断られる可能性が高いから……比較対象として、見劣りのするα達と会わせて『あいつらと比べたら、野々池くんは良いな、番になろうかな』と思わせる必要があったんだ」
「そうだったんだ……」
いくら本命を選ばせるためとはいえ、複数人の男に自分を犯させたのは酷い。
そう思いながらも、灯はつい納得してしまう。
「灯から野々池くんの話は聞いていたから……彼なら灯と番になって幸せにしてくれるんではないか、と思った。だから、確実に2人が番になりそうな計画を立てて……色羽と音に土下座して計画を実行したんだ」
響一郎は微笑む。
「檻の中に他の男と閉じ込めた灯の美しさは、2年前と全く変わっていなかった。すごく嬉しかったけど、辛くもあった……野々池くんと番になってもらわないといけなかったから……」
「響ちゃん……」
灯は響一郎の気持ちを考えて悲しくなる。
自分が響一郎の立場だったら同じようにできるだろうか……?
「1週間灯のそばでいられて、本当に幸せだった。このまま灯が野々池くんと番になるのを見届けられたら、それで俺は本望だった。色羽に灯の目の前で犯されたときも……すっごく恥ずかしくて、悔しかったけど……これが終われば、灯は野々池くんと番になるんだ、俺の役目は終わるんだ、と思っていたよ……」
嫌な予感がして、灯は思わず聞く。
「響ちゃん……もし、俺が龍司と番になっていたら、響ちゃんはどうしていたの?」
「自殺するつもりだった」
アッサリと響一郎に言われ、灯は胸が潰れそうになる。
「そんな……」
響一郎は灯の反応を気にせず話す。
「俺はそれを望んでいた。灯が新しい番と一緒になるのを見届けて死ぬ……そうすれば俺はαとして死ねる……最期までαとしてΩを幸せにした誇り高き男として死ねる……って思っていたんだよ。それなのに……」
手で顔を覆い、響一郎は泣き出した。
「灯のせいで、俺はαとして死ねなかった……Ωに助けられる、というαとしてあるまじき失態を犯し、俺はここに来てしまった……もう、希望なんて何もない。何の目的もなく、虚しく生きるしかないんだ……」
マスクの奥で苦しそうにしゃくり上げる響一郎に、灯は何も言えなかった。
数年前、灯が響一郎のことをΩの友達に話すとよく言われたことがあった。
「響一郎さんはすごい上流のαなのに、いばっているところが全然ない。Ωを対等に見てくれていてすごいね!」
灯もその通りだと思って頷いていた。
しかし、実際は響一郎だってΩの灯を下に見ていたのだ、と灯は今になって気づいた。
響一郎に圧倒的余裕があったから、それを見せることなく済んでいた、というだけの話だったのだ。
持っていたものを全て失った今の響一郎は剥き出しの姿だ。
Ωの灯を対等に見ているように見せる余裕もなく、ただ灯を見下しながら自分を哀れんでいる……
灯は響一郎を責める気にはなれなかった。
「俺には響ちゃんの辛さは分からないけど……でも、これだけは言える」
灯が静かに話し出すと、響一郎は顔を上げた。
爛れた顔を隠すように手で覆いながら。
「響ちゃんは、死ななくて良かったよ。響ちゃんなしの幸せなんて、俺には考えられないから……たとえ番にはなれなくても、響ちゃんは番だったΩを幸せにできるんだよ」
響一郎は首を振る。
そんなこと聞きたくない、という風に……
「2人でαとΩの番じゃない2人だけの関係を探そう」
灯は響一郎の目を真っ直ぐ見て言う。
響一郎の目が泳ぐ。そんなの受け入れられない、と言う風に……
灯はそれでも構わない、と思った。
生きてさえいれば何とかなる、と灯は思った。
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