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1.檻の中
4.元同級生と元番
しおりを挟むムーは部屋を去る前に灯に服を与えた。
何の変哲もないシャツとズボンだったが、灯にとってはありがたかった。
昔の友人と裸で話をするのは抵抗があったから……
灯は小学生時代に返った気持ちで龍司と話をした。
当時と変わらず、2人並んで座ると明らかに龍司の方が背が高い。床に投げ出された脚も龍司の方がずっと長い。
「俺はずっと龍司に感謝したいと思っていたんだ。小5くらいから俺は学年中に『珍しい見た目のΩ』として目をつけられていたから・・・・・・もし龍司がいてくれなかったらどうなっていたことか」
「まあ、とりあえず襲われていただろうな」
龍司の言葉に灯は頷く。
「龍司が『金髪、青い目のΩは呪いのΩだ。近づいたαやβを呪い殺すぞ』っていう作り話を広めてくれたから、俺に近づく奴は1人もいなくなったんだよな」
「正直『俺のモノにしたい』って思っていたからな。でも、せめて中学生になってから、って思っていたから、どうしたら灯を守れるか真剣に考えたんだ」
真っ直ぐな視線を送る龍司に灯は意地悪な目線を送る。
「龍司、給食室の裏で俺にキスしたよな?」
龍司は顔を真っ赤にする。
「そ、そうだったっけか?」
「それまでは龍司は単に俺のことが嫌いなんだと思ってた。それが違うって分かって嬉しかった」
龍司は苦笑する。
「誰にも本当の灯への気持ちなんて言わなかったから、今でも他のヤツらは俺が灯を嫌いだったと思っていると思う。中学に入ったらこっそり灯と・・・・・・って思っていたのに、親の都合でイギリスに行くことになっちまって・・・・・・」
「今は何してんの?」
「イギリスの大学行ってる。一応医学部」
「すげぇ」
灯の尊敬のまなざしに龍司は照れ笑いをする。
龍司はイケメンという程ではないが、整った顔立ちをしている、と灯は思う。
一つ一つのパーツは小さいが、目も鼻も口もあるべき場所に置かれている。
短髪の黒髪とガッシリした長身体型が爽やかで、そこにαらしい自信とオーラを纏っている。こういう人を「良い男」って言うのだろうな、と灯は思う。
「ところでさ、ムーが龍司を呼んだのって本当?」
話題を変えた灯に龍司は頷く。
「ああ」
「ムーと面識あるの?」
「ないな」
龍司は突然クスクス笑い出す。
「チャットに誘われたんだ。あんな最底辺のΩに呼ばれて最初はびっくりしたけど、話を聞いてみたら灯と会わせてくれるっていうからさ。ラッキーって思って、慌ててイギリスから帰ってきたんだ」
灯は驚いて聞く。
「最底辺のΩってムーのこと?」
「灯は知らないか。あいつは明らかにΩだ。首輪もしてるだろ?」
龍司はニヤリと笑う。灯はその顔に嫌なものを感じる。
「で、でも、あんな堂々としていて雰囲気のあるΩなんて見たことないよ。すごく、αっぽいっていうか・・・・・・」
「そうだろうな」
龍司は意味深な笑みでそう言うと、灯の肩にもたれ、耳打ちした。
「それより、俺と番になろうよ。もう小学生時代とは違うんだ。俺が灯を幸せにしてやるよ。早く俺のモノになれよ」
「俺のモノ」という言葉が灯の胸を引っ掻く。その言葉に少なからず愛情も含まれているから、余計に痛みを走らせる。
灯の眼から透明な水が零れた。
「灯?」
龍司が心配そうに灯の顔をのぞき込む。
灯は慌てて涙を指で拭う。
「ごめん、俺・・・・・・実は2年前まで番がいたんだ。でも、死んじゃって・・・・・・」
「どんな人だったの?」
特に驚く風でもなく龍司は聞く。
「えぇと・・・・・・大企業の経営者一族の長男っていうのが外から見た姿かな。上天神響一郎っていう人……グループ企業の専務をしていた。αらしく傲慢なところもあったけど、正義感が強くて、俺みたいなΩにも向き合ってくれて、お兄ちゃんみたいだなぁって思って……この人とならずっと一緒にいられる、って思ったんだ」
少し間を置いた後、強張った声で灯は聞く。
「知っているよね? 中学校の途中で俺が龍司と連絡絶ってから、俺が何をしていたのか」
龍司も少し間を置いて答える。
「あぁ……ちょっとした有名人だったからな。嬉しそうにみんな教えてくれたよ」
灯は思い出す。
中学校に入ってすぐに初めての発情期が来たこと、ほぼ同時期に大不況が訪れたこと……
もともとΩで不安定な立場で働くしかなかった両親が失業すると、2人は灯に目を付けた。
「お前が体を売らないと家族は生きていけない」と言い聞かせ、灯に客を取るように命じた。
学校に行くのをやめて、ノルマを達成するまで客を探し、ホテルなどで寝た。
初めての人は父親の知り合いのαで、中小企業の経営者だった。
処女好きだったその人には3回で飽きられ、後は手当たり次第に見つけたαやβと寝てお金を貰っていた。
最初は仕方なく、という感じだった両親は灯が貰ってくるお金に目がくらんでしまった。
景気が回復し、とっくにΩでも就職しやすい状況になっていても、両親は働こうとしなかった。
他の家族を知らない灯は、自分が特段不幸だとは思っていなかった。
しかし、このまま家族のために体を売って、年を取ったら自分はどうなるのだろう? と思っていた。
そんなときに出会ったのが響一郎だった。
「たまたま公園で響ちゃんと出会った。響ちゃんは仕事中で、約束の時間までの時間潰しで来ていて、俺がコーヒー買う小銭がないのを見て奢ってくれた……のが始まり。昼間から公園にいる中学生に興味持たれて話しかけられて、それで仲良くなったんだよ」
「灯程の美少年Ωだったら有名企業の御曹司でもモノにしたいと思うだろうな」
龍司は茶化すように言う。
「いや、響ちゃんは俺とする気なんてなかったよ。親に沢山お金を渡して、一人暮らしをする手助けもしてくれて、俺を親から離してくれたけど、その見返りを求めることもなかった・・・・・・俺が高校卒業して、働き始めて、20歳になって、やっと俺を『1人のΩ』として見てくれて・・・・・・嬉しかったなぁ」
灯は目を閉じて響一郎のことを思い出す。
迷いなく灯の背中を撫でる大きな手。
愛しい者を眺める、ライオンのように力強く大きな瞳。
地平線まで広がる草原のような、心地よい低音の声・・・・・・
二度と戻らない者を思い出して、灯の目から再び涙が流れる。
「2年前俺たちはようやく番になったのに・・・・・・その直後だよ、響ちゃんが死んだのは」
「死んだ・・・・・・」
龍司は隣に座った灯の肩に腕を回し、ギュッと抱きしめる。
少しでも、灯の苦しさが軽くなるようにという優しさがそこには感じられる。
Ωにとって番のαを亡くすことはものすごい苦痛を伴うことだ、ということは常識だから、龍司も知っているのだろう。
「海外の工場に視察に行ったときに交通事故に合ったんだ……大型トラックに正面衝突されて、顔も体も潰された後に炎上したらしくて、遺体は見れたもんじゃなかったらしい」
「そうだったのか……」
灯は首輪をしている自分のうなじに手をやる。
「不思議だよね。遠い海の向こうで響ちゃんは死んだのに、ちょうど死亡推定時刻に俺のうなじの噛み跡がスーッと消えていったんだ。それで、俺は響ちゃんが死んだことが分かったんだよ」
「そうか。せっかく番になれたのに、残念だったな」
龍司は灯の肩に回した手に力を込める。
「灯、俺ならお前を幸せにしてやれる」
そう言うと、龍司は半ば強引に灯の唇を奪った。
「んんっ……!!」
驚いた灯は離れようとしたが、龍司は強く抱きしめて離れられないようにした。
何か言おうとして開いた口の隙間から舌を差し込み、ぐるりと歯茎を舐めまわした。
「はあっ……ん……」
龍司は灯の手を握り、口中を蹂躙する。
「んあっ……待ってっ……俺はまだ響ちゃんが……」
龍司の攻撃を躱しながら灯は途切れがちに言う。
「もうお前の番は死んだんだ! 忘れろよ!」
龍司の語気が強まる。
灯はそれでも抵抗する。
「んっ……やめてっ……」
大久保や魚住と違って龍司は灯の幼馴染だから、自分の気持ちに反して抱かれたくない、と灯は思ってしまう。
性別が確定する前からの友達だから対等でいたい、と思ってしまう。
しかし、龍司は強い力で灯を床に押し倒す。
「わざわざイギリスからお前をもらいに来てやったんだ。喜べよ。俺は、お前を正妻にしてやっても良い」
「正妻……」
「『響ちゃん』に比べたら見劣りするかもしれないが、俺だってそれなりの家の長男だ。Ω、しかもΩの両親から生まれた劣等種、さらに路上で身売りまでしていた卑しいΩを正妻にしてやっても良い、と言っているんだ。断る道理のない話だろう?」
灯の上で龍司は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「でも、まだ……」
「何がまだなんだ? お前だって俺と同じ年だろ? 今はまだ若いΩの価値はどんどん落ちていくぞ。いくら番が死んだことを嘆いていても、容赦なく年月は流れる」
龍司は灯の頬を長く太い指で撫でる。
「もう体の方は番を忘れているんだろう? 『早くαと番いたい』って思っているはずさ」
唇の端をなぞられ、灯の体は火照り出す。
龍司の細い目の奥の淫らな炎に、灯は吸い込まれそうになる……
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