泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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聖夜の出来事

第2話 決断

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 その日は、デートを約束していた。付き合って結構な期間になるのに、手を出してこない奥手な彼と。

 実は二十四歳だというのに、私もしたことが無くて、ホテルかしらそれとも部屋に? そんなことを考えて、避妊道具まで買い込んで、鞄に詰め込んで準備……
 サイズ? 何それ、わかるわけないじゃ無い。

 普通の三個パックと、イチゴ味とかストロングとか買ってみた。
 でもなんで味付き?

 でだ、せっかくだし、奮発をしてエステとか行って、二十四日当日。

 時間を過ぎても、あれから連絡が来ない。
 『ちょっと遅れるから、家にいて』
 夕方の早い時間に、彼からそんな連絡が来た。

「店は、十九時に予約だから、仕事が終わってから、大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
「場所はお楽しみ……」
 そう言われていたので、店の場所は知らない。

 お家で、出かける用意をして、テーブルに置いたスマホをじっと見つめる。
 傍らには、彼へのプレゼント。
 
 ―― いい加減遅い。十九時予約なら、もう一時間も過ぎている。予約をしていたって、きっと流れているわよ。

 そうしたら、彼から通知では無くて電話。
「はい。何かあったの?」
 私はうれしさ半分、遅くなったし色々諦め半分で電話に出た。

「うん。実は、本命がうんて言ってくれて、食事をしていたんだ。じゃあ別れよ。じゃあね」
 はっ? 本命? 何それ?

「じゃあねじゃないわよ、どういうこと?」
「えっ鈍いな、君はキープ。悪いから手は出さなかっただろ」
 彼は初心なわけでは無く、二股は嫌われるし、手を出せば別れにくくなるからと、後日説明をしてきた。

「だから、彼女が出来たから、彼女に悪いし、別れよ。じゃねぇ」
 ものすごく軽く、そしてあっさりと告げられる。

「ふざけんなぁ」
 彼氏だと思い、舞い上がって、こんなプレゼントまで買って、恥ずかしいのに避妊具まで……

 私は、思わず一切合切を持ち、玄関を開けて放り出す。

 すると、背後から声。
「流石に迷惑なんで、廊下に荷物は出さない方が……」
 何よと思って、廊下であることを思い出す……

 一気に頭に上がった血が引いていく。
 もう、音が聞こえるくらい、さーっとすごい勢いで。

 すると考えが、クリアになる。
「あっ、すみません。片付けます、つい頭にきて…… お騒がせしました」
 お隣さん、幾度か会ったことがある。
 買い物袋、オードブルとかケーキ。
 いいなあ、パーティなんだ。
 かぁのじょかなあぁ。ついダークな部分が顔を出す。

 彼女いるんだ……
 こんな…… よれた感じだけど、結構良い感じの人?
 ここまでを、コンマ数秒で考え行動。

 転がっていた避妊具。
 ついあわてて拾い、そのまま彼に向かって差し出す。
「あっ使います? これ、まだ新品なので」
 私はしばらく使うことは無いだろう。
 賞味期限のようなものは確認しなかったけれど……

「あっ、ありがとうございます」
 なぜか唖然としていたが、受け取ってもらえた。

 当然、何も起こることはなく、お互いに会釈をしながら、別れたけれど。

 部屋へ戻り、玄関にプレゼントを積んでおく。
 ぽてぽてと戻り、冷蔵庫に突っ込んでた、もしかしたら部屋に来るかもと言う期待で準備をした、オードブルとケーキ。
 ワインやシャンパン。
 つい手荒にドアを閉める。
 そして、卵は無事かそっと開き確認をする。
 ドアポケットを見ると、割れていなかった。

 一旦頭を覚ますため、シャワーを浴びて、化粧も落とす。
 体がつるつる。
 エステの効果ね。
 つい、シャワーを使って、今晩あったはずのことを妄想しながら、少しすっきりする。

 湯船に入り、心を静める。
 だけど静まらない。

 切り替えて……
 明日は仕事。
 平日なのよ。

 もそもそと、フライものを囓る。
 冷蔵庫に入っていたから、冷たくもそもそ。
 脂っこい。

 静かな部屋。

 ワインを開ける。
 チリ産だけど一万円くらい。
 なんか、評価ではなんとかワンに勝ったとか。
 お店の人に、進められて買ったもの。
 普段なら、絶対手を出さない価格。

 ドボドボと、普段使いのタンブラーグラスに注ぐ。
 ワイングラスも買ったけれど、高かったのよ。
 勿体なくて使えない。
 そう、今日のためにボーナスを結構使った、お洋服だって……

 なんか、バカらしくて、涙が出てくる。
 二十四歳のクリスマス。
 最初から一人で迎えるつもりと、上げて下げるだと、ダメージが違うわ。
 きっと忘れられない……
 最悪の記憶。

「あーあっ。皆パーティかぁ」
 わざと声にだして、ばふっとクッションに、もたれ掛かる。
 だけど、その時気がつく……

 お隣さんも……
 音がしない。

 そこそこの防音だから、声は聞こえないけれど、音は聞こえる。
 パーティにしては、静ね。

 こそっと立ち上がり、ベランダへ出て行く。
 複層ガラスだけれど、そこそこ音は通る。
 だけど、音がしない。

 あの買い物を持って、出かける所だったのかしら?
 その時の私、少し酔っていたのよねぇ。
 隙間とかから、彼の部屋を見るけれど見えない。
 じゃまな壁を、ベランダの手すりを使い越える。

「見えない、なんでカーテンなんかするのよ」
 ついそんな事を愚痴る。
 そっと近寄り、カーテンの隙間から覗く。

 すると、なんかバカみたいに嬉しそうな顔をして、真空パックしている姿。
 几帳面に、種類分けをして、向きをそろえて、ほんと嬉しそうに……

 ふと、赤く目立つ半額シールに気がつく。
 ああ、そうか。今日なら半額で買って、小分……
 生活の知恵……

 私はまるっと理解をした。
 彼もまた淋しい人だと。
 生活の知恵を駆使して、一生懸命生きているのだと。
 だけど、その姿がとても幸せそうで、羨ましく見えた。

 そっとベランダから戻ったが、あまりお掃除をしないところ。
 足の裏まで、真っ黒。
 もう一度お風呂に入るはめに……

 そして、酔っ払いの、のぼせ上がった頭で考える。
 一人だけど、楽しそうだったな。
 一緒に、お祝いしないかなぁ?
 なんとなく、一生懸命生活をしている雰囲気にほっとした。
 横に立つ私。

 『見て、今日はいつものスーパーで安かったの?』
 『脂ののった魚だな。脂の乗った君とどっちが美味いかな?』
 『えっ、私太った?』
 『ちがうちがう、脂がのって、君の色気にボクはクラクラさ。いただきます』
 『あんっ』

「でへっ」
 思わず、よだれを拭う。

 そうして、汚れたパジャマを洗ったため、少し薄手のパジャマで隣へ向かう。
 そう、これしか無いから、仕方が無いわよね。

 こんな夜に、一人で過ごしたくないと言う、それだけの理由。
 スイッチの入った、私の欲望のためでは無い。
 相手はどんな人かも知らないし、無防備な格好で。
 襲われちゃうかも……

 だけど、淋しかったのよ。

 私は躊躇無く、玄関のインターフォンを押した。
「寒そうだし、中に入ります? その格好」
 彼は一目見ると、私を部屋へ入れてくれた。

 つい馬鹿なことを言ってしまう。
「隣で聞いていたんですが、パーティやっている感じでもなかったので、ご迷惑かと思いながら、オードブルとお酒…… 一緒にどうですか?」
 ちょっとあきれ顔をされた。

「はぁ、まあどうぞ」
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