泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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実りの秋

第1話 秋なのに、柿の木からモモが降ってきた。

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「どわぁ」
「ごめんなさい」
 柿の木から、桃が降ってきた。

「この柿って、すごく美味しいのよ」
 その子は、満面の笑みでそう教えてくれた。

「そうだろうなぁ」
 剪定に、肥料。
 不定芽と副芽の芽かき。
 手は入れてある。

 もうぼちぼち、出荷の時期だ。
 食うには、もう少しだが。
「食うなら、もっとそっち側。だが柿の木はパキッと折れるから気を付けて……」
 採ってやっても良いが、その子は、綺麗な革靴、綺麗な出で立ちで器用に上がっていくと、カキの実に手を伸ばす。
 そうスカートで……

 おれは、優しさよりも下から見える、めったに見られない光景を選択した。
 家の出荷用に育てている柿を盗んだんだ。
 多少の礼はあってもいいだろう。

 そして、細い枝を踏んで落ちる。
 柿の枝は、太く見えても脆い。

 まあ、下は柔らかいし、高さも二メートルもない。
 怪我などしない……

 ―― したようだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです」
 そう言って、彼女は泣きそうな顔になる。
 こちらを見上げながら、目に涙をためる彼女の顔に、ゾクッとくる。
 惚れたかも……

「痛み止めと、シップくらいならある、家へ来い。そのへし折った枝の分はやるよ」

 そうして、家に馴染まない感じの女の子が家に招かれた。
 年は、大学生くらいか?

「それで、どうして家の柿を盗んでいたんだ?」
 そう聞きながら、右手首と足首両方に湿布を巻く。

 だがそれを聞いて、彼女は驚く。
「盗む? あれって適当に生えているものじゃ……」
「ないよ。下草も刈って、手入れをしていただろ」
 だが、分からない様だ。

「普通手入れをしないと、草だらけになる。それこそ人が入れなくなるくらいにな。そんな所は、完全防備じゃないとダニや蛇がいるし、大変なことになる」
 そう言っても、まだ理解できない様子だ。

「―― まあいい。歩けそうか?」
「いえ……」
 痛いのだろう。表情が曇る。

「家に連絡は、一人なのか?」
「家には連絡をしません。私…… 家出中なんです」
 少しためらいがちに宣言をされて、オレは……

「おう、そうか。頑張れ」
 そんな、とぼけたことを言ってしまった。

 だが彼女は……
「はい頑張ります」
 そう言って表情が明るくなる。

 まあそんな、少し変わった子は、柿の収穫を手伝うということで、泊まることになった。
 まあ実際は、他の物についても、この時期は収穫がある。
 何事も体験だ。

 彼女は、秋にぴったりな名前。美遥みのりと言うらしい。

 風呂が外なのには驚いていたが、農家は外で汚れてそのまま入るから外風呂が多い。
 家の中に風呂があると、玄関で全裸になる必要が出てくる。
 今は一人暮らしだが…… 流石にそれは躊躇してしまう。

「悪いな、着替えになりそうなのは、オレが高校時代に着ていた体操服だな」
「いえ、ありがとうございます」
 着替えとかを、駅のロッカーに入れてあると言うから、取ってくれば良かったのだが、足が思ったより痛いそうで、今日は諦めた。
 怪我が腫れたら、骨にヒビでも入っているかもしれない。
 それなら流石に、病院だな。
「まあ、それならそれで、ついでに駅に寄ればいいか」


「―― なにい。娘が家出?」
「はい。こんなお手紙がお嬢様から……」
『結婚はお受け致します。ですが、少しだけ自由をください。美遥』
「なっ、探せ」
「はい」

 そんな騒動が……


「これは何ですか?」
 箸でツンツンしながら、彼女は聞いてくる。
「フキ」

「これは?」
 箸でつまんで、瓜みたいな切れ端を不思議そうに眺める彼女。
 近くに焦点を合わせると、人間というのは寄り目になるんだな。

「チャーテだ」
 チャーテはハヤトウリとも言うらしい。

 作っていたのは、油揚げと薄切りにしたチャーテを炒めたもの。
 フキはジャガイモと煮てある。
 ニンジンと、鶏肉も入れた。

 味噌汁は、ジャガイモとタマネギ、それに細く短冊に切ったニンジン、そいつを出汁で煮て味噌を入れる。

 後、食えそうな物……
 オレのつまみ……
 親鳥を小さめのさいの目に切り、フライパンで炒めながら、生姜と酒、軽く砂糖、塩胡椒を振る。
 最後、焼き上がる寸前に、フライパンに醤油を回しかける。

「メインのおかずは、啓太。おまえの太もも肉だ」
 そう、啓太と名付けていたオスのブロイラー。
 夏のある日、騒いでいると思ったら、ハクビシンかイタチ…… 何かに食われたようだ。

 小屋に居た他の若鶏や、メス達はきちんと生きていた。
 きっとこいつが、皆を守ったのだろう。

 だから、食うことにした。
 まあ固いしちびちびだが、親鳥は固い分うま味が強い。
 だから、少しずつ小分をして真空パック後、冷凍をしてあった肉を、晩酌のつまみとして使っているが、非常に重宝をする。

「これは?」
「啓太という偉大な奴の、太ももだな」
 そう言うと、彼女は引きつり後ずさった……
 まるでその動きは、ゴキ…… いや。

「ああごめん。啓太は鶏の名前だ」
「鶏…… ですか……」
 ものすごく驚いたようだな。

 味噌汁と、ガス釜で炊いた白飯の味に驚き、その後ジャガイモに驚き、時季外れだがフキに驚いて食っていた。

 そこに出てきたのが、啓太の塩胡椒炒め。
 オレはビールを飲みながら、ひょいひょいと口に運ぶ。
「うん、いつもながら美味い」

 そう言っていると、彼女も一切れを口に放り込んだが、んんっという感じで噛み始める。
 だが、永遠に咀嚼が、止まらない。

「美味いだろ」
「ええ、美味しいですが……」
「それだけ噛むと腹が張るだろ、高タンパクだしダイエットに良いぞ」
 そう言うと、ジト目で睨まれる。

「セクハラですよ」
 そう言った後、自分の脇腹をぐにぐにしていた彼女。

「別に君が太っていると言ったわけじゃない。君は、俺の人生の中で一番かわいくて美人さんだ」
 俯いていた顔がこっちを見上げる。
 真っ赤になって……

「えっ…… それって口説いています?」
 真顔で聞かれて、ドキッとする。
「さあ、どっちだと思う?」
 そう言うと、彼女はふくれ面になる。

「意地悪ですね」
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