泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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真夏の夜にありそうな話し

第1話 淋しい男と、淋しい女の出逢い

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 それは、本当の偶然。

 ビアガーデンに並ぶ列の脇。
 スマホを片手に、同じ様な年頃の男女が叫んでいる。

 男は、仕事帰りのサラリーマン。
 馬路目 翔まじめ しょう二八歳。
 営業さん。
 電話相手は、同じく営業だが、法人担当。
 古志野 啓博こしの けいはく二五歳。

 元々は、啓博が飲もうと言い出したもの。
 翔がなぜか予約を取り、きっちり時間一〇分前に来た。
 このために、納品を遅らせて、来週早々大忙しだ。

 方や、コミュニケーションアプリで、チャット中。
「またあの子は…… まさか、忘れているんじゃないわよね」
 文章を送っても、既読すら付かない。

「ふざけないでよ、予約をして、チケットはあんたが持ってんでしょう」
 苛つく女。

 怒る男。
「馬鹿野郎、なんだよそれ。此処でナンパしろって?」
「わりい先輩、そっちへ行く途中に飲みに誘われちゃって」
「お前、先約は俺だろ」
「いやあ、やっぱり飲むなら女の子の方が。そんじゃあ」
 ぶちっ。ツー。

「っざけんなよ」
 つい、怒鳴る翔。

 そして、見ると目の前で驚いている女の人。
 うーん好みではあるが、微妙な感じ。
 かなり、おとなしそう。
 目が合った瞬間にそんなことを考えるが、そんな場合では無い。

「すみませんでした。別にあなたに向かって、怒ったわけではありません」
 そう言って、頭を下げる。

呑戸 好美のむと このみ。彼女は二五歳。
 さっきぼやいていたように、チャットの相手、須玖 紀子すぐ のりこ、二五歳がここを予約をした。

 前にいる男がドタキャンされて、ナンパしろだと? などと叫んでいたのは聞いていた。
 そのあと、ふざけんなの声に驚いたが。

 謝られてまた驚く。
「いいえ。気にしていませんから」
 彼女はそう答えた。
 その手元からも、『ごめーん』とスタンプが鳴く。

「えっ」
『デートすることになったから、もう行っているならごめんねぇ』
 ごめん。ドタキャンです!! などというスタンプまで。

 好美は、翔が感じたように引っ込み思案で、いつも少しおどおどしている。

 こんな状態なら、ふつう諦めて帰る。
 だが、このために彼女は、三日ほど禁酒をした。

 空は好天、夕焼けはそこまで来ている。
 周囲に立ちこめる焼き物の匂い。
 あっ、諦められるかぁ……

 考えた末、当日券を買うために並ぼうとするが、日が悪すぎた。
 当日券完売の文字。

 それを目で追っていたのは、翔。
 好みではない。だが……

「すみません。俺も相手がドタキャンで。ナンパされてくれません。私こういう者です」
 ピシッと名刺を渡す。

「あっ、さっきの…… えーと営業さん。この会社、名前を知っています」
「弊社をご存じで。ありがとうございます。それで……」
「えー…… はい」
 好美は嬉しい反面、警戒もする。
 だが口が勝手に、ハイと言ってしまった。


 飲むと押さえている本性が出る。
 そう元々、おとなしい性格ではなかった。
 どちらかと言えば、思いついたら行動とか、言ってしまうタイプ。
 そのため、幾多の試練と騒動を起こした。
 主に、対人関係で。

 最悪なのは、高校生の時、死んでも良いくらい好きだった男の子がいた。
 彼は、クラスで人気があり、誰もが、そう誰もが狙っていた。

 ある日彼女は、決心する。
 部活が終わるのを待ち伏せていると、彼はなぜか、教室へと行ってしまう。
「あれ? おかしいな」
 そう思いつつも、今日は大安。絶対告白をする。
 それだけを思いながら、後を付いていった。

 二階から三階へ??
 この学校、三階は、特別教室が並ぶ。
 見失ったが、声が聞こえる。

「やっぱり気合いが入ると、興奮が収まらなくてな」
 ぼそぼそと声が聞こえた。

 普通ならやめる。
 だが、彼女は違う。
 扉を開けたぁ。

 彼はいた。
 だが彼の下半身は、脱がされ。そこに食らいつく女。
「それって…… 何をやっているのぉ??」
 叫んでしまう。

 当然、その女の子は、
 驚いた。
 噛んだ。

 彼は、
 蹲った…… 
 そして、彼は、動けなくなった……
 滴る血と涙……

 事故は、事件となった。
 彼と彼女は、停学と入院。
 受けたダメージは、かなり深かったとか……


 その後大学でも、手紙で告白すれば、なぜか晒され、就職後気に入った人に告白をしようとすると、その彼はデートの待ち合わせだったようで、丁度影になったところに彼女さんが立っていた。半笑いで……

「この人、私の彼なの。悪いわね」
 そう言って……
「あっいえ…… すみません……」


 そう、なんと無く運が悪い?
 いや間が悪い?
 下調べが甘い?
 様々あるだろうが、この時にはすでに自信など何処にも無かった。
 それが表に出て、化粧も乗らないし、酒でむくんで良くない感じが漂っていた。

 そう人間としては、脂がのっているのに、人生としては最悪な時期。
 それが今日だった。

 だが環境が、体が全開で飲むことを求めている。
 相手も、初ナンパ。
 自分のこのみとは、少し違うけれど、そう、真面目そう。
 多少緊張しながら、ゲートをくぐる。


 
 こっちで話がまとまった、四〇分ほど前。

「うざー。顧客だからってあの課長。十個って書かれたら十箱持っていくだろ普通…… 何が持って帰れだ」
 古志野 啓博こしの けいはくは、ビアガーデンに向かっていた。
 金がないため、後日払いで飲もうとして。


 須玖 紀子すぐ のりこ、二五歳は、フラれたうさを呑戸 好美のむと このみにわーと言って晴らそうとしていた。

 彼女は、大学の時に学生向けマンションで部屋をシェアしていた相手。
 この時期そういうのがあった。
 セキュリティの高いマンションへ安く入居出来る。
 トイレとか、風呂は共有となるが、気にしないなら関係ない。
 管理者側は、どちらかが残っていれば家賃の取りっぱぐれが無い。
 そう人が減った町とかでの、苦肉の策。

 これから若者が減り、年寄りが増えれば、個人貸しは結構リスクとなる。
 事故物件の増加はいやだ。

 まあそんなマンションで、四年暮らした仲だ。
 だけど、向かう途中、獲物を見つける。
「だーれだ」
「その声は、紀子か…… またフラれたのか?」
「そう、チケットがあるの。飲みに行こ」
「あーまあ。仕方ないなぁ……」
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