泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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日常に潜む出逢い。

第3話 デート

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「えっ。じゃあ、彼女。入院中なんですか?」
 こっくりと頷く咲良……
 彼女の名前は、偶納 咲良たまの さくらと言うらしい。

 車は駐車場に置き、悩んだ末。
 地の魚とかを扱う、居酒屋さんへ入る。

 俺は車なので飲まないが、彼女は飲めるようだ。
「いやあ、残念ですが、今度また来たられた時は、町中で待ち合わせて飲むようにしましょう」
「じゃあ、連絡先をお願いします」
 とか言って、連絡先の交換。

 そして、最初っから気になっていた、振り込みではなく、なぜ態々わざわざこちらへと聞いてみた。
「それがあの子、訴えられまして……」
「はっ?」
 聞くと、車とぶつかりそうになり、言い合いの末。相手を殴ったらしい。

「それで、逃げようとして、別の車にはねられまして…… 大腿骨骨折だいたいこつこっせつをして、いま抜釘術ばっていじゅつ受けて、入院中です。それでまあ、今回、私が委任状を持って裁判所へ出頭をして…… 帰りに近くへ来たことだし、寄ろうかと思いまして……」
「それは…… ご苦労様です」

 鬱憤が溜まっていたのか、彼女は結構飲んでいた。

 ホテルに送り、部屋へ彼女を連れて行ったが、帰る間際。
 いきなりハグをされる。
 少し離れて、顔を見る。

 赤い顔。
 揺れる瞳。
 今度はこちらから、軽くキスをする。

「明日、起きられたら連絡をください。うどん屋を案内します」
「はい。起きられなくても、チェックアウトの時間があるので、連絡をしますね」
 そう言って、彼女は笑う。

 もう一度、キスをして、その後…… 部屋を後にする。

 おれは、少し舞い上がっていたのか、わずかにロビーに残る人に変な顔をされる。
 よほど、にやけていたのだろう。
 人が人を好きになるのに、かかる時間は七秒とか言うが……

 翌日、九時過ぎに連絡が来る。
 俺は朝から、休みの電話を入れて、ホテル近くのファミレスにいた。
「五分で行くから、降りてきて」
 そう言って、迎えに行く。

「おはようございます。今日って、考えれば平日ですよね」
「うんまあ。忙しいとき以外は、うちの会社って、自由だから」
 そう、社長は休みについては、予定通り製品ができていれば文句を言わない。言ってしまうと、自分がゴルフで休めなくなるから。

 一度駅に行き、荷物を預ける。
「お腹は?」
「朝食も食べられました。元気です」
 期待と違う返事が来た。
 食べていなければ、朝からうどん屋もやっているから、行っても良いと思っていたのだが。

「じゃあ、観光だな」
 近くの栗林公園から回り、屋島へ。
 水族館から、屋島寺の境内を通り、駐車場へ帰るついでにお参りをする。

 彼女が、柏手を打とうとするので止める。
「柏手は神社」
「あっ、そうなんですか?」
「ええ、そうです」

 手を合わせて、拝み一礼する。
 お守りを買い、車に戻る。
 未だに、裏の土産店に、木刀を売っているのが謎だ。
 昭和の時代には、修学旅行に来ると皆買ったそうだが。

 セルフのうどんと思ったが、源平合戦のあった、壇ノ浦湾を挟んだ対岸。五剣山。高松市牟礼から八栗寺を結ぶ、八栗ケーブルカーの手前にあるうどん屋さんへ行く。

 由緒がある屋敷と庭。
 江戸時代後期から、大正、昭和初期の複数の建造物が国の登録有形文化財になっているらしい。

 少し高いが、美味い。
 当然だがセルフではなく一般店。
 店員さんに注文をする。

 天ぷらとかも絶品で、仕事がらみで人と来る時にはここを使う。
「美味しいですが、熱いので気を付けて」
 頼んだのは釜ぶっかけ。
 釜揚げの麺に、醤油出汁を掛けるタイプ。
 薬味は付いてくるので、好みで入れる。
 釜揚げとは、麺を茹でた後、水で締めていないもの。

 熱いと言ったのに、ぱっくりと食べたようだ。
 彼女が踊りだす……

「熱いです……」
「うん。熱いよ」
 涙目の彼女にお水を渡す。

 そうそう、この店は、北海道出身の有名人が、お四国を回っていたときに『うん、うまい』と言って、八十八番に行けなくなった原因じゃなかったか? 『飛行機の時間にまにあわねぇ』とか言って……

 まあ、八栗寺には行かず、俺達は少し遠い、動物園に行く。
 私営なので少し高いが、動物とふれあえる。
 餌のバケツを買い、園内を回る。

 羊やポニーだけではなく、ゾウやキリンにも餌をやることができる。
 意外とハマったようで、はしゃぎまくる彼女。
 時間により、ひよこと戯れることもできる。

 結構時間が経ち、帰りに、クレーンゲームでぬいぐるみを取る。
 そして店外には、禁断のお土産屋さん。
 小さな店なのに、三十分以上うろうろしていた。

「あー楽しかった。あの黒い羊さんは怖かったけど」
 羊の丘。その奥にいた黒い羊の集団。餌を求めてひたすら追いかけられた。
 くるっと巻いた角と独特の目。そいつが無表情で追っかけて来る。あれは怖い。良くある悪魔の絵。あれが、追いかけてきた。一発で記憶に残った。

 高松へ帰るその道中。
 彼女は大はしゃぎだった。
「もっと他にも、見せたい所があったんだけどね」
「そうですね。楽しかったから、余計に淋しいと言うか……」

 夕食の後、彼女を見送る。
 本当は、東京まで送ろうかとも思ったが、高速道路を東京まで送るには車の性能が不安だった。
 これも、給料が安いのと、ゴルフのクラブセットを買った弊害だ。

 手を振りながら、別れを惜しむ……
 こんな寂しさは、何時以来だろう……
 なにか、心に、ぽっかりと穴が開いたような……
 そう、その時俺は、人生最大の虚無感を感じていた。

 だがそれは、彼女側。
 偶納 咲良たまの さくらも感じていた。
 バスの窓から、手を振る良人の姿。
 それが、景色の流れと共に見えなくなった後、空虚さが心の中に広がる……

 妹の美恵みえが馬鹿なことをして、いつもの様に先方に謝るだけ。
 それだけの旅だった……
 だけど……

 そっと、スマホを取りだして、今日できた記憶を指で捲る。
 寂しさと、涙が静かに頬を伝う……
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