泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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重なってしまった縁

第6話 答えは出ない

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「紬。帰るわよ」

「うーんやだ。お母さん帰っていいよ」
 その時の文乃の表情は、なんといったら良いのだろう。
 愕然がくぜん驚愕きょうがく。落胆。そんなものが混じり合ったような不思議な表情。とにかく彼女は狼狽ろうばいして、聞いてくる。

「あんた達、まさかそんな関係なの?」
 そう聞かれて、紬はきょとんとしている。

「お前の思っているような関係じゃない。すぐドロドロした恋愛思考に走る」
「放っといて」
 むーと腕を組み、考え始めた。

「紬。あんたコイツのことが好きなの?」
「好き? 好きって言うのと少し違う気もするけれど…… 好きなのかなぁ」
「ライクかな?」
 危なそうなので、フォローする。

「なら良いわ」
 話を振って、紬は置いてきぼり。

「結局、夢は叶ったんだ」
「何とかね。ぶら下がっている状況だが、何とか食えている」
「あの後、就職はしたの?」
「いや。バイトと派遣。賞を取ってデビューしても、しばらくは続けた。今は、ライターの仕事もあるからな」
「そうなんだ」
 そう言いながら、彼女は室内を見回す。

「家よりは、良い暮らしね」
 ぽそっと、紬がつぶやく。

「悪かったわね。色々必要なのよ」
「大学の入学品とか、準備するものとか金は幾らでも必要だし、学費も必要だろ」
 そう言うと、紬は納得をした様だ。

「ごめんなさい」
「良いのよ。親としての義務だし」
「で、松田さんと結婚するの?」
 紬にそう聞かれて固まる。

「―― したいと思っていたのよ。ずっと探していたし。見合いのように結婚して、紬が生まれたけれど、ずっと心にあったし」
「ずっと、お父さんに文句を言っていたものね」
 紬が、嬉しそうに突っ込んでくる。

「大人になると、色々あるのよ」
 そう言って、黙ってしまう。

 その時、文乃は考えていた。
 律の夢を応援して、アルバイトのフォローを自分が出来たのか? たぶん、いい加減諦めて、就職をしてと叫んだだろうと。
 子供が出来れば、なおさら。

 夢を追いかける旦那の世話と、子供の世話。そして金銭的なフォロー。どこかで潰れるだろう。想像は付く。

 いい加減、結婚をしろとやかましく、勝手に話を持って来た両親。その後は、子供はまだかの大合唱。

 この二十年を振り返ると、今の状態がベストだったかもしれない。

「作家になったのは何時?」
「三十くらいかな」
「そう……」

 その頃には、子育てと、向こうの親との付き合いで疲れ果てていた。

「私と一緒じゃ、駄目だったわね。きっと」
 そう口に出してしまう。

 その時には見えなくても、今だから見えるもの。
「そうか?」
「今からなら、OKよ。紬も大学生だし」
 そう言われて、なぜか、ビクッとしてしまった。

 俺の中では、今更とい気持ちが強い。心の中で恋愛としては終わっている。
 これは困った。

「紬も懐いているみたいだし。ねえ紬」
「むー。なんかやだ」
 紬がまたかき混ぜる。ライクじゃ無かったのか?

 だがどうだろう。おれの気持ち的には、紬の為なら頑張ろうという気が……
 じっと、文乃に見られると、心の奥底を読まれるような気になる。

「本気なの? わたしの娘に?」
 彼女の後ろに何かが見える。

「あなたも四十二歳。男の方が、寿命が短いし」
「待て、なんの話しをしている?」
「なんのって? あなたがさっき考えたこと。違うの?」
「何も思っていないぞ」
 そう言うと、じっと見てくる。

「嘘ね。紬を見て引かれた。あたしのことが、気持ちの中にあったから? そうよね」
「いや。図書館で出会って、たまたま話し始めたからだ」
「そうかしら? 若いわたしとやり直せたら。そんな事を考えなかったと?」
 そう言って、また、じっと見られる。

 言うとおり、すぐに気が付いた。
 仕草や行動。
 似ていると。

 だがそれは、切っ掛け。
 文乃の事を思って、紬を見たわけではない。

「紬は、紬だ。お前じゃない」
「そう、あたしのことが嫌いだと?」
 よく言われる、困る台詞。

「そうは言ってないだろう。それに、その言い方は卑怯だな」
「悪かったわね。思い出と現在のわたし。幻滅をされたのかと思ったわ」
「年を取ったのはお互い様だ」
「そうね。男はずるいわ」

 とまあ、化かし合いが続く。
「おじさんと、会えなくなるのは嫌」
 そう言いながら、俺の横にやって来る紬。

 その行動に驚いたようだが、導かれた言葉は、紬を刺激する。
「この子、中学校の時に父親を亡くしたから、少しファザコンなところがあるのかしら?」
「ちがう。お父さんは好きじゃ無かった」
 そう言った紬の頭に、ぽんと掌をおく。
「そんな事、言うもんじゃ無い」
 ついたしなめてしまった。

「だって」
 そう言って、ゴロゴロと、懐いてくる。

 それを見て、文乃は頭を抱える。
 だろうな。
 俺だって、どうすればいいのか判らない。
 なんとなく、文乃の気持ちも分かる。

 付き合っていた男が自分の娘と引っ付く? それは悪夢以外のなにものでも無い。
 結局、俺は問題を先送りにすることに決めた。

「再会してすぐに、結論を出さなくても良いだろう」
 そう言うと、人のことをじっと見てくるが、そう思ったのか。
「そうね」
 短く返事が来る。

「これ御礼のお菓子と、病院代」
「お菓子は、まあ頂くが、病院代は良いよ」
「そうね。かわいい紬の為だし」
 彼女は、とげとげの言葉を残す。

「帰るわ」
「紬も今日は帰れ」
「えー。まあ良いか。じゃあね律さん」
 少し赤い顔で彼女は言った。


 だがそれから、文乃からもコミニケーションアプリ経由で連絡は来るし、日に日にやって来るようになった。

 そして、なぜか三人で暮らす家を探す羽目になった。
 大学に近いところで……

 俺の理性が切れるのは、何時だろうか……

----------------------------------------
 お読みくださり、ありがとうございます。

 お母さん参戦からの、紬の心に起こった変化が、もう少し書き切れなくて心残りですが、これが、今のわたしの実力でしょう。
 もっと勉強をします。







 後日談。
 ちなみに、一緒に暮らし始め、母と娘で私を選んでアピールがすごく、文乃は昔の関係を盾に、「どうせ幾度も見られたし」そう言って、一線を越えて迫ってき始めた。

 だがそれを見て、紬はぷっつん来たようだ。

 押しに負け、紬と結局結ばれることになった。
 それを言ったら、文乃は血の涙を流した。
 そして、「最悪だ」と呪いの言葉を漏らす。
 だが、結局、娘の幸せのため身にを引いた。

 俺から考えても、関係としては最悪だが…… 奴は、嫌がらせの様に、家からは出ず。
 ただ、柱の向こうから、じっと見守っている……
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