泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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重なってしまった縁

第5話 混沌

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「まだ来ていない?」
「来てないわね」
 おかあさん。すごく、気合いが入って、図書館では浮いている。

 スーツスカートでそれは良いけれど、ヒールの音が館内に響く。化粧もバッチリ。
 もしかして、お見合いのつもりとか?
 お父さんが死んで、もう六年。
 四十二歳…… あー我が母ならありえる。

 そんなことを考えてしまう。


 紬ちゃんを送ってから、久しぶりに更新をして、つい今日の出来事で新メンバーを入れてしまった。

 すると、その晩、彼女からメッセージが来る。
「病院代のことで問い詰められて、おじさんのペンネームだけ言いました。五年前から見知っていることと、プレゼントを貰ったことも。流れでバラしました。この週末。お母さんと図書館で待ち伏せします」

 それを見て、悩んだ。
 あまり大げさにしたくは無いが、関わりができた以上、親御さんにも会っておくべきかとも思う。
 娘の周りにオッサンがうろついていると、逆に拒否されるかも知れないが、その時は、県立の図書館へ行こう。あそこは距離があるから、彼女は来ないだろう。

 その日は、いつもよりまともな、営業用ジャケットを羽織っていく事に決めた。


 そして、怪しい行動を取る二人はすぐ見つけた。

 図書館内で、コントをしていたのですぐに判った。
 そして、年を取り少し変わったが、見たことのある顔……

「これは参った」
 仕草が似ているはずだ、やっぱり親子か。

 入り口で悩んでいると、紬に見つかった様で、嬉しそうにやって来る。
 そう、母親である文乃の手を引き。

 覚悟を決める。だが俺は、この時点でもまだ、似た人であってくれと考えていた。

 だが、やって来る文乃の顔が、すました顔から変化をする。
 いぶかしげな顔へと。
 記憶の中と今の俺の顔。それをすりあわせをしているのだろうか?

 お互い、二十年の時間が経っている。

 おれも、まさかと思っていなければ、文乃だと気が付かなかっただろう。
 そう、それほど、紬は若い頃の文乃に似ていた。

「初めまして、御崎です」
 そう言って握手を求める。
 努めて、真顔を崩さずに。

「滝沢文乃と申します。このたびは娘が、お世話になりまして申し訳ありません」
 名前を言った時の、俺の表情をしっかり観察をしていた。

 確信をしたのか、握手をした手は、万力のように握りしめてくる。

「紬。少しさんとお母さん話をしたいから、席を外さない?」
 その変な雰囲気を感じたのか、彼女はすぐに返事をする。
「外さない。お母さんおじさんと知り合い?」
「多分ね。ずっと探していた人。半分諦めていたけれど、ねえ。律?」
 やっぱりバレたようだ。

「久しぶりだな。文乃」
 そう答えると、彼女は真っ赤になる。

「何処の世界に、ちょっと喧嘩しただけで、一週間もしないうちに引っ越しをして、電話まで変えるバカが居るのよ。あのとき、私がどんな気持ちだったか分かる?」
 もうぼちぼち、商売道具の右手がやばい。軋んでいる気がする。

「あー、少し目立つから、場所を変えよう」
「―― そうね。逃げないで、そこにいて」
 そう言い放つと、本を片付けに行ってくれた。
 何とか、右手は大丈夫だ。近くに奴の病院はあるが、行かなくてもすんだ。

 戻るときの、紬の不安そうな顔が気になったので、軽く手を振る。

 まあ逃げられない。諦めて、ファミレスにするかサテンにするか考える。

 戻ってくるなり、文乃は俺の腕を取る。
「そこのファミレスでも……」
「お家に行きましょ」
 紬がマンションを指さす。

 そう、逃げる場所など無かった。
「良いのか。何もないぞ」
 二人とも頷く。

 きっちり腕を組み連行される。

 そして、俺の部屋へ。
 文乃はホールからずっと、キョロキョロと周りを見回している。
 部屋に入り、座らせるとやっと腕が解放されて、少ししびれを感じる。
「コーヒーか御茶しか無いぞ」
「コーヒー」
 すかさず、文乃が答え、紬は少し考えた後。
「私もコーヒーを」
 そう答えた。

「問題は、フレッシュが無いが良いか? ザラメなら料理用があるが」
「良いわよ」
 多少、機嫌が悪い文乃が答える。

 コーヒーメーカの立てるポコポコという音しか聞こえない。妙な静寂が場を支配する。

「サイフォンはやめたのね。あんなに拘っていたのに」
「面倒になってね」
 また静寂が戻る。下手に防音が効いたこの家が、悪手に思える。

 何とか、コーヒーを入れ、二人の向かいに座る。

「さて……」
 と言い出そうと思ったら、紬から爆弾発言が来る。

「松田さんが、本当のお父さんなの?」
 文乃と二人固まってしまう。

 おもわず、指折り数えようとしたら、「違うわよ」と文乃から答えが出た。
 なぜか、落胆する紬。

「この人はそうなる前に逃げたの。そうあっさりと。私も全面的に否定したわけじゃ無く、就職をして作家を目指すのをすれば良いと思ったのに、時間が取れないとか、うだうだ言って。喧嘩して、一週間後に部屋に行くともう居なかったのよ」
 そう言って睨まれた。

「あなたなんか、もう知らないと言って、出て行ったのはお前だろ?」
「あの場の勢いよ。あの後、わたしがどれだけあなたを探したか知らないでしょう?」
「知らん」
 なぜかまた、静寂が場を支配した……
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