泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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七年後の約束と、二十七年目の彼女

海での約束 母の遺言

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「あそこの岬には、海蝕洞窟があるのよ」
 まだ中学生の時、母が語ってくれた昔話……

 抗がん剤の副作用で、すっかり痩せてしまった。
「お父さんには内緒」
 そう言って、お母さんは初恋を語ってくれた。

 お母さんは、父と母を、車の事故で亡くし、父方の実家でお葬式をあげた。
 その時に親族の中で、子供の頃の度胸試しが話題に上がった。

 だけど、幾人か亡くなって、危険だからと潜るのは禁止されているらしい。

 でも到着が出来れば、幻想的な光景が見られるとも聞かされ、お母さんは興味を持ったようだ。

 ある大潮の干潮時、意を決して潜ってみる。
 岩で怪我をしないように、ロングシャツのワンピースを着て。
「あれは間違いだったわ。水を吸うと、重くて泳ぎ辛くて」
 そう言って、笑っていた。

「死ぬ気で泳いで、たどり着いた先には、神話の世界があったの。天井の隙間からカーテンのように差し込む光。そして、反対側ではコケかな。日本にはツチボタルは居ないから…… それはもう綺麗で……」
 そう言って、うっとりした顔。
 そして何かを思い出し、血の気が薄かった顔に朱が刺す。

 そして、小声で教えてくれた。

「お父さんには内緒よ」
 そう言って。

「その洞窟で感動していると、水音がして、あわてて隠れたの。するとね。水から出てきたのは、目がくりっとしてまだ中一だって言ったけれど、かなりかっこいい男の子。つい、声をかけてしまったの。驚かしたのか、彼が言った言葉は『中一』だけだったけれど、それがまた、なぜか心に刺さって。そうね。あれが初恋だったのかも。一目惚れね。幻想的な空間で偶然の出会い。格好を付けて七年後に会いましょうなんて台詞を残して、恥ずかしくて飛び込んだけれど。また、ワンピースが重くて死にそうになったわ……」

 体力がなく、あまりしゃべらなくなっていた母が、その事は一気に語ってくれた。
 海蝕洞窟から、直ぐ脇に、えぐられた隧道のような岩があるらしく、そこを通れば楽に行けるとの事。
 これも引き潮の時だけらしい。

 彼を、学校で探したが居なくって、きっと岬の反対側の地区に住んでいるのだろうと言っていた。

 それから事あるごとに探したが会えず、七年後の時は海が荒れて行けなかったとのこと。

 心の中では引きずっていたけれど、お父さんと出会い結婚。私が生まれた。
「お父さんに似ず、私にそっくりだから美人よ」
 母さんは、よくそう言っていた。

 母が亡くなって、その事は忘れていたが、二十になった事を墓前に報告をしに来て、ふと思い出した。
 カレンダーで、確認して、大潮の干潮。

 時間を合わせて、行って見た。

 隧道らしき道も分かった。
「言っていたとおり」

 お母さんの反省を生かして、薄手のガウンタイプ。

 潜ってみる。
 意外と距離は短く、水面に光が見え始める。
 浮き上がって、見上げると、母さんが言っていた幻想的という言葉を理解することが出来た。
 光のカーテンと星空。それが一つの空間に共存をしている。
 美しさに腰を抜かし、岩棚にへたり込む。

「これを、お母さんも見たのね」
 つい涙がこぼれる。

 すると、いきなり水面から男の人が顔を出す。
 男の人。でもかっこいい。

「久しぶり」
 そう声をかけられて理解する。
 この人が、中一だった。そう、初恋の相手。
 おかあさんて面食いね。

 でも、お母さんが亡くなったことを、伝えた方が良いのかしら? ううん。言葉を交わしたのは、少しだけだと言っていた。

 なら、言わなくて良い。
 そう判断した。でも、悲しくて……
 つい抱きついてしまった。

 この人と、二十の時に再び出会っていれば、お母さんはきっと結婚をして。
 生まれたのは私ではないかもしれないが、今とは違う幸せがあったのかもしれない。

 そんな事を思いつつ、この人を求めてしまった。
 きっと好みも、お母さんに似ているのよ。

 話からするともう四十歳くらいだけれど、幾度も求めてくれる。やっぱりこの人。お母さんを好きだったんだ。
 そんな確信めいた気持ちが、私の中に生まれ、少しお母さんに焼き餅。

 ごめんね。お母さん。
 流石に無理だったのか、彼は眠ってしまう。
 あどけない寝顔。
 これで、お別れそう思い、キスをする。

 お母さんと私。初恋の人。そして、初めての……

「さようなら」
 火照った体に、水が気持ちいい。

 それから、彼に会うことはない。
 大事なものを貰ったからいいの。

 お墓から、母が睨んでいる気がするけれど、後悔はないし私は幸せ。
「帰るよ。おばあちゃんにバイバイってして」
 そうして、二人。手を繋いで家に帰る。

 母のお墓は山側にあり、夕日で赤く染まった世界を、海に向けて歩き始める。そう雄大で広い方向へ。


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 お読みくださりありがとうございます。
 えー倫理的突っ込みは、無しでお願いします。
 きっと幸せの形は、様々ということで。
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