上 下
102 / 186
春の一日

第3話 愛実は暴走する

しおりを挟む
「ごちそうさまでした。お礼のつもりで入ったのに。結局出して貰ってしまって」
「ああ。いいよ。妹さんのためにも頑張ってね」
 そう言って、彼は踵を返す。

 愛実は、その時ひらめいた。
「あっ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「ひょっとして、中山さんて一人暮らしだったりします?」
「ええ、まあ」
「普段、晩ご飯て、どうしているんですか?」

 などと話していると、店の中に居た奴らが出てくる。
 そう元カノの連れ連中。

「見間違いかと思ったけれど、やっぱり、直弥さんじゃない。その子彼女?」
「あー、いや……」
 彼の言葉を遮り答える。
「はい、そうです」
 思わず口をついて出た。

「あっ。おい」
 中山さんが焦っている感じだけど、彼女に取られるのはいや。
 私が言うことでも無いけど、この人嫌い。

「何でよ。怜子と別れたって言うから待っていたのに。連絡をくれないと思ったら、ひょっとして、二股だったの?」
 いや、別れてから、もう一年も経つんですが。
「付き合いだしたのは、今日からです。中山さん真面目な方ですから」
 そう言ったら、意地の悪い笑みを浮かべる。

「中山さんねぇ。確かに付き合いが浅いのは分かるわ」
 言っている女の人は、私から見ても美人系。
 だけど化粧の技ね。目も眉もすべて偽物よ。
 きっと化粧を落としたら、中山さんは驚くと思うわ。
 私はナチュラルというか、化粧をほとんどしていない。
 引くことはできない。訳の分からない意地の張り合い。

「こんなガキっぽいタイプは、好みじゃないでしょ?」
 ――そんな事と、言おうとしたら、横から声が聞こえる。
「まあ、そうなんだけどね」
「やっぱり」
 その言葉で、愕然とする。

「――だけど、なんだか気になってね。興味を引かれたというか、守ってあげたいというか。怜子と付き合っていた時みたいに、気取らなくて良いのが良い」
 うん? これは褒められているの? 彼がそんなことを言ってくれた。

 彼がそう言うと、彼女は、真っ赤になって駐車場の方へ向かっていった。
 連れの女の人も、あわてて追いかける。

「えーと、すみません。なんだかあの人、不得意な感じでついむきになって」
「うーん」
 謝る私を、そう言ったまま彼は、じっと見てくる。
 微妙にてれて、つい目線をずらす。

「困ったね。彼女候補に振られてしまった」
「えっ、あの人が好きだったんですか?」
「いや。好きか嫌いかなんて言うのは、後から付いてくるタイプなんだ。気にいったか気にいらないか、そこから恋愛を始めるタイプでね」
「それって、何か変わっていますね?」
「そう? まあ冷たい人だとは、別れる前には言われる。――さてと、どうしようかな。図らずも告白を受けたし。さっきの問いは、自炊もするし外に食いに行くこともあるが答えだ」

 告白。そうだ告白しちゃった。それも私から。

「えーと勢いと言いますか、つい」
「じゃあ、嘘だったのか?」
「あーいえ。嘘じゃないです」
「じゃ良いじゃ無い。試しだ、付き合ってみるか?」
 また、じっと見つめられる。

「えーあーうー。はい」
「じゃあさっきの服屋に行って、君が買うのをためらった、デニムやシャツも買おう」
「えっ。いや、そんなつもりで」
「さっきも、彼氏だったら買ってやれるのにと思って、やきもきしたんだ。お礼は、晩ご飯まで付き合ってくれるんだろう?」
「あっいや、そんなつもりは、あーいえ。多少あったんですが」
「じゃあ行こう」
 そう言って手を引かれて、さっきの店へと戻る。

 私がためらっていた物を、よくぞ覚えていたという感じで、カゴの中へ放り込む。
 なぜかサイズまで把握されていた。

「お礼は…… そうだな、よく知るために、君を見せて貰おう。夕飯は僕が作ろうか。酒は飲める?」
 君を見せてがあんな意味だったとは、この時は予想できなかった。

「ええ、まあ」
 うんうんと頷く彼。
「魚と肉どっち?」
「魚」
 どっちと聞きながら、答えたら嫌そうな顔になるって。
「魚? 僕は不得意だ。鶏肉は?」
「なら、大丈夫です」
 そう言いながら、食べられそうな、ヒラメとかを買い込み、鶏肉と味のくらべっこをするそうだ。
 互いにそんなことを暴露しながら、夕飯の買い物をしていく。

「箸とナイフどっち?」
「お箸で」
「良し、両方だそう」
「どうしてですか?」
「聞いてはみたが、あらかじめ切ると、どうしても、うま味が逃げる」
 変に拘るらしい。

 料理の上に、グリルされたチキンやヒラメの上に、赤い糸のような物が乗せられていた。
 飲みに行った先で見たことがあるのだが、名前を知らない。
「これってなんですか?」
「糸唐辛子。唐辛子を細く切ったもの。辛くない奴だから、後よく見るやつではじかみと呼ばれる生姜なども付いているね。あれは早く収穫した葉生姜で、矢生姜とも書く。酢漬けにした物がよく焼き魚に添えられている。赤いところは食べないようにね」

 そんなうんちくを聞きながら、付き合いの始まりとしてケーキを食べ、なぜか買ってきた服を着てみることになる。

「あの、すごく恥ずかしいんですけど、向こうで着替えちゃ駄目ですか?」
「だめ、これは仲良くなる儀式。仲良くなる必要が無いなら別だが」
 そう言って彼は、にまにま笑っている。

「うーん。七〇いや七五のCかな?」
 人のサイズを、推測する声が聞こえる。

「うん、やっぱり似合う。明るめの色が健康的で良いね。今更だけど僕は中山直弥なかやま なおやよろしくね。二七歳だ」
「あっ私、春野愛実はるの めぐみです。今二五です」
「よろしくね」
 挨拶即、いきなりお風呂に連れ込まれる。

「恥ずかしいんですが」
「大丈夫。僕も恥ずかしいから」
 風呂上がりに、体を拭かれて、保湿ローションとか塗られて。

 もうそれだけで、体が反応しちゃって。
 数年ぶりだというのに、恥ずかしくて。

 その夜彼にすべてを見られて、お決まりのように、朝遅刻をしました。
 私を置いて、彼は仕事に行っていた。
 きちんと朝食まで作ってくれていましたが、当然食べる時間は無く。
 夜には、彼が迎えに来ていて、店長にバラされ、私が、実家暮らしだとわかり彼に驚かれ。

 すべてが始まったその日。
 これからお互いに、知っていこうと思う。
 初めてのパターンで新鮮だと、彼は変に喜んでいる。
 私は本当に良かったのかと、少し後悔をしている。
 時折浮かぶ、彼のいたずらそうな笑顔が少し怖い。


---------------------------------------------------------------------------------
お読みくださり、ありがとうございます。
もう春だということで、春の出会い。
なんせヒロインの名前が、一番最初に決まるというパターン。
春のめぐみという一編です。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

処理中です...