泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

文字の大きさ
上 下
90 / 202
焦る男と焦る女

第3話 そうなるか……

しおりを挟む
 適当に買い物をして帰らないと、飲み物などビールしかない。
 後はワイン。

「少し、買い物をしよう。家、何もないんだ」
「えっ。あっはい」

 千夏は考えていた。
 今まで会った中で、一番話がしやすい。
 対応も大人。
 どうして、この人が独身なのか判らない。

 随分飲んでいるのに、豹変して暴れる感じもないし、後は、せっ性癖が特殊とか?
 男女の付き合いに多少不慣れで、経験不足なため、変な方向に考えるが、自身も三十二歳。
 このチャンスは最後かもしれないと、踏み込んでみることにした。


 若い頃は、付き合うなら清廉潔白で、正しく自分だけを見てくれる人とか思い、すぐに迫ってくるような人間は除外をした。

 そして、二十歳を越えてくると、金銭的なものプラス、やはり迫ってくるような奴は除外した。
 男は基本、体だけが目当てで、一度すれば捨てられるなどとまあ考えた。

 二十五を越えて来始めて、親からはぎゃあぎゃ言われて、少し考え出したが、その時には仕事と遊びに少し夢中になっていた。
 そして、三十を迎える頃、鏡の前で少し焦り、ジムに通ったりしたが、若い頃の体には戻らない。

 親が静かになった、今。
 老後の心配などと言う物が、耳に聞こえて来始める。
「七十を越えると、賃貸が借りられないそうよ」
「若い人が居ないから、ホームなども手が足りないらしいわよ」
「年金なんてあてにならないから、ずっと働かなきゃ」
 不安な声。そして。

「やっぱりあてになるのは肉親よね。子育ては苦労するけれど、誰かが見てくれるわ」
 最終的には、そこへ落ち着く。
 今三十二歳。
 間に合うの?

 そんなことは、この数年思っていた。
 最近、町中で声をかけられることもなくなった。

 そこに現れた、部下を気遣う上司。
 生真面目だけではなく、多少遊び慣れた感じ。

 せめて、子供だけでも。
 そんなことまで、考えていた彼女にとって、渡りに船。

 アングラで増えている、お金を払って精子を貰う。そんなものまである。
 最近は民間で、きちんとした会社まで出てきている。
 規制の遅れがニュースにもなってた。

 彼なら、身元ははっきりしている。
 すれば、認知くらいはしてくれるかもしれない。
 そうすれば、養育費を出してもらえる。
 そして、上手く行けば結婚まで……

 そんな打算を、考えた。
 勢いを付けるため、普段より二杯多く飲んだ。

 明かりを強引に消して、一気に……

「どうして、結婚をしなかったかって?」
「ええ。その、とても優しいし、モテそうなのに」
 うーんという感じで、悩み始めた直樹だが、ぽつりぽつりと話し始める。

「大学の時と、んー二十五位の時か。結婚を考えていた子がいたんだ。当然別の子だし、性格も見た目も違う。だけど二人とも浮気をしてね。しかも二人目の時には浮気相手の子供がお腹にいた。それで追い出したんだが、向こうにも捨てられたらしくてね。認知しろ金払えと言われて、かなりもめたんだ。その後は、流石に懲りてね一人楽しくしていたらこの年になった」
「そっ、そうですか」
 いくつかの単語が、胸に突き刺さる。

 自分の空想とは違う。この人はリアルに傷つけられた。
 男なんてそんなものと思っていたことを、同性がするなんて。
 男だからじゃなく、人次第。それをもっと若いときに気がつき、変な考えを外して人を見ていたら、もっと別な人生があったかもしれない。

 苦労しながらも、笑って子供のことを語る友人。

「あの」
「うん?」
「私三十二で、これまで男の人と付き合ったことがありません」
「はっ? 付き合ったことがない?」
 そう聞かれて、つい睨んでしまった。

「ああ、すまない。その充分美人だと思うのに……」
 何か問題でもと聞きそうになり、そのすべてが地雷だと気がつく。

「ありがとうございます。昔から、男の人は基本、体だけが目当てだと高校の時に言われて、すぐに迫ってくる人を拒否したら、相手をされ無くなってしまって」
「あーうん。素直というか。うん」
 言葉を繋げない。何を言っても駄目な気がする。

 仕事がらみの事なら、相談員の紹介とか、人事に言って配置転換を進めるつもりだったのに、なぜ結婚話になった。それも、三十過ぎた娘と。
 何をどう言っても、やばい気がする。
 怒らせたら、懲罰じゃないか?

 今頃になって、会社の方針。異性の部下と飲みに行ってはいけない。その理由を理解した気がする。
 きっと上司達もこの地獄を経験して、方針として定めたんだ。一生の不覚。
 ええい。あたらなければ、どうということはない。彼のお方も言っておられる。
 この死線を越えた先に、きっと俺の安寧が訪れる。
 死ぬなよ俺。

「それで、君はどうしたいんだ?」
 先ずは望みを聞く。

「私、千夏です。お名前は?」
「ああ。直樹だが」
 そう言うと、いきなり彼女は、正座をする。
 それを見て、つい俺も正座をする。

「直樹さん。エッチしませんか? 私これまで誰ともしていません。これからもきっと他の人とはしないと思います」
「えっ?」
「すみません。恥ずかしいので問い返さないでください。それで、良ければ結婚をしましょう。少し婚期は逃した感じですが、きっとこの時期に出会う必要があったのだと思います」
「えー。あー…… するの?」
 こっくりと頷く彼女。

「本当に?」
 さらに真っ赤になって、頷く。

 悩んだ、ものすごく悩んだ。
 だが俺も三十八。親は何も言わないが、考えていないわけではないだろう。
 六つ違いで、この年なら問題は無い。
 俺は色々考えて、諦めた。
 きっと逃げ場はなくなるだろうが、逃げなければ良い。

「いえ。あの。さすがに明るいと」
「いや、君をよく知らないから見せてもらう」
「あの、変な性癖とか」
「普通だろ。見たいだけだ。他の男は知らんが……」

 こうして、戦闘に俺は勝った。
 隣で、彼女は幸せそうだし、良いだろう。


----------------------------------------------------------
非情にセンシティブなお話で、途中で書くのが止まってしまいました。
何か思っても、流して頂けると幸いです。

お読みくださいまして、ありがとうございました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...