泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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焦る男と焦る女

第3話 そうなるか……

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 適当に買い物をして帰らないと、飲み物などビールしかない。
 後はワイン。

「少し、買い物をしよう。家、何もないんだ」
「えっ。あっはい」

 千夏は考えていた。
 今まで会った中で、一番話がしやすい。
 対応も大人。
 どうして、この人が独身なのか判らない。

 随分飲んでいるのに、豹変して暴れる感じもないし、後は、せっ性癖が特殊とか?
 男女の付き合いに多少不慣れで、経験不足なため、変な方向に考えるが、自身も三十二歳。
 このチャンスは最後かもしれないと、踏み込んでみることにした。


 若い頃は、付き合うなら清廉潔白で、正しく自分だけを見てくれる人とか思い、すぐに迫ってくるような人間は除外をした。

 そして、二十歳を越えてくると、金銭的なものプラス、やはり迫ってくるような奴は除外した。
 男は基本、体だけが目当てで、一度すれば捨てられるなどとまあ考えた。

 二十五を越えて来始めて、親からはぎゃあぎゃ言われて、少し考え出したが、その時には仕事と遊びに少し夢中になっていた。
 そして、三十を迎える頃、鏡の前で少し焦り、ジムに通ったりしたが、若い頃の体には戻らない。

 親が静かになった、今。
 老後の心配などと言う物が、耳に聞こえて来始める。
「七十を越えると、賃貸が借りられないそうよ」
「若い人が居ないから、ホームなども手が足りないらしいわよ」
「年金なんてあてにならないから、ずっと働かなきゃ」
 不安な声。そして。

「やっぱりあてになるのは肉親よね。子育ては苦労するけれど、誰かが見てくれるわ」
 最終的には、そこへ落ち着く。
 今三十二歳。
 間に合うの?

 そんなことは、この数年思っていた。
 最近、町中で声をかけられることもなくなった。

 そこに現れた、部下を気遣う上司。
 生真面目だけではなく、多少遊び慣れた感じ。

 せめて、子供だけでも。
 そんなことまで、考えていた彼女にとって、渡りに船。

 アングラで増えている、お金を払って精子を貰う。そんなものまである。
 最近は民間で、きちんとした会社まで出てきている。
 規制の遅れがニュースにもなってた。

 彼なら、身元ははっきりしている。
 すれば、認知くらいはしてくれるかもしれない。
 そうすれば、養育費を出してもらえる。
 そして、上手く行けば結婚まで……

 そんな打算を、考えた。
 勢いを付けるため、普段より二杯多く飲んだ。

 明かりを強引に消して、一気に……

「どうして、結婚をしなかったかって?」
「ええ。その、とても優しいし、モテそうなのに」
 うーんという感じで、悩み始めた直樹だが、ぽつりぽつりと話し始める。

「大学の時と、んー二十五位の時か。結婚を考えていた子がいたんだ。当然別の子だし、性格も見た目も違う。だけど二人とも浮気をしてね。しかも二人目の時には浮気相手の子供がお腹にいた。それで追い出したんだが、向こうにも捨てられたらしくてね。認知しろ金払えと言われて、かなりもめたんだ。その後は、流石に懲りてね一人楽しくしていたらこの年になった」
「そっ、そうですか」
 いくつかの単語が、胸に突き刺さる。

 自分の空想とは違う。この人はリアルに傷つけられた。
 男なんてそんなものと思っていたことを、同性がするなんて。
 男だからじゃなく、人次第。それをもっと若いときに気がつき、変な考えを外して人を見ていたら、もっと別な人生があったかもしれない。

 苦労しながらも、笑って子供のことを語る友人。

「あの」
「うん?」
「私三十二で、これまで男の人と付き合ったことがありません」
「はっ? 付き合ったことがない?」
 そう聞かれて、つい睨んでしまった。

「ああ、すまない。その充分美人だと思うのに……」
 何か問題でもと聞きそうになり、そのすべてが地雷だと気がつく。

「ありがとうございます。昔から、男の人は基本、体だけが目当てだと高校の時に言われて、すぐに迫ってくる人を拒否したら、相手をされ無くなってしまって」
「あーうん。素直というか。うん」
 言葉を繋げない。何を言っても駄目な気がする。

 仕事がらみの事なら、相談員の紹介とか、人事に言って配置転換を進めるつもりだったのに、なぜ結婚話になった。それも、三十過ぎた娘と。
 何をどう言っても、やばい気がする。
 怒らせたら、懲罰じゃないか?

 今頃になって、会社の方針。異性の部下と飲みに行ってはいけない。その理由を理解した気がする。
 きっと上司達もこの地獄を経験して、方針として定めたんだ。一生の不覚。
 ええい。あたらなければ、どうということはない。彼のお方も言っておられる。
 この死線を越えた先に、きっと俺の安寧が訪れる。
 死ぬなよ俺。

「それで、君はどうしたいんだ?」
 先ずは望みを聞く。

「私、千夏です。お名前は?」
「ああ。直樹だが」
 そう言うと、いきなり彼女は、正座をする。
 それを見て、つい俺も正座をする。

「直樹さん。エッチしませんか? 私これまで誰ともしていません。これからもきっと他の人とはしないと思います」
「えっ?」
「すみません。恥ずかしいので問い返さないでください。それで、良ければ結婚をしましょう。少し婚期は逃した感じですが、きっとこの時期に出会う必要があったのだと思います」
「えー。あー…… するの?」
 こっくりと頷く彼女。

「本当に?」
 さらに真っ赤になって、頷く。

 悩んだ、ものすごく悩んだ。
 だが俺も三十八。親は何も言わないが、考えていないわけではないだろう。
 六つ違いで、この年なら問題は無い。
 俺は色々考えて、諦めた。
 きっと逃げ場はなくなるだろうが、逃げなければ良い。

「いえ。あの。さすがに明るいと」
「いや、君をよく知らないから見せてもらう」
「あの、変な性癖とか」
「普通だろ。見たいだけだ。他の男は知らんが……」

 こうして、戦闘に俺は勝った。
 隣で、彼女は幸せそうだし、良いだろう。


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非情にセンシティブなお話で、途中で書くのが止まってしまいました。
何か思っても、流して頂けると幸いです。

お読みくださいまして、ありがとうございました。
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