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関わりと踏ん切り
幻の女
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「おい、昨日の女、隆介。お前の知り合いだろう?」
隆介は俺をちらっと一瞥し、呆れたように言われる。
「まだ寝ぼけてんのか、夕方の六時だぞ」
このパブのマスター、福田洋介はそう言って笑う。
「ちがう。来たときは一人だったが、帰りに…… 本当に、一人だったか?」
「ああ」
そう言って頷く。
「そんな……」
俺は昨夜飲んでいた。確かに一人で。
だが、珍しく店が混んできて、俺の横に女が一人来た。
一見、見覚えのない女だが、本当にそうか?
意外と髪型や化粧で、大きく化ける。
確かに、酔ってはいたが。
そう、ぶつぶつと言いながら、店を後にする。
なぜか、誘われて夜を共にした。
俺の部屋を、懐かしむような仕草。
そこで俺は、昔付き合っていた女の名前を呼んだ。
「あら、女を連れ込んで、他の女の名前を呼ぶの? 興ざめね」
演劇のような、わざとらしい台詞。そう言いながらも、なぜか嬉しそうな微笑み。
途中で買ったチューハイを開けたが、口を付けることもなく事に及んだ。
だが、その時の抱き心地と、匂いは記憶がある。
確かに、澪。深瀬澪だ。
事の途中で、耳元に口を寄せ、そっと名前を呼んだ。
返事はなかったが、体は反応して、大洪水とともに深くいったようだ。
それからも、俺は果てることなく。三度ほどいかせて、自分も果てた。
彼女は、完全に飛んでおり、満足をしたようだ。
汗で顔に貼り付いた髪を脇に寄せて、顔を見る。
彼女の目が開き、クールそうな顔に似合わずに、にへらと笑う。
「何、じっと見て?」
「おまえ、澪だろ」
「さあ?」
そう言って、とぼける。
「嘘を言っても駄目だ、体つきと匂いは覚えている」
「におっ。ひどい」
そう言って、布団に潜ってしまった。
俺は起き出し、台所で換気扇を点け、一服し始める。
椅子に腰を落ち着けて、さっきのチューハイを口に含む。
澪は、それこそあの店で知りあい、意気投合をして付き合い始めた。
だが、半年位したとき、彼女は何も言わずに出ていった。
未だに、何が悪かったのか判らない。
「本当に良かったのか?」
「ええ。変わらず、彼は優しくて満足」
「その割には、さびしそうだぜ」
「――んー。でもねぇ。彼と一緒にいると、きっと傷つけるの」
「なんで?」
「私が甘えちゃうから…… 彼がねぇ、前にぽろっと言ったのよ」
そう言って、グラスをもてあそぶ。
「俺と一緒に暮らすと、なぜかみんな性格が悪くなるって……」
「なんだそりゃ」
「なんとなくわかるの。彼優しくて、甘えちゃうのよ…… みんな。――お代わり」
「はいはい」
グラスを渡すと、また、彼女はグジグジとし始め、グラスをもてあそぶ。
「そんなもの、自分で線引きすりゃ良いじゃ無いか」
「駄目なのよ」
そう言って彼女は、人差し指を左右に揺らす。
「わずかずつ、体に染みこむように彼の優しさは染みこんでくるの。そして気がつけばどっぷりと自分に染みこむの。彼と別れてから、幾人かと付き合ったけれども、体まで許せる相手がいなかったの。一人もよ…… 信じられる?」
「試すか?」
「いやだ」
笑顔ではなく、即答で、本当にいやそうに答えられた。ヘコむぜ。
彼女は、確かにこんなキャラじゃなかった。
そこそこモテたし、やって来る男を適当にいなして涼しい顔をして飲んでいた。
知っている限りで、幾人か体の関係があったはずだ。
ガキじゃないんだ。
ところが、洋介と会い、コロッと変わった。
洋介の方も、うちに入り浸り、幾人か女は拾っていた。
――いやあいつは、今でもそうか。
「ろくでもない女しかいねえ。それが口癖だったな」
「えっ?」
「ああ。洋介のことだ。『ろくでもない女しかいねえ』いつも、そうぼやいていた」
それを聞いて、ふふっと笑う彼女。
「ろくでもないか…… そうね。周りに望んでばかり。ああしてくれない、こうしてくれない。どうして人を頼り、自分を甘やかすのか? 耳が痛いわ」
「どこかの宗教だが、進んで明かりを点けましょうってあったな」
「あー聞いたことある。あれって宗教だったの?」
「確かそうだ。――思い悩むより、洋介に甘えちゃうかも知れないけれど良い? って聞いてみれば? あいつは、嫌だって言わないと思うぞ。お前がいなくなって半年くらいは荒れていたし」
「荒れていたの?」
「ああ。二十人とか三十人とか、手当たり次第に食ったんじゃないのか?」
「それはそれで、どうなの?」
そう言って、嫌そうな顔をする。
「あいつはモテるんだよ。食わず嫌いせずに手を出せばそうなる。そうして一度刺されて止まった」
「刺されたの? 大丈夫……。なのよねえ。昨日会ったし」
思わず、彼女は立ち上がったが、ぽすんと座る。
「はっ? 何言ってんだ。お前昨日一人で帰ったじゃないか。その時、洋介のこと話したよな」
「え゛っ。あそこの席に、洋介が座っていて」
「ああ、あそこは、奴がいつも座っていたから、ずっとリザーブ席だ」
「えっ」
彼女が振り向くと、顔の下からライトを当てた洋介が座っていた。変顔をして。
「ぎゃああぁ」
そう叫んで彼女は後ずさり、引っくり返る。
膝丈の、フレアスカートを壮絶に捲って。
「やり過ぎだろ」
俺と、隆介は顔を見合わせる。
夕方、澪に見せながら一芝居をして、従業員用勝手口に回った。
その後謎だった話を聞き出し、笑いながら席に座った。
気がつけば、ようという感じで、挨拶をするつもりだったが、気がつかないので遊んだ。
ただ、彼女転んだときに右手をひねったらしい。
これから、介護をしながら、空いた時間を埋めつつ、じっくりと看護をしてやろう。
ちなみに、三十人ほど食ったのは本当だ。
あんときは誰でも良かったが、それでも隙間は埋まらず、酔った末手を出した女の連れ。男に刺された。どっちの意味でも男に刺されるのはうんざりだ。
いたんだよ朝起きたら、ひげの生えた奴が。
気がつかなくて、あんときゃ一月寝込んだ。
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初心に戻り、飲みやネタ。
隆介は俺をちらっと一瞥し、呆れたように言われる。
「まだ寝ぼけてんのか、夕方の六時だぞ」
このパブのマスター、福田洋介はそう言って笑う。
「ちがう。来たときは一人だったが、帰りに…… 本当に、一人だったか?」
「ああ」
そう言って頷く。
「そんな……」
俺は昨夜飲んでいた。確かに一人で。
だが、珍しく店が混んできて、俺の横に女が一人来た。
一見、見覚えのない女だが、本当にそうか?
意外と髪型や化粧で、大きく化ける。
確かに、酔ってはいたが。
そう、ぶつぶつと言いながら、店を後にする。
なぜか、誘われて夜を共にした。
俺の部屋を、懐かしむような仕草。
そこで俺は、昔付き合っていた女の名前を呼んだ。
「あら、女を連れ込んで、他の女の名前を呼ぶの? 興ざめね」
演劇のような、わざとらしい台詞。そう言いながらも、なぜか嬉しそうな微笑み。
途中で買ったチューハイを開けたが、口を付けることもなく事に及んだ。
だが、その時の抱き心地と、匂いは記憶がある。
確かに、澪。深瀬澪だ。
事の途中で、耳元に口を寄せ、そっと名前を呼んだ。
返事はなかったが、体は反応して、大洪水とともに深くいったようだ。
それからも、俺は果てることなく。三度ほどいかせて、自分も果てた。
彼女は、完全に飛んでおり、満足をしたようだ。
汗で顔に貼り付いた髪を脇に寄せて、顔を見る。
彼女の目が開き、クールそうな顔に似合わずに、にへらと笑う。
「何、じっと見て?」
「おまえ、澪だろ」
「さあ?」
そう言って、とぼける。
「嘘を言っても駄目だ、体つきと匂いは覚えている」
「におっ。ひどい」
そう言って、布団に潜ってしまった。
俺は起き出し、台所で換気扇を点け、一服し始める。
椅子に腰を落ち着けて、さっきのチューハイを口に含む。
澪は、それこそあの店で知りあい、意気投合をして付き合い始めた。
だが、半年位したとき、彼女は何も言わずに出ていった。
未だに、何が悪かったのか判らない。
「本当に良かったのか?」
「ええ。変わらず、彼は優しくて満足」
「その割には、さびしそうだぜ」
「――んー。でもねぇ。彼と一緒にいると、きっと傷つけるの」
「なんで?」
「私が甘えちゃうから…… 彼がねぇ、前にぽろっと言ったのよ」
そう言って、グラスをもてあそぶ。
「俺と一緒に暮らすと、なぜかみんな性格が悪くなるって……」
「なんだそりゃ」
「なんとなくわかるの。彼優しくて、甘えちゃうのよ…… みんな。――お代わり」
「はいはい」
グラスを渡すと、また、彼女はグジグジとし始め、グラスをもてあそぶ。
「そんなもの、自分で線引きすりゃ良いじゃ無いか」
「駄目なのよ」
そう言って彼女は、人差し指を左右に揺らす。
「わずかずつ、体に染みこむように彼の優しさは染みこんでくるの。そして気がつけばどっぷりと自分に染みこむの。彼と別れてから、幾人かと付き合ったけれども、体まで許せる相手がいなかったの。一人もよ…… 信じられる?」
「試すか?」
「いやだ」
笑顔ではなく、即答で、本当にいやそうに答えられた。ヘコむぜ。
彼女は、確かにこんなキャラじゃなかった。
そこそこモテたし、やって来る男を適当にいなして涼しい顔をして飲んでいた。
知っている限りで、幾人か体の関係があったはずだ。
ガキじゃないんだ。
ところが、洋介と会い、コロッと変わった。
洋介の方も、うちに入り浸り、幾人か女は拾っていた。
――いやあいつは、今でもそうか。
「ろくでもない女しかいねえ。それが口癖だったな」
「えっ?」
「ああ。洋介のことだ。『ろくでもない女しかいねえ』いつも、そうぼやいていた」
それを聞いて、ふふっと笑う彼女。
「ろくでもないか…… そうね。周りに望んでばかり。ああしてくれない、こうしてくれない。どうして人を頼り、自分を甘やかすのか? 耳が痛いわ」
「どこかの宗教だが、進んで明かりを点けましょうってあったな」
「あー聞いたことある。あれって宗教だったの?」
「確かそうだ。――思い悩むより、洋介に甘えちゃうかも知れないけれど良い? って聞いてみれば? あいつは、嫌だって言わないと思うぞ。お前がいなくなって半年くらいは荒れていたし」
「荒れていたの?」
「ああ。二十人とか三十人とか、手当たり次第に食ったんじゃないのか?」
「それはそれで、どうなの?」
そう言って、嫌そうな顔をする。
「あいつはモテるんだよ。食わず嫌いせずに手を出せばそうなる。そうして一度刺されて止まった」
「刺されたの? 大丈夫……。なのよねえ。昨日会ったし」
思わず、彼女は立ち上がったが、ぽすんと座る。
「はっ? 何言ってんだ。お前昨日一人で帰ったじゃないか。その時、洋介のこと話したよな」
「え゛っ。あそこの席に、洋介が座っていて」
「ああ、あそこは、奴がいつも座っていたから、ずっとリザーブ席だ」
「えっ」
彼女が振り向くと、顔の下からライトを当てた洋介が座っていた。変顔をして。
「ぎゃああぁ」
そう叫んで彼女は後ずさり、引っくり返る。
膝丈の、フレアスカートを壮絶に捲って。
「やり過ぎだろ」
俺と、隆介は顔を見合わせる。
夕方、澪に見せながら一芝居をして、従業員用勝手口に回った。
その後謎だった話を聞き出し、笑いながら席に座った。
気がつけば、ようという感じで、挨拶をするつもりだったが、気がつかないので遊んだ。
ただ、彼女転んだときに右手をひねったらしい。
これから、介護をしながら、空いた時間を埋めつつ、じっくりと看護をしてやろう。
ちなみに、三十人ほど食ったのは本当だ。
あんときは誰でも良かったが、それでも隙間は埋まらず、酔った末手を出した女の連れ。男に刺された。どっちの意味でも男に刺されるのはうんざりだ。
いたんだよ朝起きたら、ひげの生えた奴が。
気がつかなくて、あんときゃ一月寝込んだ。
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初心に戻り、飲みやネタ。
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