泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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雪の降る日は、気を付けろ

第3話 彼女の話とお願い

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「実は私。呪われている、らしいんです」
 真面目な顔で、彼女は言った。
 少しふち目がちに、グラスを両手で挟み、掌でもてあそびながらそれを見つめる。

「はっ? 呪い」
 意図していない言葉に驚いてしまう。
 もっと、現実的な言葉を予想していた。
 失恋からの、自暴自棄とか、はたまた金銭的に、行き詰まっているとか。
 何か病気が発覚をしたとか。

 人里離れた山の中で、命を絶とうとするのだ。
 何か思い詰める……。そう明確な理由。

 言っては悪いが、もっと現実的なものだと思っていた。
 呪いが悪いとは思わないが、少し、信じられない。
 真面目にあると言っているのだから、在るのか?

 その後、俺が黙っていたからか、彼女は言葉を続ける。

「ええ。そうなんです。口伝が残っていて、私の三代前のご先祖さんが、好きな人ができて。その人を奪うために、山神様を祭っている社の中で、その人と仲の良かった女の人を殺して、火を放ったって言うことです。それで、神様が血で汚され穢れを持ち女の人の恨みを呪いとしたと。社が無事なら、結界だから封じられたのに、とか言っていました。大抵呪いは七代だから、後四代は、呪いが続くだろうとも…… おじさんが最後に教えてくださいました」
 そう言いながら、彼女は嬉しそうに、刺身をぱくついている。
 でも、その笑顔とは裏腹に、涙があふれ、テーブルの上に落ちる。

「その、お祓いとかはできないの?」
 そう言うと、彼女は首を振る。

 やって、できなかったのかと思うと、内容がおかしかった。
 笑える方じゃない、変の方だ。

「幾軒か、予約をしたんです……」
 そう言うと、さっき継ぎ足したチューハイを少し飲む。
 随分、顔が赤くなっている。

「約束した日に行くと、もう無いんです。すべて燃えていました」
 そう言うと、俺のグラスに気がついたのか、不慣れそうだが、静かに注いでくれる。

「すみません。お父さんに注いだのが最後なので。不慣れで」
「お父さんは、いつ亡くなったんだっけ?」
「私が、大学に入ってすぐです。お母さんは、物心が付く前。私が三歳の時。秋に七五三て行うでしょう。そのすぐ後ですね。まあ、私のお兄ちゃんがいたらしいのですが、三歳前に亡くなっちゃって。三歳を喜んでいたと、父が生前言っていました」
 そう言って少し嬉しそうに、彼女は笑う。

「そうなんだ」
「ええ、男の子は、絶対三歳まで生きられない。そして、女の子が三歳になると、自身は代替わりで寿命が来る。そんな事も」
 そう言ったっきり、彼女が口をつぐむ。笑えない話だ。

「あー、もう刺身はないんだ。肉は食えるかな?」
「えっあっはい。何を作るんでしょうか?」
 少し元気になった感じだ、言えなかったことを言うのは、多少心の負担が軽くなるのかもしれない。

「何でもできるよ。十日間、籠もるつもりで、買い込んできた」
「すごいですね。此処にしたって、支払いとか大変じゃないですか?」
「いや支払いは、良いんだが、最初、宿泊は四人からって知らなくて、ペナルティで五割増しだったんだよ」
「えっ。こっちって確か、高いですよね」
 彼女も、値段は知っていたようだ。

「四人だったら、一人二万円」
「うわあ」
「でも、アメニティ用品もあるし、温泉も専用があるし、リビングと二部屋それに密かにロフトまである。最大八人。悪くないだろ。ところで、すき焼きと焼き肉どっちが良い?」
 急な話題変更で、驚いたようだが。

「楽なのは、どっちですかね?」
 などと聞いてきた。

「一緒だな」
「じゃあすき焼きは、喧嘩になりそうですから、焼き肉で。ホットプレートですか?」
「さっき見たら、七輪もあったが、危なそうだからホットプレートだな」
「ああ。一酸化炭素」
「そうだ」

 肉は冷凍されていない分に、適当にキャベツとかエノキや豆腐などを切っていく。
 食べるのは二人で、刺身で大分だいぶ腹も張っているのに、準備をする。

 なぜだろう。普段気にもしないのに、水の流れる音がすると、安心をする。
 軽く塩をなめ、自身に向けて塩をかけながら、六根清浄を唱えてみる。
 子供の頃に習ったおまじない。


 彼女の異常な会話。勘違いとか、偶然だとか、言えば理屈は付けられる。
 ――今更だが。聞いて、大丈夫だったのだろうか?
 それこそ今更か。覆水盆に返らずと言う奴だ。
 関わったのは俺の意思だ。腹を決めよう。

 そして、俺は自分のことも言わないと不公平だと思い、初恋でこっぴどい失恋をした話で同情を買い。その中に混ぜた下ネタが、彼女の興味を引いたようだ。
「私、誰とも付き合ったことがなくて」
 彼女はもじもじとした感じで、そう告げてくる。

「俺みたいな、おじさんで良いのか?」
 ここで嫌と言われても、押し倒したいが、はて? 光が当たるにしては、おかしな方向に影。あれは? 竜、いや女。女が見ている。

「はい。お願いします」
 そう願う、彼女に押し倒される形となり、一つになった。
 一瞬、目をそらしたとき、影は消えた。
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