泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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恋は突然降ってくる

第3話 どうしてこうなった?

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 予想通り、運転手が確定。

 事情が分かっているのか、係長が両の掌を合わせて拝んでくる。
 又荷物を積み込み、敵陣へ。

「社名が入っているけれど、そのまま入って良いのか?」
「今更だわ。そうしてくれないと困るし」

 意外と小さな会社だった。

 倉庫出口にすでに、物が積まれていた。
 そこにいた年配の人。
「娘がご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
 そう言って、頭を下げてきた。

 話を聞くと社長さん。
 金も無く、経理等は派遣だが、勉強がてら娘を営業に使っているとのこと。
 それを聞いて、つい言ってしまう。

「今回、強引に関わらせられて、結構迷惑をこうむっています」
「いえ、その通りだと思います。他の営業さん。それも違う会社の方に…… 本当に申し訳ありません」

 意外と社長。お父さんは常識人のようだ。
「あのこれ、手間賃というか、日当として納めてください」
 そう言って、茶封筒を差し出してくる。

「うーん。ありがたいのですが、受け取っちゃうとまずい気も」
「でも、燃料も使うだろうし、この車にもGPSを積んでいますよね」
「そうですね」
「事故の流れから、と言うことで、私からもそちらの会社にお礼の電話をしておきますので、収めてください」
 そう言われて、ありがたく頂いた。
 帰って課長には、ちょっと報告をしよう。

「それと目に付くところがあれば、娘の教育もお願いできればよろしくお願いいたします。御社のような優秀な営業さんなら、あの子も少しはまともに……」

 それを聞いて、心の中で突っ込む。
 判っているなら、教育をしろぉ。
「そうですね。機会があれば」
 つい反射的に、出てしまう社交辞令。
 だが、その言葉尻を掴んだ社長。
 俺の両手をがっしり掴む。

「よろしくお願いします。殴っても蹴っても良いです。娘を教育してください」
 そう言って、頭を下げる。
「ちょっと頭をあげてください。それに教育と言っても限度が、ちょっとひどすぎて……」
 そこまで言ったところで、脇から声がかかる。

「えっ普通でしょ」
「「普通じゃないぃ」」
 その迫力に、流石の美乃も驚いたようだ。

「そもそも、お前のおかげでかなり顧客を失っている。おれは、この会社の商品が使い物にならないと世間話で聞いたから、製品的に粗悪なんだと思った。だが、お前が違う物を納品するから騒動が起き、会社自体の業績が下がっている」
 つい親の前で、お前呼びをしてしまった。
 だがそれを聞いて驚いたのはお父さん。

「そんな噂が? うちの部品が粗悪品」
 そう言って、雪の上に膝をつく。
「いや、特殊ネジを作っている時点でピンときました。あなたの娘がすべて悪い。う大体営業先の係長相手にため口で難癖を付けるなんて駄目駄目です」
 いい加減腹が立っていたので、ビシッと言う。
 だが。

「えー自分の意見はきっちり言わないと、馬鹿にされるじゃん」
「意見と、難癖は……」
 まで言ったら、お父さん。
 流れるような動きで、娘の頬をグーで殴った。
 結構な強さで。

 殴られ、錐揉み状に回転し、雪の上にぶっ倒れる娘。
「あっ」
 つい固まってしまった。

「いや、娘でもグーは駄目でしょう」
 そう言うと、お父さんも自分の拳を眺める。

「もっと叩く殴っていれば。ここまで馬鹿だとは思いませんでした。江西さん娘をよろしくお願いします」
 そう言っているが、本人は雪に埋まり、ピクリとも動かない。

 とりあえず、伝票を確認して、物と照らし合わせる。
 個数と規格。
 連絡用の番号を教えて、何故か配達に向かう。

「まいどです」
「あれ? 江西さん。また? 何かありましたっけ?」
「いえ、なんだか良く分からず。今回は後発精機の納品です。これ伝票」
「ああ、じゃあ係長に。彼女は?」
「おやっさんにぶん殴られて、どうなったかな?」
「殴られた」
 そう聞いて、一瞬驚く顔をするが、波野さんの表情はやっと? という感じだ。
 確認を貰い、土井係長にチクッと言われる。

「江西さんが、後発精機の営業だったら安心できるのに」
「そう言われても。あくまでも今日だけです」
「そうかい」
 そう言いながら、ニヤニヤと笑っている。

 そうして、何とか長い一日が終わった。
 帰り際の、後発精機のお父さんが浮かべた奇妙な笑顔が気になる。

 会社に帰り、一連報告。
 午後の分は、年休にされた。
 畜生。

 車の助手席をざっと拭い、染みこんだ泥汚れを、ぬるま湯と中性洗剤で拭くが落ちない。
 取り付けねじを四カ所外して、シートレールごとシートを外す。
 最近の車にはシートベルト警告用の重量センサーや、ヒータ用の配線があるから、ある場合は取り外す。

 洗濯用の酵素系の漂白剤と、換気扇用の洗剤を少し混ぜて、洗車ブラシで洗う。
 Yシャツの襟汚れなどの、俗に言う油染みには換気扇用洗剤が効く。

 水洗いもして、ひたすらタオルなどで水気を取る。
 叩く叩く叩く叩く。

 ある程度で、陰干し。

 中のスポンジと、接着剤の剥離が出た場合は諦めて、シートをはがして張り直す。
 クリップと、でかいステップラの針のような物で固定されている。

 さて、翌日。
 朝から、雪が積もっていた。
 そして会社に行くと、驚きの言葉。
「おい。江西君」
「はい、課長。おはようございます」

「君、後発精機の多田野社長と、面識があるんだってな」
 いやな予感しかしない。

「昨日の雪で、営業をしていた娘さんが事故をしたらしく。一週間ほど君を貸してくれないかという事で、うちの社長が良いよって言ったらしい。出向」
 ビシッと命令された。

 引き継ぎで、予定を後輩に託し、おれは車ごと出向する。
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