泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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恋は突然降ってくる

第2話 彼女は常識がない

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「まあ、それでどうしろと」

 通路では迷惑なので、少し車を移動させ、開いている駐車マスに車を停める。
 すると何も言わず、助手席へと走り乗り込んでくる。

「うううっ。寒い」
「それは分かるが、あんたいい加減常識がないな」
 つい言ってしまった。

「ごっめんなさい。親にもよくっ叱られます。うう寒い」
 寒いのか、口が回っていない。

「まあいい。すでに取引先には連絡をして、後は帰社するだけだからな」
「あっ連絡」
 彼女は、そう言って話をぶった切り、いきなり電話をし始める。

「もしもし、あっ土井ちゃん? 私。後発精機ごはつせいき多田野ただの、そうそう美乃みのですけど、今日気がついたら雪でさ、今日納品でしょう。――えっ、まってる? 明日じゃ駄目? ――判ったわよ。何とか行くから。――判ったから切るわよ」

 今のが営業連絡? 後発精機って最近話題の所だな。
 安いけれど、部品が粗悪で。

 彼女のひし形ショートボブの髪は、雪で濡れ、ささやかな胸側は良いとして、背中側は、さっき転んだせいなのか、背中からお尻まで、泥汚れでさらに濡れている。それで気にすることもなく、俺の車、助手席のシートを汚している状態。
 そう思ってみていると、いきなり又車を出ていく。

 うわー泥、濡れているし。
 安物ファブリックだけどさ。
 そう言えば、ファブリックって、布製品という意味なんだってさ。

 そんな事を思っていると、わがワンボックスの後部席が開けられて、ガサガサと人の荷物を寄せ始める。
「こら混ぜるな、配達先ごとに分けているんだから」
「今日はもうそっちは配達がないんでしょ。うちはどうしても今日いるって言うのよ」
 そう言われても、一瞬理解ができない。
 いや、したくない。

「それは、どういう事だ?」
「馬鹿なの? もう仕事がないのなら、手伝いなさいよ、あんた男じゃない」
「その言葉はハラスメントだし、俺は他社の営業。どうしてそうなる?」
「私女だし、困っているの。当然でしょ」

 俺は当然頭を抱える。
 どうして、こんなのと絡んだ? 何処が悪かった?

 あの転んだときに、声をかけなければ良かったのか?

 その自問自答の間にも、結構な量が積み込まれる。
 消耗品レベルの部品。
 物は小さくて、ロット千単位だと思うが。

 こんなに部品が無いって、相手先自体も在庫管理はどうなっているんだ?
 それか、メーカーを倉庫代わりに使っている?

 彼女の車は、バンタイプなので、こっちに乗せるのは充分乗る。

 雑に扱われて、梱包を潰されるのはいやなので、毛布を掛けながら自社製品は守る。
 彼女の外装段ボールは、傷割れ汚れの三拍子。
 どこかの国から来る、通販の荷物状態。

 そう言っている間に、レッカーが来て話をする。
 彼女の所、指定の整備工場がないらしく、近くの所へ持っていくように、レッカー屋さんが手配をしてくれる。

「同乗禁止って聞いたけど、どうして?」
「ああ、うちの会員でもないし、特約も付けいていない様でして」
「そうなんだ」
 有名サービスは、会員でないと同乗させないとか、任意保険の特約の種類によって駄目がある様だ。輸送完了のサインはどうするんだろう?

 そう思いながら、人の車にすっかり荷物を積み込み。助手席で寛いでいる彼女を横目で見る。
「じゃあ、追いかけますから」
 そう言って、輸送をお願いする。

 輸送は三キロほどだったので、込み込みで一万五千円前後。

 流石に彼女が払う。
 領収書を貰おうとしていなかったので、貰うように言う。

「営業中の事故でかかった経費だろ、領収書無しでどうやって会社に請求する気だったんだ?」
「へっ、そんな物出るの?」
 驚いたように言う彼女。
「普通ならな、で納品先は何処だ?」

「白色機械」
「えっ」
「知らないの? 結構大きいところでしょ」
「ああ、知っている」
 驚いたのは、俺もさっき、納品を明日に移動して貰ったからだ。
 あそこは、材料の管理もしっかりしているはず。
 どうして無理してまで、今日納品をさせるのかが謎だ。

 土井ちゃん? て、係長か?
 眉間に皺を寄せ、腕を組む彼の姿を思い出す。

 到着をして、もうついでなのでうちも納品する。
「あれ、来られたのですか? 江西えにしさん」
「ああ、どういうわけか、無理をしないといけなくなってね」
 そう言って、彼女をみる。

「彼女知り合いなんですか?」
「いんや。今日強引に知りあったというか、関わりができた」
 そう言うと、あーという顔をする。
 俺の担当、波野さん。

「彼女すごいでしょ」
「すごいというか、本当に営業? という感じで驚いたよ」
「色々聞いていないし、突っかかってくるし、仕方が無いから係長が相手をしていますけど、あそこの部品、結構不適格が多くて。どうして取引をしているのか判らないんですよ」
「そうなんだ。これ伝票です」
「ああはい。ありがとうございます」

 無事に納品ができたし、帰りたいのだが、彼女側が又もめている。
 耳をそばだてると、規格が違うとの話。
「だから、緩み防止ネジは良いんだが、ピッチが逆なんだよ」
 マルチピッチという特殊ネジで、途中でネジピッチが変わるのだが、どうもそのピッチが逆なようだ。ピッチというのはネジの山と山の幅。

「面白いもの作っているんだね」
「そうですね。そうだ、この後もう終わりでしょ。駅まで送っていってくれません?」
「それがなあ、彼女の格好をみて判るとおり、あの泥汚れで助手席に乗られてね。それに、もう一回運転手させられそうだし」
「彼女の我が儘に、どうして付き合っているんですか?」
 何故か機嫌が悪そうに、波野さんが聞いてくる。

「どうしてだろう? 俺にも判らない」
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