泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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巧巳と華久帆(かくほ)

第4話 ありがとう

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 わたしは二人のことを想像し、悶々として一晩寝られなかった。
 ぼーっとする、頭で学校へ行く。

 昼休みに、巣へ行くと、また後ろから抱きつかれて、耳に息を吹きかけながらしゃべり始める。
「どうだった? おもしろかったでしょ」
「これは、何ですか?」
 むろん出してくるのは、あの随筆。

「あら、ごめんなさい。これは単なる資料集。気にしないで」
 そう言ってニコニコしているが、故意に読ませて、私の反応を楽しんでいる。
 絶対。

「彼は嫌がっているけれど、どうにかして、もっと先までお願いするの」
 そう言って、自分で自身のある目一杯の笑顔を彼女に見せる。
 ほら、今わたしは、幸せ

「どうして、資料のために、そこまで。好きでも無いくせに」
 そんな、馬鹿なことを聞いてくる。
 好きじゃなければ、触らせないし、あんなに感じないわよ。

「お馬鹿さんね、好きに決まっているじゃ無い。資料の方がまあついでかしら。理由付けね。これだから仕方が無い。そういう理由を構えないと彼、手も握ってくれないのよ。一途ね、私の方こそどうして? よ。彼が好きなことをする。応援こそすれ否定なんて、試して失敗してからで良いじゃ無い」
 そう言うと、思い当たったのだろう。彼女は悔しそうな顔をする。

「それは、そうだけど、いつまで。そうよ、いつまで待てば良いのよ」
 あっこいつ。駄目な子だ。自分がかわいい。誰かに何か言われたら、それだけで自分以外を投げ捨てるのね。
 誰かのためにと、本気で好きになったことがないのね。

「駄目ね。あなたは自分だけが大事なのね。彼が諦めるまでずっとに決まっているじゃ無い」
 少し声を荒げ、つい言ってしまった。
 本当につい。彼女には、さっさと彼を、見限ってくれないと困るのに。

 さらに、言葉を重ねた。心が、彼のことを思うと抑えられない。
「彼を支えるためなら、私がお金を稼げば良い。そうでしょ。それをしないで彼に依存することばかり。夢を諦めて、私を扶養しなさい? そんなのおかしいでしょ」
 言い切ってしまった。本当に私らしくもない。

 彼女、Sさんは、何とか言葉を返してきた。
「彼のことは、あげない」
 そう言い放ち、彼女はその場を後にする。

「あらあら、できるかしら。早く失敗して、彼を失意の底に落としてね、Sさん。早く夕方にならないかしら」
 きっと彼女は、やり取りの中で、くすぶっていた思いが多少は燃え上がったはず。
 でもね、わたしはあなたと話をして、あなたは駄目だと理解した。
 あなたを彼から引き離すのは、彼のためでもあることを理解した。
 そう、これからなんとしてでも関係を潰してあげる。あなたは一人になった後、何が駄目だったのかを理解すれば良いのよ。


 彼女が、正直なバカでよかった。
 深く考えず、短絡的に行動。周りを巻き込み自爆ね。
 彼も自分事だけなら許せても、他人まで巻き込んではさすがに怒ったみたい。


 わたしは、放課後になって、巧巳を捕まえる。
「美術準備室へ行かないで」
 そう言うと、巧巳は嫌そうな顔をする。

「またそんな。僕は絵も好きだし、小説も好きなんだ、どうして何もしないうちから否定するのさ。確かに今は自信も何も無い。判断するのは他人側だからね。でも、僕は本当に、まだ何もしていないんだ」
 違うの。あの女が居るの。会わないで、あの人と、エッチなことをしないで。
 言いたいのに、素直に言えない。

「わっ、私は、あんたのことを心配して」
「それは分かっているけれど、頭ごなしに何もできないはずと、決めつけるのはやめてくれないか」
 幾度も喧嘩をして、そのたびに繰り返される言葉。
「決めつけてなんか」
「本当に?」
 そう聞かれて、答えられなかった。

「じゃあ急ぐから」
「だめよ」
 駄目よ、あの女は駄目。

「頼むから、放っておいてくれ」
 強い口調。言われてしまった、いや言わせてしまった。
 彼からの拒絶。

 これからあいつと、きっとまた、書かれていたような、イチャイチャが始まる。

 悩んだ末に、私は追いかけて準備室に行く。

 そっと覗き込むとイーゼルに乗せた、キャンバスに向かって巧巳達は、何かをしている。
 そう、あの女と一緒に。

 久しぶりに絵を見たけど、綺麗だけどうまいと思えない、こぢんまりとした絵。あまり上達していないじゃない。わたしにはそう見えた。

 そして彼女の顔を見たとき、わたしに向けた笑みが見えた。
 そう、私をあざ笑っている顔。
 ほら、やっぱり。そんな笑顔。

 彼から見えない位置で、私を見つけてあざ笑う。ほら、ここは、わたしと彼の場所。部外者のあなたは、入ってこないで。
 そんな幻聴が聞こえる。
 
 私は、部屋へ飛び込みキャンバスを掴むと、床へたたきつける。
「こんなの駄目よ」
 私は叫ぶ。中学校の時と変わらない絵。こんな絵で、仕事をしようなんて。

「「「あっ」」」
 その声で、準備室の奥に、他の生徒がいることに気がつく。
 驚いた顔、泣きそうな顔。驚いた顔をした女の子。その女の子は、すぐに隣の泣きそうな男子を気遣う。

 彼とくそ女は、おそらく一年生の作品に対し、指導中だった様だ。
 一人呆然と立ち上がって、こちらを見る生徒の目は悲しそうで、でもひどいことをしたわたしに、突き刺さる。

「幸笑。彼に謝って、出ていけぇ」
 初めて見る。巧巳の怖い顔。幾度も困った顔は見たけれど、怒った顔は見たことがない。
「わたしは、ただ……」

 謝ることもできず、逃げ出した。
 背後で、くそ女が私を呼ぶ声がする。

 
 ふふっ。何という素直な子。そう自身の感情を制御できないおこちゃま。
 あなたに、巧巳はもったいないわ。
 適度に負った心の傷を、わたしが舐めて癒してあげる。
 どんな味がするのかしら、楽しみ。
 本当に、苦いのかしら?

「あらっ、久しぶりね」
 げっ、いやな奴に会った。
「この前はすみませんでした。立ち上がって、その、悲しそうな顔をしていた人にも、謝りたいのですが」
「良いのよ、あんな絵」
 意外とバッサリだった。

 そして、嬉しそうに見せてくる一冊のノート。
「今私は、大事な情報が更新できて嬉しいの。些末なことなど問題なしよ」
 そう言って、それ以上絡むこと無く、彼女は行ってしまった。
 後ろ手に、あのノートを持ち、軽やかな足取りで。


 彼はあの後、皆に謝り落ち込んだ。
 中途半端な自分が悪いと。
 普通の人間には、きっと理解ができないという所まで、突っ走った。

 嬉しいわ。こちら側へようこそ。
 彼はあの一件で、かなりクリティカルなダメージを負った。
 私はそれをなだめすかし、クリエイティブな人たちの、同業同士の結婚リストを彼に見せる。
 素直だからね、分母を見ずに信じてくれた。
 どう言っても、彼は一年生。
 傷を舐めてあげる。胸も貸してあげる。甘えて良いのよ。
 好きなだけ。そして彼は、わたしに体を差し出した。

 その後、彼は幾度も大きな大会で賞を取り、校長先生に呼ばれ披露され学内で有名人になっていく。
 仕事も決まり、大学へ行きながら、仕事をするようだ。
 わたしは、落ちたわよ。

 大学在学中に出した本が売れ、一躍学校の有名人から日本の有名人となった。
 いつかの取材で、彼女さんにもコメントをと求められて、わたしは答える。
「私は、彼を支えるだけです」
 とびっきりの、はにかみスマイルを、カメラへ向ける。
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