泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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夏帆と陽司 一夏の出会い、そして再開。はっぴぃ

第2話 お持ち帰り、今度は私

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 その晩は、近くのホテル。
 海から上がり、部屋に付属の家族風呂。
 お湯がしみるので泣きながら、塩水を流して、ピリピリする肌に、保湿ローションを塗ってもらう。

 その後、浜焼き風の食事をレストランでいただき、凄く美味しいビールを飲んだ。
 運動すると、ビールが美味い。
 私が感動していると、彼がそれに気がついたのだろう。
「どうだ、運動すると美味いだろ」
 ふふん。どや。そんな感じ。
「そうね。美味しいわ」
 そっぽを向く。

 その後、網の上でうねうねしている貝たちを、じっと眺める。
「熱そうね」
「そりゃそうだろう。うねうね具合が、さっきの帆夏みたいだな。痛いのしみるの、やめてぇって」
「そっ、それは仕方が無いじゃない。お湯がしみるし、保湿ローションは気持ちよかったけれど、こそばいし、変なことを始めるし」
「なんだ、嫌だったのか?」
 そう言って、嬉しそうにじっと見てくる。

「嫌じゃ無いけど」

 そんな、楽しみを教えてくれた彼は、連絡先を残してあっさり帰ってしまった。

 まあ、ある程度私も割り切っていたけれど、楽しかった分だけいつもの生活が、余計に寂しくなった。
 素直に、連絡すれば良いだけなのに、ちょっと意地を張り、連絡できない。

 そんな折、何故か私は、会社で査問を受けていた。
 何故かは、分からないが、横領? 何それ美味しいの? 大体主任クラスで改ざんなど出来るはずはない。

「君の担当と言うことは分かっている。発注そして納品。それすべてに君の印が押されている」
「ええまあ。私の担当ですから。ただ私の記憶と個数そして支払い金額が、違います」
「だから、差分を君が横領したのだろう」
「どうやってですか?」
「架空請求をして、差額をだな」

 いま話しているのは、社長の息子。
 この四月から、いきなり部長となった。
 凄くおバカ。
 内部監査で、この部品の個数が在庫と合わないことが発覚。
 そりゃそうよ、いざ使おうと思って無いでは話にならないから、チェックするし。
 物品管理は、私がするけれど、金銭は経理が一括。管理部において担当者は一銭も金銭の扱いなどはしない。

 個人の買い物とは違うのだから。物品管理部の担当者が、何かの取引みたいにお金を持って部品を買いに行くとでも思っていそうな口ぶり。

「部長。たとえ担当者の私が、架空で水増ししても、お金を扱う事は一切無いことはご存じですよね」
 そう話を振ると、あろうことか常識ハズレな答えが返ってくる。

「そんなことは無いだろう。どうやって商品代金を支払うんだ?」
「こちらの発注に応じて、納品確認後、経理が振り込みますが? それも直接相手の会社に。今時担当者が現金を抱えてなど見たことも聞いたこともありません」
「そう説明すると、オロオロし始める」
「大体、この数字と金額。相手は分かっていますから、問い合わせれば良いでしょう。納品書と請求書など、向こうの会社が発行するもので、こっちは確認印だけなんですから、原本は向こうですよね」

 そう言うと、走って部屋を出てしまう。
 課長が、私に話しかける。
「昔、社長がよく言っていた、苦労話かな? 納期までに部品を集める為に現金を抱えて走り回ったとか。飲み会とかでよく言っていたが、今もそれをしていると思ったのかなお坊ちゃんは?」
「そうですか」
「部長は、どうするのだろうね、経理を通さず金を抜くとなったら、直接金庫からになるが、あそこには入退室を含めカメラが設置されている」

 そうしていると、部長が帰ってきていきなり宣告。
「君は首だ」
「「はっ?」」
 私も課長も、お間抜けな声を出す。
「やかましい。疑われる様な奴が悪い」
「いえ。その前に相手への確認はされましたか?」
「そんな事はいい」

 課長がやって来て話しかけてくる。

「色々と無理がある、こちらで何とかするから、任せてくれないかね。あからさまな違法行為だが、なるべく労基にはまだ伏せておいて」
「はあ? 懲戒は嫌ですよ。後が困りますし」
「無論だ」


 その後、荷物を纏めて会社を出る。

 とぼとぼと、帰る。
 荷物を置くと、ふと電話の連絡先を見つめる。
 なんとなく、力が抜けた私は、彼に電話をする。
 わずかな発信音の後、コールする音が聞こえる。三度目くらいで彼の「はい」と言う声。まだ、数日なのに、凄く懐かしく感じてしまう。私は、嬉しくて涙が出る。

「ねえ、私よ私」
「すまんけんど。金は無いき、詐欺ならへちに掛けてや」
「特殊詐欺じゃ無いわよ」
 吹き出すような、笑い声が聞こえる。

「分かっちゅう。どうしたがで?」
「なんだか分からないけど、いきなり仕事を首になった」
「なんじゃそりゃ。まあ、ほんなら。今から行くき。ちっくと待ちよりや」
 そう言って、電話が切れた。

「はっ?」
 愚痴を聞いて貰おうと思ったら、いきなり切られた。
 なに? 今から行く? どこへ?
 ここは愛知県。

 彼は高知県。
 ちょっと行くという距離じゃ無いでしょう。
 もう一度掛けるが、今度は出ない。アナウンスが流れるだけ。
 いま午後三時過ぎ。


 彼との電話の後、どこにも出かけられず、家で寝ていた。

 玄関の、チャイムの音。
 のろのろと、起き出して、ドアを開ける。
「お待たせ。ちっくと遅うなったけど、きたき」
 思わず、時計を見る。いま午後十時。

 当然、非常識な彼に抱きつく。
 何故か、涙が止まらなくなって、部長へのおさえようのない悔しさが、今ごろ湧き上がってくる。
 それは、彼の顔を見て、無意識に求めた、甘える理由だったのかもしれない。
 自分で自分の気持ちが分からない。

 ひとしきり泣くと、当然のようにお腹が鳴く。
「この時間やき。あいちゅう店は無いろうか?」
「んーある。二十四時間の店もある」
「えいにゃあ。行こう」
 そう言って、彼に連れられ家を出そうになったが、自分が部屋着なのに気がつく。
 どれだけ、舞い上がっているのよ。

「ちょっと待った。着替えるから、ほんとちょっと待って」
 そう言って、彼の前で、生着替え。

 鏡で見ると、爆発した頭は良いとしても、見たことのないほど、ニヤけきった顔。こいつは誰? いや良くない。髪をとかし落ち着かせ、軽く化粧する。

「ごめん、お待たせ」
 そう言って出かけると、普段そこそこのお店でも。美味しい気がする。
 そして、照れ隠しに酔っ払う。
 愚痴は、もちろん言った。
 訴えろという彼をなだめていると、こっちが正気になった。

 もう一つ、この前は標準語だったのに、気になり話を聞く。
 彼の言葉は、一度気合いを入れないと、標準語に直せないらしい。
 高知に帰ると、スイッチが土佐弁モードになるようだ。

 一緒に、お風呂に入り、一緒に寝る。
 翌朝、荷物を纏めて、私は彼にお持ち帰りされた。

 後日、部長のやったことがばれ、私は無罪となった。
 そう言って、連絡が来た。

 でも、私は彼のお店で、すでに住み込みで働いている。そう説明して、自主退職にしたもらった。

 ただ、来てから気がついた。高知の日差しはきつく。
 太陽は本当に容赦が無い。

 でも、ビールが美味しい。
 彼が言うには、もうすぐ、よさこい祭りの季節らしい。


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 ふと夏だと思い、昔ちょっとやっていた、ウィンドサーフィンを登場させましたが、昔と全然ちがい、今はフォイルタイプなどは、海上を浮き上がって走るようですね。
 全く違うものになっているようで、びっくりです。

 昔はでかくて、車に積んで移動だけでも大変でした。
 ですが、ボードに座り込んでブームの扱いとかを見たことがあったのですが、今は二人乗り? 出来るわけないじゃんと書かれていて、見ると無茶苦茶ショートになっていました。昔に比べて、短くて幅広。
 何もかも懐かしい。
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