泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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ひまと到 夏向け 恐 グロ

第1話 出会い

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 捕食 到(ほじき いたる)さん。営業先の課長さん。
 あっさり顔で、百八十センチメートルくらい。
 筋肉もついていて、細マッチョ。
 三十過ぎだけど独身。

 周りでは、男好きとかの噂まで出ている。
 でも過去には、幾人か女の人と、楽しそうにデートをしているところを、目撃された情報もある。普段ニコニコと温厚だけど、きっと家ではわがままなのよ、そんな話まで出ている。
 でも私は、知っている。
 噂を出したのは、彼女が彼に告白して振られたから。それはもうきっぱりと、拒否された。

 私は、壁の曲がり角に張り付き、それを見て聞いた。

 それでも彼は、優しく微笑み。彼女に告げる。
「君ほどかわいければ、きっと他にいい人に出会えると思う。僕とは、このみが少し違う様だから。残念だが、お付き合いは出来ない」

「好みって、あまり話したこともありませんよね?」
 彼女は、食い下がる。

「ああ。言い方が悪かったね。好みというのか相性というのか。つまり、君は僕のタイプじゃないんだ」
「見た目の問題ですか」
 そう言って、ちょっとむっとする。

「そうだね。悪いが、僕にとって引けない一線でね」
「一体どこが。私胸もあるし」
 そこまで聞きながら、もうキスでもしそうなくらい、彼の近くに詰め寄っている。

「うーん。そこまで言うなら。周りに言わないでね。先ずは、骨格のバランスが一つ。肩幅とウエスト。お尻、足の長さ。ある程度、自分の中で理想があってね。それにこだわるから、この年まで独身なんだ。悪く思わないで」
 そう言って、すっと彼女から距離を取る。

 げっ、やばい。こっちに来る。

 あわてて姿を隠そうと振り返るが、エレベーターまで一直線。
 逃げ場なし。木のふりでもしようか、いま来た感じでごまかすか。
 いま来た感じでごまかそう。

 少し廊下を戻り、歩き始める。

 曲がり角を、彼がやってくる。
「お疲れ様です」
 お辞儀と挨拶をする。

 だが、彼の手が伸びてくる。通せんぼをするように。
 そして私の名札を、見て一言。それも、耳元で。
「誤魔化し切れていないよ。盗み聞きはいけないね」
「あーすみません」
 目の前に腕があるので、軽く会釈する。

「うーん。まあいい。君が告白してくれれば乗ったのに。残念だ」
「ありがとうございます。いま付き合っている、彼がいるのでごめんなさい」
 少し、顔が赤くなったかもしれない。
 足早に逃げ出す。

 角を曲がり、自動販売機コーナーへ来て思い出す。
 縁野 梨代(えにしの りよ)さんが、泣いていた。
 彼女は見た目、かわいいぽいが、彼が言った通り、少し足が短めで、いかり肩。胸は確か寄せて上げて詰め込んでいたはず。

 当然目が合う。
 会釈をして、ジュースを買う。

「見たの?」
「はい? 何がですか」
 全力で、しらばっくれる。

「まあ良いわ。言いふらさないでね」
 そう言ってカツカツと、ヒールを打ち鳴らし、エレベーターホールへ向かって歩き出す。

 私は思わず、その場に座り込みそうになった。

 そんな事があった、夏前。私は二年付き合った、彼に振られた。
「いや、そんな気はしていたけどさぁ。飲み会とか増えたしさ。きっと五月の連休からだよね。私が、親に呼ばれて、実家に帰っていたときだよね。どこのどいつだよ」

 そんな感じで、やさぐれていたら、捕食さんに会う。

「おや、君。見たことあるね」
 あらま。このタイミング。
「沈んでいるが、大丈夫かい?」
「えーまあ。ご心配ありがとうございます」
 そう言いながら彼は、じっと見てくる。

 うーこの人。かっこいいのだけれど、なんだか、死んだじいちゃんがこいつは駄目だというのよね。
 それに、妙な波動も感じるし。
 そう私は、世に言う霊感がある。

「相談に乗るよ。どう? 美味しい食事をして愚痴を言えば大概すっきりする。君がすっきり出来るなら手助けするよ」
 その時はまあ、元彼への当てつけもあって、やさぐれた私はじっちゃんの声を、無視してしまった。

「こんな豪華なところ、今更払えって言われても払えませんよ」
「良いよ。此処のジビエは絶品なんだ、テット・ド・ヴォーとかおいしいよ」
 そう言って微笑んでくる彼。

 話題を変えよう。
「ヴォーと言うからには、フランス料理でしょうか?」
「ジビエで有名なのはそうだろうね。まあどこの国でも、野生動物は食べるけどね」
 そう言いながら、彼が頼んでくれた食前酒『ベリーニ』を頂く。
 あっ桃の優しい甘み。
 それを見たのか微笑んでくれる。

「どう。気に入った? ベリーニは、スパークリングワインに白桃のピューレで作る、でも、くどくないでしょう」
 ニコッと笑ってくる顔がもう。あざといわ。

 そうして、食事しながら、ある煮物。
 美味しく、ねっとりとした食感。
「これはなんですか?」
「ああ。それはテット・ド・ヴォー。子羊の脳さ。美味しいだろう」
 多分その時、私の顔は引きつったと思う。
 ワインを、がぶ飲みしながら流し込んだ。
 いや美味しいんだよ。確かに。でも。
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