泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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葵と蒼 ばっど

第6話 ためらいと、紡げない言葉

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 だまって、消えていく彼女を見送る。

 少し悩み、追いかける。
 もう、姿は見えないけれど。
 きっと彼に会いに行った。
 彼の一時限目は、確か『合法節税指南。節税と違法は解釈次第』だったはず。
 じゃあ行き先は、第二講義室。

 あっ居た。
 教室に居なかったのね。
 外で、翠がきょろきょろと、探している。


 あっ、あんな所で何をしているんだ?
 俺を探しているのか? 少し嬉しくなる。そして昨夜の後ろめたさも。
 そっと近寄り、脇腹を掴む。
「うきゃっ」
 そう言って、飛び上がる彼女。
「何をしているの?」
 努めて平然と、彼女に聞く。

「えー。あっ。うー」
 そう言いながら、彼女は伏し目がちになっていく。
「申し訳ない。日本語しゃべって」
 顔を上げた葵は、少し涙を溜めて答える。

「あそこで、翠があなたを待っているの。告白するって」
「あ~。すまない。昨日彼女に手を出した。君に断ろうかとも思ったが、それも違うと思って」
「そう。そうなんだ。じゃあ、私とのことは終わりなの?」
「いや、彼女と付き合う気は無い。なんというか、あんなに軽い感じで求められると、心配になるし」
 そう言ってから、まずったと思ったが、今更遅い。

「じゃあ私もだね。出会ったその日に」
「うん? でも付き合おうとか言う話でもないし。良いんじゃない」
 どんどん失言が積み上がる。
「そう。そうね」
 彼女は、変な笑い顔を残して、走って行ってしまった。

「あー。まずったな」
 空を仰ぐ。
「まあ、先ずは、ずるがしこい現況退治だ」

「あっ。蒼。おはよう。数時間ぶり」
 そうホテルから出て、一度家へ帰り。
 彼女の匂いを落とした。

「ああ。おはよう。元気そうだな」
「うん。元気いっぱい。それでね。あっと、ちょっとこっちへ」
 彼女に、手を引かれ通路から外れる。

「私たち、相性が良いと思うの。正式に付き合わない」
 首をこてんと倒しながら、聞いてくる。
 俺の手を持ったまま。
 手を、そっと外し彼女に伝える。

「うん。君とは合わない。絶対。だから付き合うことは出来ない」
「えっでも。昨夜は凄かったのに」
「君が勝手に感じて、勝手にいっただけ。残念ながら、君は僕に何も残していない。昨日の料金には、少し足りないだろうが、五万円ある。受け取って」
 そう言って、呆然とする彼女に、お金を握らせる。

 その態度が、彼女のプライドを傷つけたようだ、噂が流れて学生課に呼ばれる。
「個人的なことだから、あまり言いたくはないが、学内でお金を取ってホスト的な事をしていると」
 学生課の人も、嫌そうな感じで注意をしてくる。
「どこからそんな噂が出たのか知りませんが、全く覚えがありません」
 きっぱりと答える。本当に覚えがないし。

「幾人かと、愛人契約を結んでいるというのは?」
「全く。どこからそんな話が? 逆に訴えないと行けないレベルですね。大体僕にひょいひょい女の子がついてくると思います?」
「そうだね。悪いけど、ないよね」
 俺の顔を見て、そう言って、へらへらと笑われる。
 結構、それはそれで、グサッとくるぞ。

「聞いたら、注意をしておくから。すまなかったね」


 その晩。葵に学生課での一件を伝えて、笑われる。

 地道に、二日とか三日に一度、彼女はやってくる。
 でも最初のような感じではなく、少しギクシャクしている。
「どうしたの、嫌になった?」
 聞いてみる。

「ううん。違うの。翠が機嫌悪くて、悪口を言いふらしているみたいなの」
「やっぱり。でもそんな噂。俺がイケメンならまだしも、自他共に認めるフツメンだから、すぐ消えるよ。大体聞いても、みんな誰それ? だろ」
「そうかもしれないけど。でも私は」
「うん? でも私は、何?」

 言え。今だ。今言わないと駄目よ。
 私の中で何者かが訴える。でも、翠は怒っていた。『彼ってばすっごく冷たい』『切って捨てるように』『あんな言い方しなくても良いのに』彼女はきっと大げさに言っている。否定されると、自身を納得するために大げさに言う。昔からそう。

 でも、少しでも本当なら、好きって言う言葉を言ったら、最後かもしれない。
 そんな気持ちが、どうしても言葉を押しとどめてしまう。

 そして私は、辛い心から逃れるため、知らない人に告白されて、受け入れてしまう。

「ごめんなさい。付き合う人が出来たから」
「そうなんだ、俺としては残念だけど。お幸せに」
 そう言って、彼はあっさりと目の前から消えていった。


 意地を張って別れた後。俺は後悔する。
 ああ。うまく行かないものだな。
 せっかく、気楽につきある相手だったのに。
 好きと言えば、良かったのか? でもなあ。

 そして、また居酒屋で叫ぶ。
 ただまあ、普通は周りから、白い目で見られるだけだが。

 数年後、就職してから。
 先輩から野暮ったい髪型をせず、美容院でも行け。そう言われて、千円理容店をやめ、美容院へ。
「モテる感じで」
 そうオーダーして、カットが終わると別人がいた。
 眉もそろえ、髪もセットされ、ビシッとしていた。

「この髪型。セットするにはこうやって」
 そう言って美容師さんから、普段のセット方法も習う。
「簡単でしょ。後は服ね。そこのブックスタンドに雑誌があるから見てみて」
「あっはい」
 その美容師さんは、少し小柄な葵のような雰囲気。
 ふと彼女を思い出す。

「すみません。今度、服を見に行くのに、一緒に行ってくれませんか? 報酬は夕食おごります」
 そう言いながら、彼女の仕草。肩から首のツラそうな感じを見ていた。
 立ち仕事。きっと足にも来ているだろう。

 彼女は、少し悩んでいたが。
「そうね。いまは、休みの日。暇だし。完璧にコーディネートをしなくちゃね。髪型をビシッとキメても、私服がそれじゃあ。駄目駄目ね」
 そうして、彼女とすぐに付き合うことになった。

 彼女は、語る。
「マッサージ代。お金を払って他人に触られるストレスが減ったぁ。ただ、蒼のマッサージを受けると、しばらく動けないのが難点」
 そう言って、ベッドの上でこちらを優しい目で眺めている。

 彼女に、グラスを渡す。一口二口と、ジンライムを飲む彼女。
「さあてと、本格的に愛し合おうか」
 そう言って、俺が言うと。
「明日仕事なの。お手柔らかに」

 数年後、結婚した。

 一度、北川緑沙と、営業先で会った。
 向こうは、俺を見ても分からず、説明が必要だったが。
「かっこいいお兄さんで、分からなかったわ」
 そう言った後、話の中で翠とは縁を切ったと怒っていた。

「あいつの事は良いけど、葵は随分後悔していたみたい。あなたに好きと言えば良かったって、飲むたびに言っているわ。でも、今なら分かる。今フリー?」
「いや。結婚した」
 そう言うと、彼女はがっくりとする。

「セフレとか、愛人でも良いわよ」
 何故か、人の手を取り、指をくわえてくる。

 手を、彼女の口から、引っこ抜きながら答える。
「懲りたから、やめておくよ。健全な、飲み会くらいなら良いけど」
「ほんと?」
「上に部屋取っているの、帰るなら料金払ってと言わなければ大丈夫」
「それって、翠でしょ。常套手段」
 笑って緑沙と別れたが、あれは、常套手段だったのか。

 そうして俺は、足、腰、首、肩をパンパンにして帰ってくる、奥さんのマッサージ用に準備を整える。
「昨日は泥だったから、今日は、ソルトにしよう」


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 今なら、冗談を絡めてでも、さらっと言うけれど、昔は好きとか言えなかったよな。
 そんなことを思いながら書きました。

 ただ問題は、好きならセフレにしておけないのでは? 無論焼き餅も焼くし、何より心配。
 書きながら、ふとそんなことも思いながら、逆にだから別れるのかとも考える。
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