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第2章 周辺国との和解へ向けて

第20話 人の心理は複雑

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「いい? この世界では、古典のトリックでも画期的なの。そんな重要なことを、『それは良いとして』、ですって?」
 それを聞いて、秀明があわてて止める。

「おっおい。慶子。まずい。色々と台詞がまずい」
「何がよ」
「この世界も、古典も駄目だろう。あっ」
 あわてて自分の口を押さえて、アルトゥロを見る。

 当然、アルトゥロはその言葉を聞いた、だが荒唐無稽な意味を含む、その言葉をすぐには理解できなかった。

「この世界とは? 古典の仕掛け(トリック)と言うことは?」
 アルトゥロは疑問に感じ、つい口に出してしまう。

 脇では兵が、秘密を知られたから切るとか、そんな様子ではなく、頭を抱えている。

「あーその。聞かなかったことにして?」
 さっきまでの態度とは違い、いきなり佐々木慶子は小動物のようになってしまった。元々は、本を読むのが好きな、おとなしい少女。
 それがこの世界に飛ばされ、楽しみが消失をした。

 悲しんで、何も出来ないで、だらだらしていると、山本秀明達が見つけてくれた。

 山本秀明達は、本物のミステリー研。
 題材として、本を読み。
 そのトリックや、人の動きを読み解く。
 そんな事を繰り返してきた猛者達。

「ほら此処で、読者をミスリードしている」
「素晴らしいな。違和感のない会話で、嘘は書いていない」
「ああ。だけど、第三者視点で見ている読者は引っかかる」
「この布石が痺れるな」
「後に有効だが、ストーリーがどの方向へ変わっても使える」
 等々。熱中をしすぎて、下校時間を守らず。
 幾度もお小言を貰ってきた面々。

 当然彼らも、この世界に来て失望をした。
 だが、無ければ書けば良い。
 そう思い、執筆を始める。
 だが、読むのと書くのは違う。

「このメンバーでは、話自体がつくれない」
「むうう。あっそうだ」
 武田彩が思い出す。

「佐々木さん、本が好きみたいよ」
「そう言えば、見たなあ」
 佐藤秀夫もその光景を、思いだしたようだ。

 彼女の席は、暗い廊下側の後部。
 その影に、溶け込むように机に座る彼女。
 セミロングの黒髪に、キラリと光る楕円形の銀縁メガネ。むろん長手が横向き。
 奇をてらった、縦に長いレンズではない。
 彼女は目立つのを嫌う。

 そのレンズは、マルチコーティングをしていないのか、白く光って彼女の表情を隠す。各種フィルターをコートしていれば、レンズは緑に光る。
 そう。本と光るメガネが、教室の隅。暗闇にただ存在をしていた。

 その光景を思いだした秀夫の背筋に、冷たいものが流れる。

「彼女おとなしいけれど、昔班行動したときに、ものすごく知識の幅が広かったわよ。研究会に誘って断られたけれど」
 渡邉洋子が、補足情報をくれる。

「彼女がいれば、五人になるな」
 五人にこだわるのは、部としての承認人数。
 むろんこの世界では関係ないが、同好会と部では違いは大きい。いや大きかった。
 部になると、予算が付くのだ。

「なあ。もう少し部員を増やして、部として活動しろよ。先生は安月給なんだよ」
 そんなぼやきを聞くこともなくなる。
 だが、基本の本好きは、文芸部に所属をしている。

「ミステリー研は、そのトリックを読み解くのが本懐」
 とまあ、妙なこだわりでやって来た。

「でだ、誰もまともな文章が書けないと言うことで、入ってくれないか? 我らがミステリー研へ」
 そうして、お城の片隅で腐っていた私は、誘われるままに研究会へ入った。

「こんな感じで、大枠のストーリーを書いて、次はキャラね。性格とか口癖は決めておかないと駄目ね。それに合わせてプロットを書くの」
「おお。素晴らしい」
 ここに居ると、承認欲求が刺激される。

 一人でいるのが好きだけれど、話はー。まあ合うし。何も出来ずにぼーっとするよりは良い。

「じゃあ、総合能力で副部長は佐々木さんね。ミステリーの知識量でミステリー研としては部長は山本君のまま。それで良いかな?」
 そうして、あっという間に副部長となった。

 後は、わいわいと言いながら、本を作っていたのだけれど、ある日呼び出される。
 捕虜から情報を引き出したい。それに使える良い知恵は無いかと聞かれた。
 神野君が、私たちを指名したようだ。
 相手はプロなので、拷問をしても情報はしゃべらないらしい。

「こういうときこそ、人の心理を突く。心理誘導だね」
 そう言って古典的だが、動機付けによる誘導を行った。
 『今なら』『あなただけに』対象や期間を限定することで、心理的誘導をうながす。

 某通販番組の手だ。

 そう。心理誘導は、ビジネスにも使える。
「ダブルバインドとか、対比効果、バンドワゴン効果やカリギュラ効果が有名よね」
 そう説明をすると、彩が聞いてくる。

「ダブルバインドって、Aの方が高品質で、Bよりもお高いですが、絶対的にお得ですよって進めて、買わないという選択肢を出さないって言うあれね」
「そうそう。拒否や否定は選択肢として出さない」

 一応、捕虜達がじれるまでに、部員達と手法のおさらいをする。

「対比効果はぼったくりね」
「そうだね。東南アジアとかで昔在った奴。最初高い金額を提示して、買ってくれればもうけ。値切られたら段階的に下げていくけれど、儲けは出す。買った人は負けさせたから、お得感を感じるけれど、実際はそれでも、相場より高かったりする」
 佐藤君が嫌そうな顔で答える。何かあったのかしら?

「バンドワゴン効果は口コミね。みんなが良いって言っているから。そう言って、盲目的に追従する真理」
「ああ。有名なのは、飲食店とか環境保護だな」
 これまた、佐藤君が嫌そうな顔で答える。

「そうね。この手に引っ張られる人って、一様に思考を放棄するから」
「あー分かる。みんなが持っていないのはおかしいとか、買って貰っていないのはおかしい。みんなにそう言われる。小学校の時って、親に無理を言って買って貰って、あとで悩む奴ね」
「そうそう、親にみんなって何人? という返しまでがセットね」
 洋子ちゃんが腕組みをして、うんうんと頷くけれど…… わざとなのね。下から持ち上げるように。ほら男子達、顔はそのままで、目だけが胸へと向いているわ。

「そうそう、カードやデッキを買って、でも友達がいなくてさ……」
 そんな中で一人。とうとう、佐藤君が涙をこぼし始める。

「えーと最後。カリギュラ効果は説明するまでもない。人は見ちゃ駄目やしちゃ駄目というものに心理的にひかれる。退廃的な世界を描いた『カリギュラ』という映画が、禁止されたことで人が詰めかけたのよね」

「そうそう、最近は何でもないものにモザイクを掛けて、コマーシャル明けまで視聴者を引っ張ったりするのよね」
「そう、それに、あれはするな、これはするなは逆効果だから、禁止するなら明確な説明をしないと駄目なんだよね。好奇心って、かなり強い感情だから」
「エッチとかねぇ」
 彩が嬉しそうな顔をして、私と秀明を交互に見る。

「えっ。なんで。私たち、べっべちゅに……」
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