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第三章 王国貴族時代
第51話 王都の異変
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「開門」
この時間。すでに、王都の門は閉じていた。
だが、門から少し離れた、詰め所の中でも感じるほどの、大軍が移動する地響きが近寄って来る。やがて貴族専用の通用門に声が響いた。
その晩、見張りに立ったジャンカルロ=アンメンド一等兵やフィルマン=ブイクス兵長は、現状の異常さは十分感じていた。しかし、トロフィム=マルチェナ公爵の名を聞き、あわてて門を開ける。
その瞬間に、二人の予想通り雪崩れ込んできた軍。
二人はあわてて歩み寄り、話を聞こうとするが、あっという間に切り伏せられてしまう。
それを離れてみていた、アンットニ=ミュウラ伍長は、異変発生ののろしを上げ、鐘を鳴らす。
「ちっ。まだ居たか」
伍長に対して、矢が射られる。
門での音は途絶えたが、すでに王都中で鐘が鳴り始める。
起こった騒動に、不安を感じた民達がのぞきに来る。
中央の通りを、真っ直ぐに王城へと進んでいく軍。
騎兵が多く、盗賊の類いではない。
詳細な何かは不明だが、それでも何かが起こったのだと、町民達は家へと戻り、身を潜める。
その中には、宰相の予想を覆し、指示通り待機中であるレオン達の兵もいた。
「本日王都で、宰相アルテュール=ファンヴェイクが、マルチェナ公爵家とともに謀反を起こす。そのため、準備を行い。全員待機。良いか指示があるまで動くな」
そんな指示が出ていた。
おかしな命令だが、兵達は毒されていた。
「また、隊長達がおかしな事を言い始めたぞ」
くらいのことである。
トロフィム達は、父親がぼやいていた、ぼんくら王をやっと倒せると喜び、王城へと突入していく。
城には、少数の兵や騎士団。近衛がいたが、数の暴力にはかなわない。
元王国兵団長、ダヴィト=プリーヴァ男爵は頭を抱える。
この数年、身に覚えがない罪を着せられ、ドンドン降格をされ、今は少将として王城にいた。本来暗黙の取り決めで禁止されていた、貴族位による昇格が急に認められ、爵位の低いものが降格をされた。
そのためレオン達は、裏から手を回され、爵位も順に上がっていったのだ。
今上位の者達は、農奴達の反乱を、弱いものいじめをして手柄を取れる好機として、王都から出払ってしまった。
そのため王都全体や近隣から、専任の兵が居ないいま、マルチェナ公爵家の未熟な兵でも脅威となった。
「ええい。何をしておる。押し返せ」
「向こうの人数が多くて無理です」
「泣き言を言うな」
ああ畜生。あいつらはどうしているんだ?
何か異変があれば、どこからでも湧いてくるレオン達。
戻ってきているのは知っている。
西と東で起こっていた騒動を、とんでもないスピードで、問題解決をしたはずだ…… 何かおかしい。
そうだ奴らが、来ていないのはどうしてだ?
奴らは町中を通ってきた。
絶対に、気が付いているはず。
マルチェナ公爵家だからと、遠慮している?
いや、手を組んだと考えたほうがしっくりくるが、宰相とも折り合いは良くないはずだ。貴族達にジャマされ、疎んじられていたことは、充分に理解をしているはずだ……
ふと思いつく。
副官のミヒャル。
あいつは、すべてにおいて、レオン達を優先する。
この状態で、レオンにとって、どうするのが一番良い?
やっと、ダヴィトは思い至る。
「あのガキども。とんでもない奴らだ。だがそれも面白い。おい、逃げるぞ。兵など行かせろ」
「えっ。隊長?」
封鎖していた兵達は、逃げ出した隊長を追いかける。
「これで王家と公爵家がなくなる。残る侯爵家で一番力があるのは、辺境伯。ゼウスト=ヴェネジクト侯爵。ほら、絵図が見えたぜミヒャル殿」
廊下を走りながら、なぜか笑い出し、むせ込むダヴィト。
残った兵達も、順に降参をしていく。
王である、シルヴェストル=エルダー=アウルテリウムは、寝室のベッドの上で、騒ぎを聞いていた。
「だれか。おらぬか」
「はい。王様」
侍女がひかえていたようだ。
「この騒ぎは何じゃ」
「詳細は分かりかねますが、マルチェナ公爵家が兵を率いて突入してきたようでございます」
「なに、マルチェナ公爵家が…… そうか。お前も下がっていい」
「失礼いたします」
誰も居なくなった部屋。
「そうか、長い付き合いだが、腰を上げたか」
若い頃から、自身の力に自信を持っていた宰相。
時流により、わしが王となっておるが、奴が王だった可能性もある。手をこまねいていたが。
「そうか。この混乱に乗じたか。後は、帝国の動きさえ無ければ良いがな」
そう言うと、言うことを聞かない体を何とか起こし、ヘッドボード辺りに積まれたクッションに体重を預ける。
クッションを背中の支えとして、何とか上半身は立ち上がった状態を維持する。王は誰も居なくなった寝室で、ただ静かにドアを見つめる。
腹の前で両手の指を組み、王は静かにその時を待つことに決めたようである。
宰相が絡んでいるのなら、残念だが、ヴェネジクト侯爵。クリス。娘の命はなくなるだろう。申し訳ない。
その頃。
「レオン。言っては悪いけれど、質素というか何もないわね」
「申し訳ありません。普段家におりませんもので」
レオンの屋敷は大きく、壁に囲まれ警備は万全。
だが何もない。
使っている部屋に少し家具があり、応接室が少し立派なくらい。
後は空き部屋である。
いま、王城の様子を眺めながら、タイミングを待っている。
「さて。ぼちぼち頃合いかと」
「分かった。兵に合図を出せ。行くぞ」
レオンがそう命令をすると、夜空に花火のような魔法が打ち上がる。
腹に響くような音が、王都中に響き渡る。
むろん、それは家に籠もっていた兵達にも伝わり、皆が顔を出す。
白地に赤と青の線腕章を付けた兵が叫びながら走り回る。
「王城へ行け。敵は宰相とマルチェナ公爵家。殲滅だぁ」
「おっしゃ。いくぜ」
王都中から、兵があらわれ、一斉に王城へ向けて走り始める。
「始まったか」
王城に隠れている、ダヴィトはぼそっと言う。
「なにがですか?」
「祭りだよ。命が惜しければ顔は出すな。奴らに出会っちまったら、一瞬で死ぬぞ」
「一体何が起こっているんです?」
「祭りだよ」
幾人かの兵と共に、彼はこれからのことを傍観するようだ。
この時間。すでに、王都の門は閉じていた。
だが、門から少し離れた、詰め所の中でも感じるほどの、大軍が移動する地響きが近寄って来る。やがて貴族専用の通用門に声が響いた。
その晩、見張りに立ったジャンカルロ=アンメンド一等兵やフィルマン=ブイクス兵長は、現状の異常さは十分感じていた。しかし、トロフィム=マルチェナ公爵の名を聞き、あわてて門を開ける。
その瞬間に、二人の予想通り雪崩れ込んできた軍。
二人はあわてて歩み寄り、話を聞こうとするが、あっという間に切り伏せられてしまう。
それを離れてみていた、アンットニ=ミュウラ伍長は、異変発生ののろしを上げ、鐘を鳴らす。
「ちっ。まだ居たか」
伍長に対して、矢が射られる。
門での音は途絶えたが、すでに王都中で鐘が鳴り始める。
起こった騒動に、不安を感じた民達がのぞきに来る。
中央の通りを、真っ直ぐに王城へと進んでいく軍。
騎兵が多く、盗賊の類いではない。
詳細な何かは不明だが、それでも何かが起こったのだと、町民達は家へと戻り、身を潜める。
その中には、宰相の予想を覆し、指示通り待機中であるレオン達の兵もいた。
「本日王都で、宰相アルテュール=ファンヴェイクが、マルチェナ公爵家とともに謀反を起こす。そのため、準備を行い。全員待機。良いか指示があるまで動くな」
そんな指示が出ていた。
おかしな命令だが、兵達は毒されていた。
「また、隊長達がおかしな事を言い始めたぞ」
くらいのことである。
トロフィム達は、父親がぼやいていた、ぼんくら王をやっと倒せると喜び、王城へと突入していく。
城には、少数の兵や騎士団。近衛がいたが、数の暴力にはかなわない。
元王国兵団長、ダヴィト=プリーヴァ男爵は頭を抱える。
この数年、身に覚えがない罪を着せられ、ドンドン降格をされ、今は少将として王城にいた。本来暗黙の取り決めで禁止されていた、貴族位による昇格が急に認められ、爵位の低いものが降格をされた。
そのためレオン達は、裏から手を回され、爵位も順に上がっていったのだ。
今上位の者達は、農奴達の反乱を、弱いものいじめをして手柄を取れる好機として、王都から出払ってしまった。
そのため王都全体や近隣から、専任の兵が居ないいま、マルチェナ公爵家の未熟な兵でも脅威となった。
「ええい。何をしておる。押し返せ」
「向こうの人数が多くて無理です」
「泣き言を言うな」
ああ畜生。あいつらはどうしているんだ?
何か異変があれば、どこからでも湧いてくるレオン達。
戻ってきているのは知っている。
西と東で起こっていた騒動を、とんでもないスピードで、問題解決をしたはずだ…… 何かおかしい。
そうだ奴らが、来ていないのはどうしてだ?
奴らは町中を通ってきた。
絶対に、気が付いているはず。
マルチェナ公爵家だからと、遠慮している?
いや、手を組んだと考えたほうがしっくりくるが、宰相とも折り合いは良くないはずだ。貴族達にジャマされ、疎んじられていたことは、充分に理解をしているはずだ……
ふと思いつく。
副官のミヒャル。
あいつは、すべてにおいて、レオン達を優先する。
この状態で、レオンにとって、どうするのが一番良い?
やっと、ダヴィトは思い至る。
「あのガキども。とんでもない奴らだ。だがそれも面白い。おい、逃げるぞ。兵など行かせろ」
「えっ。隊長?」
封鎖していた兵達は、逃げ出した隊長を追いかける。
「これで王家と公爵家がなくなる。残る侯爵家で一番力があるのは、辺境伯。ゼウスト=ヴェネジクト侯爵。ほら、絵図が見えたぜミヒャル殿」
廊下を走りながら、なぜか笑い出し、むせ込むダヴィト。
残った兵達も、順に降参をしていく。
王である、シルヴェストル=エルダー=アウルテリウムは、寝室のベッドの上で、騒ぎを聞いていた。
「だれか。おらぬか」
「はい。王様」
侍女がひかえていたようだ。
「この騒ぎは何じゃ」
「詳細は分かりかねますが、マルチェナ公爵家が兵を率いて突入してきたようでございます」
「なに、マルチェナ公爵家が…… そうか。お前も下がっていい」
「失礼いたします」
誰も居なくなった部屋。
「そうか、長い付き合いだが、腰を上げたか」
若い頃から、自身の力に自信を持っていた宰相。
時流により、わしが王となっておるが、奴が王だった可能性もある。手をこまねいていたが。
「そうか。この混乱に乗じたか。後は、帝国の動きさえ無ければ良いがな」
そう言うと、言うことを聞かない体を何とか起こし、ヘッドボード辺りに積まれたクッションに体重を預ける。
クッションを背中の支えとして、何とか上半身は立ち上がった状態を維持する。王は誰も居なくなった寝室で、ただ静かにドアを見つめる。
腹の前で両手の指を組み、王は静かにその時を待つことに決めたようである。
宰相が絡んでいるのなら、残念だが、ヴェネジクト侯爵。クリス。娘の命はなくなるだろう。申し訳ない。
その頃。
「レオン。言っては悪いけれど、質素というか何もないわね」
「申し訳ありません。普段家におりませんもので」
レオンの屋敷は大きく、壁に囲まれ警備は万全。
だが何もない。
使っている部屋に少し家具があり、応接室が少し立派なくらい。
後は空き部屋である。
いま、王城の様子を眺めながら、タイミングを待っている。
「さて。ぼちぼち頃合いかと」
「分かった。兵に合図を出せ。行くぞ」
レオンがそう命令をすると、夜空に花火のような魔法が打ち上がる。
腹に響くような音が、王都中に響き渡る。
むろん、それは家に籠もっていた兵達にも伝わり、皆が顔を出す。
白地に赤と青の線腕章を付けた兵が叫びながら走り回る。
「王城へ行け。敵は宰相とマルチェナ公爵家。殲滅だぁ」
「おっしゃ。いくぜ」
王都中から、兵があらわれ、一斉に王城へ向けて走り始める。
「始まったか」
王城に隠れている、ダヴィトはぼそっと言う。
「なにがですか?」
「祭りだよ。命が惜しければ顔は出すな。奴らに出会っちまったら、一瞬で死ぬぞ」
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